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コロナの商人


 僕は派手なくしゃみをして、目を覚ました。
 街はずれの、街道沿いの並木の下。1人で熟読しようと持ってきた本が、膝に開いたまま乗っている。
 空は晴れて、並木からは薄紅色の花びらが降り注いでいる。日ざしは暖かいが、吹き付ける風は冷たい。
「いくら何でも、そんなところでうたた寝したら、風邪を引きますよ、コリューンさん」
 ぶるっと身震いしたとき、声が飛んできた。
 振り向くと、街道に道具屋のビルが立っていた。
「あれ、こんな所でどうしたんですか、ビルさん?」
「ちょっと商用で。コリューンさんこそ、こんな所で何を?」
「ああ、いえね…中央広場の春のお祭りでスピーチを頼まれちゃいまして…」
 と、僕は手に持った本…図書館で借りた、『名演説と名スピーチ』…を持ち上げて見せた。
 ホントは断りたかったのだが、幹事がリュッタを通して頼んできたもんで、断り切れなかったのだ。
「僕、そういうの、全くダメなんで。なんか、いいヒントが無いかなぁと思って」
「そうですか…わたしも、大勢の前で話すのは苦手ですね。
 ですが、コリューンさんはなかなか話し上手じゃないですか。
 わたしの店でも、よくおもしろい話をしてくださるし…あんな風に話せばいいんじゃないですか」
「僕も、大勢の前は緊張しますよ。いっそ、ドラゴンの前の方が楽なくらい」

 赤いドラゴンを倒して以来、こういう専門外の仕事が増えて、僕はいささか参っていた。
 ドラゴンの死骸の処理や売買に関してのごたごたは、商人ギルドと魔法学園に任せたが、 それでも全く知らん顔と言うわけにはいかない。
 まったくの素人の僕も、いくらかは商談や打ち合わせに、顔を出さなければならなかった。
…実のところ、商売がらみの事どもがこんなに疲れるモノだとは思っても見なかった。
 バイトで商談の場に居合わせたこともあったが、いつもややこしい部分は聞き流していたのが、悔やまれる。

「ビルさんこそ。いつもお店で、いろんな人相手に、上手に話してるじゃないですか」
 ビルの店の商品も、以前は、標準価格で粗利5割はぼったくりだろうと思っていたが…。 接客、営業に加えて、商談…あれだけの苦労を考えれば、それくらいは取らなきゃ、やってられないだろう、と思うようになっていた。
「人と話すのは好きですから」
「それにしても、いろんな客がいて、大変でしょう?」
「だから楽しいんですよ。わたしは、こんな仕事が好きなんです。  コリューンさんみたいな人と、こうしてお話が出来たりもしますからね」
 そう言って、また静かに笑うビルに、僕は、
「ねえ、ビルさん。やっぱり貴方の方が、話すことは上手なんだ。
 どうか僕に、知恵を貸して下さいよ。どんな話をしたらいいのか…」
 拝まんばかりに頼んだ。ビルは苦笑して、言った。
「わたしで良かったら、助言して差し上げますけれど…
 立ち話も何ですから、店までいらっしゃいませんか? ちょっといいお茶も仕入れてきましたから」

「お説教とスピーチは短い方がいいんです。要点は三つまで、長さは5分以内。でないと、誰も聞いてくれません。
…これ、スタット先生の受け売りですけどね」
 ビルは店で、お茶を出してくれながら、そう言って笑った。
「短い方がいいのは有り難いですね! …でも、その分、中身が良くないといけないんですよね?」
 僕は、考え込みながら言った。
「大勢の聞き手全員に向かって上手く話をしようとすれば、大変ですよ。
私はそういう場合、誰か1人代表で聞いて欲しい人を思い浮かべて、その人に話し掛けるつもりで話すことにしています」
「なるほど…つまり聞き手代表、ですね」
僕は答えて、しばらく考え込んだ。…普通の街の人で、僕が緊張しないで話せて、こんな事を頼めそうな人は…?
「ねえ、ビルさん…」
「はい?」
「もし良かったら、僕のスピーチの聞き手代表になって頂けませんか?」
「それは、光栄ですね。わたしで良かったら、喜んで」

 ビルは快く、僕の原稿や練習につきあってくれた。
 そして、お祭り当日。ビルは親切にも、店番をバイトの冒険者に任せてスピーチを聞きに来てくれた。
 おかげで、僕はどうやら無難に『大仕事』をこなすことが出来た。

 冒険に限らず、どんなことだろうと心強い見方がいてくれるとどんなに有り難いか…身に染みた一件であった。

 ところで…その数日後、図書館に寄った僕は、司書のシャルルから
「お借りになった本、最初の数ページに、花びらがいっぱい挟まっていましたよ」
 と、笑いながら注意されてしまった。


コリューンとサブキャラの誰かとのお話、ということで、ゲーム中、よく使う割に地味な道具屋のビルを出してみました。
他にも、お話の中で名前の出てくるシャルルやスタット先生、それに倉庫番のサムやネズミのレオナルド、 商人ギルドのロベルト、ロッドの店の接客担当の人なんかも、候補に挙がっていたんですが…ネタを思いついたのが、彼だったので。
いつもと少し毛色の違う話になりましたが、いかがでしょうか?



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