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秋の日の幽霊


 ひいやりと、風の冷たい秋の朝でした。
 高い高い空の色を映して、青い色に染まった森影の小道を、いかにも慣れた早足で抜けていく人影が一人。 この森の住人、レンジャーのラケルでした。
 手には魚を突くための長い棒を持っていました。そろそろ、鮭の大群が川を登ってくる頃なんです。

 ラケルは、小さな川にかかる細い木橋までやってきました。そして、急に立ち止まります。 橋の上に、いつも漁のおこぼれをもらいに来る友達の赤狐の代わりに、青いローブの人物がいたからです。
 コロナの街に住む、魔法学院の生徒、マーロでした。お互い、知らない仲ではありません。 共通の友人である冒険者と共に、一緒に冒険に行ったこともあります。
「おはよう」
「おはよう」
 お互い、ややぎこちなく挨拶を交わします。
 と、ふとラケルは、マーロが肩にかけた小さなかごの中に目をやって、眉を寄せました。 かごの中身は、ノブドウやトリカブト等の…普通、人の採らない毒のある物ばかりだったからです。 こんな物、何に使うのでしょう。
 マーロは、そんなラケルの様子にはお構いなく、立ち止まって話し掛けてきました。
「なあ、ラケル。あんた、『妖精の亡霊』が生える場所を、知らないか?」
 ラケルの眉がさらに寄って、眉間にしわが出来ました。『妖精の亡霊』とは、滅多に見つからないきのこの仲間のことですが…
「知ってるけど…何に使うんだい、そんな物?」
「決まってるだろ、魔法の呪文の触媒を作るのさ。…知ってるのなら、場所を教えてくれないか」
 マーロが頼むと、ラケルは考え込みました。
「口で教えるのは難しいな。案内なら出来るけど。でも、あれは危険だよ。下手に近づくと…」
「分かってるさ。それに、ちゃんと採る方法くらい考えてあるよ。案内してくれ…それとも、あんた、怖いのか?」
 マーロは、挑発するように一言付け足しました。ラケルはむっとしました。
「まさか。知らなかったら大変なことになるから、教えてやろうとしただけだよ…馬鹿にするなよ。
危険を承知なら、教えてあげるよ。こっちだよ。ついてきなよ」
 ラケルは、魚取りの棒を橋の近くに隠すと、森の奥へさっさと歩き出しました。

 ラケルはすぐに、細い分かれ道に入り込みました。道はどんどん細くなり、しまいにはわずかな踏み跡になって、 びっしりと茂った藪を抜けていきます。ローブを着たマーロにはやっかいな道ですが、ラケルは歩調をゆるめません。
 と、道はいきなり急な坂に突き当たり、そのまま、坂を真っ直ぐ登りだしました。こんな道ってあるのでしょうか?
 マーロがよく見ると、道のここそこに二つに割れたひずめの足跡がありました。でも、人の踏み跡らしき物は一つもありません。 どうやら、これは純然たる獣道…鹿の道のようでした。
 2人は、かなりのペースで坂を登っていきました。ラケルもマーロも黙ったままです。
 森は静かで、2人に聞こえるのは、遠くの鳥の声の他は、自分たちの足音と荒い息づかいだけでした。
 日が高く登るにつれて、空気が暖かくなってきました。夏を越してくたびれた緑色になった木の葉の間から、 幾分黄色くなった秋の木漏れ日が射してきます。

 2人は、黙ったままで登り続けました。マーロの足取りが、幾分おぼつかなくなってきました。 しかしラケルに遅れまいと一生懸命な様子で、ぴったりついて行きます。 ラケルの方も、追い上げられまいとしているようで、足取りに余裕がありません。

 と、突然視界がからりと開けて、無言の『勝負』を打ち切りました。 尾根に登り着いたのです。高く澄んだ空から真っ直ぐな日がかっと射してきて、 2人の後ろにくっきりと濃い影を投げました。
 森の梢が、ずっと向こうまで、うねりながら続き、遠くのほうはわずかに青くかすんでいました。
 尾根を渡る風が、ひやりと心地よく吹き抜けていきます。2人は立ち止まって、しばらく息を整えました。
 汗の流れる顔を見合わせて、ラケルがにやりと笑います。口には出しませんが…「へえ、なかなかやるじゃないか」 と、いったところでしょうか。
 マーロも笑いかえしました。こちらは、「まあな」というところでしょう。

 尾根を超えて少し下った大木の下、落ち葉に覆われた、小さいけれど深い窪地の底に、それはありました。
「ほら、あそこ」
 小声で言って、ラケルが指さした先には、青白くひょろ長い、幽霊めいた植物が見え隠れしていました。 よく見ると、輪になって生えています。『妖精の亡霊』です。
「どうやって採るつもりだい?」

 『妖精の亡霊』は、一見、形の奇妙なだけのただのきのこのように見えますが、実は動くことが出来ます。 移動は出来ませんが、体を自在に曲げたり、縮めたり、長く伸ばしたり出来るのです。 そして、その体を伸ばして、近くを通りかかった動物に、毒の入った胞子を植え付けます。 胞子を植え付けられた動物が、たちの悪い妖精のいたずらに引っかかった犠牲者のように狂い回る様子から、 『妖精の亡霊』の名が付いたのです。

「まあ、見てなって」
 マーロも小声で答えると、目を閉じて、精神を集中させました。 それから、短く呪文を唱え、さっと手を振って魔力を解放します。
 細心の注意で制御された小さな『水の刃』の魔法が、輪の一部をかすめて、2,3本の『妖精の亡霊』をなぎ倒しました。 倒された『妖精の亡霊』は、しばらくは掘り出されたミミズのように跳ね回りましたが、すぐに硬直してしまいました。 残ったものも、強い風に吹き付けられたように一瞬身を縮めましたが、すぐに元の形に戻りました。
 ラケルが、感心したように低く声を上げました。
「へえ、やるじゃない…。でも、どうしてあれだけしか倒さなかったの?」
「あれだけ採れば十分だからさ。貴重なきのこなんだ、できるだけ残しておかなきゃな」
 ラケルは、意外そうに…しかし、嬉しそうにマーロを振り返りました。 街の人間にも、こんな風に考える人がいたことに驚いたのでしょう。
 しかし、マーロの方は難しい顔をしています。
「けど、あれを回収するのがやっかいだな。まず『浮遊』して上から…」
「いや、それなら僕に任せてよ」
 ラケルはそう言うが早いか、歩き出しました。そっと窪地に降りていきます。気配を消して、木々の影にとけ込み、 かさりとも足音をさせません。残った『妖精の亡霊』達も気付く様子はなく、じっと動きません。
 マーロが目をこらして窪地の底を覗き込んだときには、もうラケルは硬直したきのこを手に、 窪地の淵に上がってくるところでした。
 マーロは低く口笛を吹きました。
「へえ、やるじゃないか」
「まあね」

 太陽がすっかり黄色くなった頃、2人は朝の細い橋のたもとまで帰ってきました。
「じゃあな、ラケル。今日はありがとう」
 と、笑うマーロに、ラケルはちょっと思い切ったようにいいました。
「ねえ、マーロ、ちょっと家によってかない?」
 でも、マーロは残念そうに首を振りました。
「いや、今日は急ぐから。『妖精の亡霊』の色が変わる前に、ちゃんと処理してしまわないと」
「そう…残念だね」
「ああ。今度また、薬草を採りに来たときにでも寄らせてもらうよ」
「きっと来てよ」
「もちろん」
 2人は手を振って別れました。マーロの青い影が、くたびれた様子ながらも、意気揚々と遠ざかっていきました。


 「ラケルとマーロのさわやかな話」と言うことで…。「さわやかなのは、景色だけでしょ」と言われそうな気もしますが。
 ついでに、オリジナルの妙なきのこをでっち上げてしまいましたが、ゲーム内に動き回って人を食う植物モンスターがいる くらいですから、これぐらいいてもいいことにしておいて下さい…
 書いていて、秋のハイキングに行きたくなりました。体力はすっかり落ちまくっていますが。低山逍遙がしたいです。
(で、道を間違えてイノシシや鹿の道に踏み込んでしまったり…獣道は、急な坂を気まぐれに走ったあげく、 急に消えてしまうのです)



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