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宴の後


 二度寝だったか、三度寝だったか、何度寝だったか…
 うとうとと気持ちよくまどろんでいた僕は、ふと小さな気配に目を開けた。
 カーテン越しの明るい光の中に見えたのは、見慣れた冒険者宿の壁、いつものベッド、そして、枕の上の宿がえる君。
「うう、おはよう…。あー、気持ちいい…もうちょっと寝てたいなぁ。今、何時?」
 そうつぶやくと、目の前の宿がえる君は、たちまち呆れ顔になった。
「何時? じゃないケロ、コリューン。今日は4月2日ケロ。それも、もうお昼過ぎケロ!」
「え、ウソ!?」
「ウソ言おうにも、4月1日は、もう過ぎたケロ」
「それじゃ、丸一日以上眠ってたのか!」
 寝ぼけた頭をフル回転して、記憶をたどってみる。

 憶えている最後の日付は3月31日。
 赤いドラゴンと戦って、ラドゥ様の神殿に戻って、呪いが解けて、みんなが来て祝ってくれて、そして…
「コリューン、そのときリュッタが『お祝いにごちそうで宴会だ!』って言ったら、ものすごくうれしそうな顔したらしいケロね」
「そ、そりゃ、ひどく腹が減ってたから」
 …そのあと、マスターたちに連れられて、街の広場で街中の歓呼の声を浴びて…
「そのとき、何だか不満そうだったって聞いたケロ」
「そ、そんなことないよ!」
 僕は慌てて否定した。なんだか大げさすぎて、戸惑いはしたけど、街をあげての暖かい出迎えがうれしくなかった筈はない。
「そうケロか? でも、コリューンの顔を見て、冒険者仲間みんなが、急いで宴会の準備始めたって話だケロよ」
「いや、それは…疲れて、ちょっと不機嫌な顔になっちゃってたんだよ、多分…」
 僕が、そう弁解すると、宿がえる君はにやにやしながら僕の目を覗き込んで言った。
「その割には、そのあと、下でやってた祝賀会ではかなり元気だったケロ」
「そ、そうだったかな…」
 とぼけてるんじゃなくて、本当に思い出せない。でも、街中の人たちが、入れ替わり立ち代り僕のために乾杯にやってきてくれて…
 で、豚のローストやら、ウサギのシチューやら、揚げジャガやらで、空ききった腹を落ち着かせた後、 エールの大ジョッキをを5、6杯空けた辺りまでは覚えているのだが…
「夜中過ぎだったケロよ。アルター達に、このベッドに担ぎこまれたのは。それまで、ずっと大きな声で…」
「も、もう勘弁してくれよ…たしかに、ちょっとハイだったかもしれないけど…」
「だって、いくら疲れてるからって、それから今まで、ずっとピクリともせずに眠りっぱなしだったケロ?  心配した分、ちょっとお返しケロ!」
「ごめんごめん、たしかに、ちょっと飲みすぎたよ」

 僕は、ベッドから降りて…部屋の隅に置きっぱなしの荷物に気が付いた。
「あ、そうだ、商売道具が放りっぱなし…」
「斧はアルターが手入れしてくれてるし、鎧はロッドが直してくれてるケロ」
「…迷惑かけちゃったな。それに、あの祝賀会…いくらかかったんだろ? ただ食いじゃ悪いな」
「宴会の費用は、赤いドラゴンが払うケロ」
「ドラゴンが?!」
「コリューン、言ってたケロ?  ドラゴンの皮とか牙とか内臓とか…すごく高く売れるケロから、その売上げから宴会にあてれば良いって」
「そうだったっけ?」
「忘れるほど飲んじゃ駄目ケロ。それに、そんなことより、まずお風呂に入って、ご飯食べてくるケロ。 折角のろいが解けたんだから、体を大事にしなきゃ駄目ケロ!」
 言われてみたら、あのときから着替えもしていない。僕は首をすくめた。
「ゴメン、ゴメン。謝るからさ、持ってきてくれないかな…」
「水ケロか?」
「いや、鏡。コロナじゃ、僕だけだよ。まだ、のろいが解けた後の僕の顔を見てないのは」

「…はい、鏡。でも、あんまり、変わってないケロよ」
 かえる君にぽんと手渡された手鏡には、毎日見慣れたのと良く似た…でも、少し雰囲気の変わった僕の顔が映っていた。
「思ったより、老けてないな…よかった」
「ラドゥは、何て言ってたケロ?」
「かえるの姿の間、僕自身の中に積もった年月と同じだけ年取っているだろうって」
 その十年間は、僕にとっては二、三年程度の重さしかなかったようだ。
「そうケロか…。ねえ」
「ん?」
「ぼくからは、まだ言ってなかったケロね…
 おめでとう、コリューン!」



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