むせ返るような新緑のコロナを出て三日。僕ら…僕、戦士コリューンと精霊使いカリン、盗賊のルーの3人…は山岳地に入った。
峠を越えるたびに、山の緑はぐっと若くなる。
ここいらでは、山肌はすっかり、若い芽の柔らかいけぶるような色に覆われていた。
日光が黄色みを帯びて傾き初め、そろそろ今夜の宿営場所を探さなくては…という頃に、ちょうど良い場所に出くわした。
何の廃墟か、埋もれかけた石垣がぴったりの場所を作っていて、火を焚くのにうってつけの石床まであった。
「コリューンさん、お酒を少し、分けて頂けませんか?」
荷をほどいていると、カリンが突然、そんなことを頼んできた。僕は、ぎくりとしてカリンの顔を見た。
「…バレたか…何で、分かったんだい?」
そして、笑って頭をかきながら、背負い袋のポケットの奥から、小さな水筒を引っ張りだした。
中身は、ワケありで入手した高級ブランデーだ。
「あ、コリューン! 自分1人で飲むつもりだったのね」
ルーがちろりと睨んだ。僕は急いで手を振って、
「いや、これは非常用…。僕も冒険者の端くれ、勤務中は飲みませんって」
その間、カリンは、きょとんとして水筒を見つめていたが…急に赤くなって慌てたように、
「あ、いえ、わたしが言ったのは、装備品の葡萄酒のことなんです」
「あ、なぁんだ…それならそうと…」
と、僕が慌てて水筒を引っ込めると、
「あ、でも…良いお酒なら、そちらの方が…よろしければ、それをこちらに少し、入れて頂けませんか?」
そう言って、カリンはどこからか、きれいな白磁の小さな杯を取り出した。
何をするんだろう? 僕は、黙ってブランデーを注ぎながら、カリンに首をかしげて見せた。
するとカリンはにっこり笑って立ち上がり、
「2人ともしばらく、そこでじっとしてて下さいね」
そう言って杯を捧げ持ち、朗々とした声でなにやら祝詞のようなものを唱え始めた。
僕に分かったのは、その最後の部分だけだった。
「…この地の精霊達よ。この地を治め、この地を通り、この地に有るモノ共、この地に居るモノ共を司る、諸々の精霊達よ。
今しばし、我ら定命の者に、この地この場所を貸し与え給え」
そうして、宿営地の四隅に、杯から酒を少しずつ落としていった。
その時、まるでそれを受けるかのように、ちょっぴり冷たい春先の風が、フイ、と短く吹き抜けた。
夕食の片付けを終えて、僕は件の水筒を手に、石垣の端に座った。
ずっと遠くには、まだ真っ白に雪で覆われた嶺々がそびえている。
手前の山々はまるで、浅い春の色を編み込んだ巨大な膝掛けをすっぽりかぶせたようだ。
白みがかった浅黄色、優しい淡い黄緑、やわらかな紅色…
そして今、黄昏色の空気が、嶺と膝掛けと僕らをすっぽりと包んでいる。
奇妙なほど生き生きとした気配で満ちた、トロリとした空気。
僕は、そんな絶景の中、歯で水筒の栓を抜き…
「冒険中は、飲まないんじゃなかったんですか? コリューンさん」
不意に声を掛けられて、危うく栓をのみ込みかけた。
カリンが、すました顔で、すぐ後ろに立っていた。
「あ、いや、これは…接待だよ、接待。
精霊達も、自分たちだけで飲むんじゃつまんないだろうと思ってね…ちょっと、お相伴を…」
「本当に?」
カリンは僕の顔をのぞき込んだ。それから、くすくすと笑って、
「まあ、コリューンさんの言うことですから、信じましょうか」
そう言って、僕の隣にしゃがんで、山々を眺めた。
「この辺りは、精霊の力が強いんですね。この季節でも、こんなに、精霊達を強く感じることは珍しいです」
「それで、あんな儀式をしたの?」
「ええ。あの時、私たちの周りに、特に強く精霊達を感じたので…。失礼の無いよう、ことわりを入れたのです」
…コリューンさんも、感じたでしょう? そう言いたげに、カリンは僕を見た。僕はうなずいた。
「もしかしたら、酒精が精霊を呼んだのかもね」
そう言って、カップの底に、水筒の中身をたらし込むと、宵闇に向かって、カップを軽く掲げた。
「乾杯!」
「…もう、なんだかんだ言って飲むんだから! うちの酒場の常連のオヤジみたいよ」
カップに口を付けた僕を見て、ルーが声を上げた。
「僕もこう見えて、けっこういい歳のオヤジだよ。
かえるだった十年をカウントすれば、カリンぐらいの娘がいたっておかしくないぐらいだもの」
僕はそう答えて、香り高い液体のしずくを喉に落とした。
「そう…だったんですか。どうりで……」
「どうりで、年寄りくさいと思ってた? カリン」
「いえ…どうりで…その、落ち着いていて、頼れるな、と思ってました…」
ほんまかいな…。周りの空気がくすくすと揺れたような気がした。
「コリューンと、今まで出てこなかった仲間キャラ」と、いうことで、
カリンとコリューンの季節ネタ(ちょっと遅くなりましたが…)お送りします。いかがでしたでしょうか。
ルーも出てきます…何しろ、突っ込み役に最適なので。実際のプレイ中も、この3人で冒険に行くことが結構ありました。
コリューンのおよその年齢も、いつか書こうと思っていました。ようやく書けました…じつは、結構歳いってるんです。
で、酒精と精霊…わかりにくいですが、オヤジギャグです。(スピリットとスピリット)
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