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世はおおむね事もなし


 窓の外では初夏の柔らかな雨が、鉢植えのつつじを濡らしていた。
 僕…コリューンは、久しぶりに酒場の席にくつろいで、のんびりとエールを飲みながら、 昨日までの冒険の骨休めをしていた。
 向かいの席にリュッタが座って、目を輝かせて僕の冒険談を聞いて…
「で、そのモンスターと粘りに粘って交渉した結果、金貨二枚で通してもらえることに…」
「やっつけた方が早いじゃない!」
 時々、鋭いツッコミをいれたりしていた。
 リュッタの隣にはミーユが座って、静かに…時々クスリと笑いながら…僕らの話に耳を傾けていた。

 僕の話が、ゆっくりと山場に差し掛かりかけたとき、
「はい、おまちどう!」
 酒場のマスターが、黄色いジャムのかかった焼き菓子を大皿一杯に乗っけて持ってきた。
「リュッタ様特注のスペシャルメニュー、キイチゴのマフィンだ!」
「わぁーい!」
 リュッタが歓声を上げた。
「みんなも食べてよ! このキイチゴ、おいらが摘んできたんだよ!」
「お、うまそう! いいのか? ありがとう、リュッタ!」
 僕は大喜びで、さっそく一つとってかぶりついた。キイチゴは、堅い種の粒が沢山あって、 食べるときに引っかかるので、ちょっと売り物にはならないが、味はいい。透き通った黄色も綺麗だ。

 一つ目を食べ尽くしてエールを飲みながら、二つめに手を伸ばしたら…
「おい、コリューン、おまえ、よくそんな甘いもの食いながらエールが飲めるな」
 マフィンを食べに寄ってきたアルターがあきれたように声をあげた。
「こういう組み合わせもなかなかいけるよ。…確かに、あんまり見ないけどさ。君も試してみたら?」
 何気なくそう答えたら、、
「おまえ、好き嫌いがない奴だとは思っていたが…。この世に嫌いな食べ物なんか、ないんじゃねぇか?」
 アルターには言われたくないせりふを言われてしまった。
「うん! おいらの苦手なトウガラシだってへっちゃらだもん、コリューンに食べられないものなんかないよね!」
 リュッタにまで言われるとは…。

 憮然としていたら、ミーユがクスッと笑って口を挟んだ。
「そうでもありませんよ。去年の冬、私がご一緒した冒険で食べたアレは、さすがのコリューンでも もう2度と食べる気にならないでしょう」
「ああ、アレね…」
 僕は思い出して、顔をしかめた。
「何ナニ!? アレって何?」
 リュッタが大声をあげて飛び跳ねた。アルターも身を乗り出す。僕は、ボソッと一言、
「ヘビイチゴ」

「「へ?」」

 リュッタとアルターが、声をそろえて聞き返した。僕はもう一度、はっきりと、
「ヘビイチゴだよ」
 すると、リュッタもアルターも、納得がいかないといった様子で、
「何で、そんなもの食おうなんて…」
「冬にヘビイチゴ?! あれが実るのって、今ごろじゃないか?」
 口々に尋ねてきた。するとミーユが、笑いを含んだ声で…
「冒険先で、あるゴブリンからビン詰めのヘビイチゴをもらったんです」
 と、横から説明してくれた。
「く、食ったのか、それを?!」
 信じられないと言った顔で、アルターが僕を見た。僕はぼそぼそと弁解した。
「最初、ジャムかと思ったんだよ。色もきれいで、ゲテモノには見えなかったし… 珍しいから、一口味見してみたんだよ。
…でも、食ってみたら…」
 僕は、その瞬間を思い出して、一瞬絶句した。
「まずかった…恐ろしくまずかったよ。
 酸っぱいような、辛いような…舌にぴりぴりきて、目につんときて、しかも強烈なえぐみがあって… 何を使って、どう料理したら、あんな味になるんだろう?」

 リュッタが、同情にたえないといった顔で僕を見上げて言った。
「腐ってたんじゃないの、それ?!」
「いいや」
 と、僕は頭を振った。
「…僕もこないだまでそう思っていたんだけど…違ったよ」
「どういうことです?」
 ミーユが、不思議そうに尋ねた。僕は、居心地が悪くなって、いすの上でもそもそと座りなおしながら、
「今度の冒険先に向かう途中の谷で、ヘビイチゴのビン詰めを作っているゴブリンに会って …で、出来たてを一ビンもらって…」
「ま、また食ったのか?!」
 アルターが、素っ頓狂な声をあげた。僕はがっくりとうなづいた。リュッタが、興味津々で、
「で、どんな味だったの? やっぱりおんなじ味?」
 と、聞いてきた。
「いいや…」
 僕は、思い出すだけでこみ上げてくる酸っぱいつばを飲み込んで、答えた。
「…ビンの中で熟成してない分、前のより強烈だった」

 それからしばらく、誰も何も言わなかった。妙な静けさに、どんどん居心地が悪くなっていく…
 …と、ミーユがクスクスと笑いながら口を開いた。
「今のコリューンの話で、ちょっとした歌が出来ましたよ。子どもたちに聞かせてあげるような、 楽しい小さな歌です。
コリューンさえ良かったら、レパートリーに加えたいのですが…聞いてみてくれませんか?」

 間髪いれず、リュッタがぴょんぴょん跳ねながら叫ぶ。
「わあ、聞きたい聞きたい!」
 アルターも、面白そうにミーユの方を見て、僕の隣にどっかと腰をかけた。
 僕がなんとなくほっとしてうなずくと、ミーユは竪琴を取り上げてかき鳴らしはじめた。

「昔、昔、あるところに、食いしん坊の勇者がいたよ…」

 みんな笑顔で、ミーユの歌に聞き入った。静かな酒場の中を、愉快なリズムが満たしていった。


ミーユのイベント「盗まれた歌」を下敷きにしています。
リクエストは二択でしたが、せっかくなので両方使って、「ミーユが出てくる」「コリューンの食べ物がらみの」 お話にしてみました。
なんか、コリューンが嫌われそうな話になっちゃいましたが…食べ物への好奇心は強い奴なのです。 笑い飛ばしてやってください。(こういう失敗は、笑い飛ばしてもらえると、ホントにほっとするんですよね)

ちなみに、ここに書いたキイチゴは、正式には「モミジイチゴ」という、黄色い実のなるノイチゴです。
山のイチゴの仲間では、たぶんトップレベルのおいしさだと思います。が…粒が小さいし、とげがあるので、 ジャムにするほど取るのはちょっと大変です。


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