赤竜編・目次にもどる


後悔役に立たず


 まだ、日の出が幾分遅い、三月の末。
 ドラゴン現る、の知らせに揺れる、早朝のコロナの街は、張りつめたように静かだった。
 僕はまだ薄暗い大通りを早足で抜け、あわただしく一軒のドアをノックした。
 だが、飛び込んだロッドの仕事場は、大通りよりも異様な静けさに包まれていた。
 レティルは、雷に打たれたように呆然と立ち尽くしているし、ロッドの顔には、がっくりとした表情が張り付いている。
 どうしたことかと驚く僕に、ロッドは一通の手紙を渡して寄越した。
 手紙は、バレンシアの剣士、レオンからのものだった。

コリューン
 勝手に、ロンダキオンを持ち出して、すまないと思っている…


 その書き出しに仰天して、読み急ぐ。

……………………………………………
 ……………………………………………
 …十年前、あいつは自分の命と引き換えに、私をかばって死んだ。…
 ……………………………………………
 …私にとって、あいつは憧れだったんだ。

 あいつは、いつも言っていた。
 苦しめられるのはいつも弱者だ。
 だから、そんな人たちがいつも笑顔でいられる、そんな場所を守りたい、と。
 だから戦うのだと…。

 私は、あいつのようにはなれないかもしれない。
 だが、たった一つ私にもできることがあるとしたら、それは、竜とたたかうことなのだ。…


 不意に怒りが突き上げてきて、目の前が真っ白になった。
バカヤロウ!!!
 大馬鹿、阿呆、スットコドッコイ!!!

 お前が憧れているのは、それは僕じゃねぇよ!
 お前が、お前の理想像に僕を押し込んで作り上げて、金メッキで飾り立てた、僕の偽物の像だ!
 お前はそれを、ご丁寧にも台座に乗っけて、崇拝してやがるんだ!!
 なんで、それが、分からねぇんだ?!!

 それに、お前が、1人でドラゴンと戦う理由が、いったいどこにあるってんだよ!!
 僕は、そういう義理立てされるのが、一番嫌いなんだ!! 知ってるはずだろうが?!!
 お前は、聞いてなかったのか?! 僕は、ドラゴンさえいなくなるんなら、 誰がどうドラゴンを倒そうが…病死だろうが、事故死だろうが、構わないって言っただろ!!
 …僕は、そう言う奴なんだってば、よ!!)

「コリューン…それじゃ、まさか、本当に、あなたが?」
 レティルの声に、僕は我に帰った。
「ああ」
 僕は、うなずいた。いささかきまりが悪かった。知らず知らず、思いを言葉に出してしゃべっていたらしい。
「レオン…そんなに苦しんでいたなんて」
 レティルが、自分も苦しそうな声で言った。僕はうつむいて、拳を握りしめた。

 今から思えば、十年前、僕がロンダキオンに選ばれたときに、僕とレオンの間には溝が生まれていたのかもしれない。

 僕たちは、よく気が合ったし、実力だって伯仲していた。
 だけど、考え方や立場は、まるきり違っていた。
 生真面目な名士のレオンと、気楽な風来坊の僕。
 僕が、「弱者が笑顔でいられる場所を守りたい」そう言った言葉に嘘はない。 だけど、それは、人々のためとか、正義のためとかいうよりも、むしろ、ただ、僕自身のためだった。 僕自身の満足のため、僕自身の気が済むようにやってただけだ。
 レオンはそうじゃなかった。いつも一番に、世のため人のためを考えて働いていた。

 レオンは、僕といると気が楽になる、といつも言っていた。
 僕は、いつでも正しいことを追い求め、自分を律して勇者たらんとしているレオンを立派だと尊敬していた。

 それなのに、なぜか、使命感に燃えるレオンを差し置いて、のんきな僕がロンダキオンに選ばれた。

 レオンはロンダキオンの選択を、僕が思いもつかなかったほど、深刻に受け止めた。
 僕のお気楽な本音を勝手に深読みして、僕をどんどん「高い」ところに祭り上げていった。
 僕の選ばれし特別の勇者と思い込んで、距離をおくようになっていった。
 あるいは、自分が選ばれなかったことを自分の不徳のいたすところと受け止めていたのかもしれない。 …それとも、僕に嫉妬していたのだろうか…?

(だのに、あの頃の僕は…手に入れたばかりのロンダキオンの聖なる力に夢中で、それに気付きもしなかった…)

 そして、ドラゴンとの戦いで、僕がレオンを「助けようとして」、「姿を消した」事で、レオンは心に、致命的な打撃を受けた。
 レオンのように、自分を捨て、命を捨てて人のために尽くす、なんて考え方は、僕にはとても出来ないし、しようとも思わない。 自分が良いと思うことのために命を掛け、生き残るために戦う。それが、僕のやり方だ。
 だけど、僕がレオンを「かばって」「死んだ」と思いこんだレオンは、それを忘れてしまった。
 僕を、自己犠牲の英雄と勘違いしてしまったんだ…。

(すまない、レオン。
 …すまない。お前が、あの、いつも真面目で真っ直ぐなお前が、 盗みまでしでかすほど酷く思いつめると分かってたら…僕は、僕は…)

 怒り、後悔、歯がゆさ、悲しみ…言葉にならない想いと、複雑な感情が次々とあふれ出して、僕を押し流した。

「聖なる力を使えないまま、竜に挑んだりしたら、レオンは… 今度こそ、死んでしまうかもしれない!」
 レティルの声が、また僕を我に返らせた。そうだ、昔のことにくよくよしても意味はない。している暇もない。
 僕は、きっぱりと顔を上げた。
「あいつを…レオンを、止めなきゃ」
「ええ!」
 レティルが力強く答え、ロッドがほえた。
「おう、話は決まったな。一刻も早く、カナ山に行くんだ!」




おまけ



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