僕が初めてコロナの街に来てから、もう6,7年になる。
沢山の依頼を受け、数え切れないほどの冒険に出た。…もしかしたら、三桁に届いているかもしれない。
その間に、冒険仲間にも色々あった。
結婚したり、引退したりした者もいる。街を去っていった者もいれば、新しくやって来た者もいる。
コロナの街も、今や、腕利きの冒険者の集まる街として、近郷では知らぬものがなくなっていた。
…本当に、色々なことがあった。
だけど、その間も、僕が捜し続けている想い人…幻獣ユニコーンへの想いは、消えることはなかった。
かつては、時に業火のように苦しかったものが、いつの間にか、
かがり火のように、力強くも明るいものに変わってはいたけれど…。
その僕に、ユニコーンの知らせを運んできたのは、意外にも、ルームメイトの親友、宿がえる君だった。
遠い西に、人間たちが黒の大森林と呼ぶ、広大な森がある。
その森の、人間が行かない奥深くに、湖のように大きな泉があるという。
「…なんでも、そこに住んでいるかえる仲間が、泉に何十頭もユニコーンが集まってくるのを見っていう話だケロ」
ユニコーンたちの集会…それは、泉に住む小さな生き物たちだけに見ることの出来る、素晴らしい光景だったに違いない。
僕は、すぐに旅立ちを決めた。
…だけど、実際の出立には、思いのほか時間がかかった。
いつの間にか冒険者宿に溜まっていた家財道具の処分や、仲間達への別れの挨拶。
…僕も、コロナに長く暮らすうちに、この街に思いがけないほど深く根を張っていたようだ。
近年は留守がちだった宿がえる君も、その日から、ずっと宿にいるようになった。
出立の前の晩は、水杯を交わして、語り明かした。かえるが長旅に向かないことを、一緒になって残念がった。
旅立ちのことは、あまり街じゅうに知られたくなかったから、支度はなるべくこっそり、手早く進めたつもりだったけど…。
旅立ちの朝には、仲間達の他、沢山の街の人たちが万事繰り合わせて見送りに駆けつけてくれた。
でも、ありがたいことに、仲間達との別れに割り込んで来るような無遠慮な人はいなかった。
仲間たちは、最後まで暖かった。
「後はまかせろ」と言ってくれた者。貴重な魔法の品をはなむけにくれた者。行く先の国々の知識をくれた者。
あらたかな祈りを捧げてくれた者。再会を確信して「さよならは言わない」と言ってくれた者…。
「幸運のキス」なるものを貰ったときには、思わずひっくり返りそうになった。
覚悟はしてたけど、やっぱり別れは辛かった。
だから、思い切りよく背を向けた後は、二度と振り返らなかった…もっと辛くなりそうで。
街を出た僕は、いつもより心もち速いペースで、西へと草原を越えていった。高い空には羽のような白い雲…。
「おーい、ちょっとまってよ、コリューン、速すぎるよ!」
その時、心に掛かっていたちょっとした寂寥感を吹き飛ばすような、突然の元気な声。
驚いて振り返ると、旅装のリュッタが文字通り転がるように走ってくるところだった。
「リ、リュッタ…どうして?」
「さっき、言ったじゃないか、コリューン。おいら、さよならは言わないって!」
僕は、唖然とした。
「え…つまり、それって、ついてくるって意味だったのか!?」
「当たり前じゃないか。おいらにもユニコーン、見せておくれよ!
それに、おいらを差し置いて、コリューンだけ1人で遠くのいろんな国へ行って、
楽しいことしたり、おいしい物食べたりするなんて、絶対だめだからね!」
リュッタは、断固とした声で宣言した。
「…みんなが、寂しがるぞ」
と、言ってみても、
「コリューンがいなくなるみんなより、みんながいなくなるコリューンの方が、寂しいに決まってるじゃないか」
「…君の師匠の、ミーユは…?」
と、聞いてみても、
「コリューンと行くなら、これからのコリューンの勲を歌にして下さい、ってさ。
勇者には謙譲の美徳も良いものではあるけど、コリューンは控えめすぎて、伝聞では歌にならないからって!」
「でも、大変だぞ。食べ物もなしで何日も冒険しなきゃならないかもしれないぞ」
と、脅してみても、
「へーき、へーき! おいらがいれば、食べるには困らないって!」
と、意に介さない。
…ま、説得できるとは、思ってなかったけど。
それに、実のところ僕は、リュッタが来てくれた事が、自分でも意外なほど嬉しかった。
「…よし、分かった。じゃ、行こうか、リュッタ」
「うん、しゅっぱーつ!」
僕らは、いつものペースで、西へと草原を越えて歩き始めた。
こうして、コリューンは歴史を抜けて、伝説の霧の中へ入っていったケロ。
その後も、コリューンはぼくにも、かえる仲間やおしゃべりな渡り鳥を通して、旅先からの伝言をくれているケロ。
コリューン達は、今も元気で、旅を続けているらしいケロ。…トラブルにはしょっちゅう巻き込まれているみたいだケロも…。
その冒険談の結末は、まだ、誰にも分からないケロも…。きっと、ハッピーエンドだと、ぼくは信じているケロ。
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