赤竜編・目次にもどる


あまきゆめみし


 コロナの街に来てから、三度目の春が訪れた、ある日。
 僕は、また一つ冒険を終えて、冒険者宿に戻ってきた。
「ただいま」
 部屋の扉を開け、どたりとベッドに座りこむ。
「お帰りケロ、コリューン」
 ひょこりと顔を出したルームメイトの宿がえる君が、ベッドに飛び乗った。
宿がえる君の顔を見ると、いつものように、ほっと安らいだ気持ちになる。
「無事でよかったケロ。今度のは、強敵みたいだったから、ちょっと心配だったケロ」
「うん。ま、確かに、手強かったよ。とにかくしぶとくてね、倒しても倒しても立ち上がって…」
 僕は答えながら、旅装を解き始めた。
「最後には、マーロが魔法で焼き尽くしてくれたけど。しぶとさだけなら、赤いドラゴン以上だったね」
「そうケロか。お疲れ様ケロ」
 宿がえる君は、僕の二の腕にぽんと跳び乗った。僕はうなずいて答え…ふと、気付いた。
「赤いドラゴンか…あの戦いから、もうすぐ一年になるんだな」
「あさってで、ちょうど一年ケロ」
「そうだね。この一年も、あっという間だったなぁ…」
 本当に忙しい一年だった。僕の噂を聞いた人々から、次々と冒険の依頼が舞い込んできて、 冒険に出かけていた日の方が、コロナにいた日よりずっと長いくらいだった。

「歌にも歌われるし、銅像も建つし、すっかり生きた伝説ケロね」
 宿がえる君が、ニコニコして、ケロケロとのどを鳴らした。僕は、思わずため息をついた。
「ミーユの作った歌は、詩としてはいいんだけどさ、話が大げさなんだよね。 しかも、僕が青髪茶眼だってことまで歌ってるから、どこへ行っても、すぐ僕だってばれちゃうし」
 ぼやきながら自分の髪をくしゃくしゃかき回す。
「銅像だって、やめてくれ、どうしてもってんなら絶対似せないでくれって、あれほど頼んだのに…。  だいたい、戦ったのは僕だけじゃないんだぞ。みんながいなけりゃ…」

「まあまあ、コリューン。そんなに謙遜しなくてもいいケロ」
 と、宿がえる君は、明るい声で、
「あさってには、街の人たちが、あのドラゴンへの勝利を記念して、お祭りやるって言ってるケロよ」
 僕は、仰天した。
「お、お祭り?!」
「ケロ。『赤竜祭』だケロ」
「せ、赤竜祭? …それって、僕も出なきゃならんの?」
 僕の声は、悲鳴に近かった。
「もちろん。コリューンが主役ケロ。間に合って、良かったケロ」
「…よくない」
 頭を抱えた僕の肩に、宿がえる君が這い上がってきて言った。
「コリューンは、一介の冒険者でいたいケロね。でも、英雄扱いは仕方ないケロよ。 コリューンは、いっぱい英雄的なことしてるケロ」
「そりゃ、僕は冒険者としては最強レベルだよ。運だっていいし …でも、そもそも冒険者は人助けが商売だろ。英雄なんて、冗談じゃない!」
「英雄って呼ばれるからって、コリューンが伝説の英雄みたいにならなきゃならない訳じゃないケロ?  そんなに重荷にすることないケロ」
 宿がえる君の小さな手が、僕の首筋をぴたぴたと叩いた。
「コリューンがどんな人か、コリューンの仲間はみんな知ってるし、ぼくも良く知ってるケロ。それでいいんじゃないケロか?」
「…うん、そうだね。」

 そりゃ、そうなんだけど。でも、やっぱり、祭りの主賓なんて、ちょっとなぁ…大勢の前で、「何か一言」なんて、嫌だなぁ。

 などと往生ぎわ悪く考えているうち、僕は大事な…そして、今の僕には実にありがたい事を思い出した。
「でも、やっぱり、僕、お祭りには出られないよ」
 そういう僕の声は、弾んでいた。
「なんでケロ?」
「リュッタと約束してたんだ。今度の冒険から戻ったら、一緒にミルトの町に行こうって」
 かえる君は、考え込んだ。
「ミルトの町というと…たしか、引退したケーキ職人のいる町ケロ?」
「そ。ロゼッタさんに、今度は、僕らのためにシフォンケーキを焼いてもらうんだよ。 前焼いてもらったのは、貴族のダルトンさんの依頼の分だったから、僕等は匂いだけしか嗅いでないもんね。 …で、今度は美味しいお茶の葉を持って行って、向こうで焼き立てをいただこうって、話を決めてあるんだよ」
 その時、僕は突然いい事を思いついて、宿がえる君を振り返った。
「そうだ! ね、君も来ないか? 一緒に旅しようよ! 楽しいよ、きっと。リュッタなら、君の言葉もわかるし。ね、行こうよ!」
 僕は、自分の思いつきがすっかり気に入って、一生懸命に誘いかけた。宿がえる君の目も、うれしそうに輝いた。
「ほんとに? ぼくも行っていいケロ? …行くケロ!」
「よし、話は決まった!」
 これで、祭りに出なくてすむ! 僕は、解きかけた旅装をまた戻し始めた。



 …とはいえ、コリューンのことですから、結局は街の人々に説得されて、ミルトに向かうのは「赤竜祭」に出席後、 ということになるでしょうね。
 で、「赤竜祭」は後年、布製の巨大な赤いドラゴンと、街の青年扮する勇者とが街を練り歩いた後、 広場で戦うのが呼び物の年中イベントになったり…という妄想が…。


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