赤竜編・目次にもどる


小暑の夜の夢


これは、夢だったのか現実だったのか、ぼくにもよくわからない話ケロ。

 ムクゲによく似たオクラの花が開きはじめる、夏の初めのことだったケロ。
 真夜中に、ふと目が覚めて、びっくりしたケロ。
 コリューンが、ベッドの隅にうずくまっていたケロ。組んだ腕にあごをのせ、目だけを光らせて、じっと闇を見ていたケロ。
 黙りこくってて、なんだかちょっと、怖かったケロ。
「どうしたケロ」…と、聞こうとしてやめたケロ。「なんでもない」と言われそうな気がしたケロ。
 その時、いつものぼくなら、絶対思いつかないようなことがひらめいたケロ。それで、おそるおそる試してみたケロ。
 古いかえるの歌を喉の奥でハミングしたんだケロ。


「ククク、クク・クク、クル・ククク…」
…そなたは、何思いて歌わざるや。
そも吾等(蛙)、嬉しくば歌い、悲しくば歌うものなるに…


 すると、コリューンはもぞりと身じろぎをして、歌ったケロ。片言のかえる語で、つぶやくように、搾り出すような声で…


「グググ…ググゲ……グゲ…」
…苦シイ…
…苦シイヨ…

…夜明ケハ、トオイ…
…彼女ハ、モット……

…モウ、耐エラレナイヨ…


 その後、何を話したか、どうなったのか、ぼくは全然憶えてないケロ。
 次の日のコリューンは、いつもと全然変わらなかったケロ。だから、ただの夢だったのかもしれないケロ。
 ぼくは、思い切って、話のついでに、さりげなく聞いてみたケロ。
「オクラの花言葉は、『恋によって身が細る』っていうんだケロ…。恋すると、痩せるんだケロ?」
 コリューンは笑いながら、
「そりゃ、人によるだろ。僕は、どっちかと言うと『花より団子』だから、痩せないよ」
 それから、ちょっとの間を置いて、ふっ、と真顔になって、
「…いつも、全然…っていうわけじゃないけどね」
って、言ったケロ。

 現実だったのか夢だったのか、時が立つほど判らなくなる、秘密の話ケロ。


赤竜編・目次にもどる
ページトップにもどる