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十年一日、十年半昔


 神殿で、ラドゥ様は一人静かに僕を待っておられた。

 「コリューンよ、よくぞ竜を倒した!」

 朗々たる声でおごそかにそうおっしゃると、ラドゥ様はその深い深い瞳でじっと僕をご覧になった。

 「これで、お前にかけられた竜の呪いも解けることじゃろう」

 「ちょっと待って下さい! 呪いが解ける前にお教え願えませんか…」

 僕は口を挟もうとした。すると、ラドゥ様は、僕が最後まで申し上げるのも待たず、

 「ふむ。では、教えてやろう」

 と、呆気に取られた僕を尻目に、どんどん一人で語り始められた。

 「そもそも、竜の呪いとは、かけられた相手の魂をも堅く呪縛するもの。ゆえに、他のいかなる呪いよりも強力なのじゃ。
 わしが始めて会ったとき、本来のお前の魂は、いわばかえるの姿の下に、そっくり封印されて眠っておった。
 むろん、いかに竜といえど、生きた魂を完全に封じ込めてしまうことは出来ぬ。 だからこそ、わしにも、お前が、生来のかえるでない事だけは見抜けたのじゃ。
 そこでわしは、お前を人間の姿にすると共に、魂の封印を一部、一時的に解き放った。 そして今日、残りの封印も全て、解き放たれた」

 僕は、手のひらが汗ばんで、鼓動が早くなるのを感じた。

 「さて、封じられた魂にとって、封じられた間の時は無かったも同じじゃ。 ゆえに、お前にとって、かえるであったときのことはほとんど無に等しい」

 僕の心臓は胸の中で跳ね上がった。

 「そ、それじゃ…」

 「…じゃが、全く無だった訳ではない。お前の面差しには幾年かの歳月の後が残ろうし、他にも残るものはあるじゃろうよ。 …例えば、かえる語の使い方など、な」

 僕は、思わず止めていた息を、長く吐き出した。

 「…ラドゥ様、なぜ、それを…?」

 呪いが解けたら、宿がえる君と…ルームメイトの小さな親友と会話できなくなるのではないか… という密かな恐れは、当のかえる君以外には誰も知らないはずだった。
 ラドゥ様は、静かにニッとお笑いになった。

 「それ位の想いを読めずして、賢者を名乗れようか」

 「コリューン!」
 「おーい、コリューン!」

 ちょうどそのとき、森の木々の向こうから、僕を呼ぶたくさんの声が響いてきた。

 「…どうやら、お前に会いに来てくれたようじゃな」

 そのときの僕には、ただ笑って、やたらとうなずく事しか出来なかった。


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