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夢一夜(その1)


「コリューン、コリューン! 起きるケロ、コリューン!!」
闇の中、宿がえる君に揺り起こされた。
「大丈夫ケロ? ひどくうなされてたケロも」
宿がえる君がカーテンを引くと、高く上った下弦の半月が部屋を照らし出した。
真夜中はとうに過ぎている。
頭に手をやると、真冬の夜の冷たい空気の中で、ぐっしょりと汗をかいていた。
「はあ、とんでもない夢を見た」
「いったい、どんな夢ケロ?」
「…かえるになったときの…赤いドラゴンに呪いをかけられたときの夢だよ」
「それじゃ、コリューン、記憶が戻ったケロ?!」
「いくらかは、ね」


夢の中で、僕は、十年前の体験を、そっくりそのまま繰り返していた。
再び、バレンシアの剣士レオンと共に、竜の棲む山に登り、赤いドラゴンに挑んでいた。
だが、ドラゴンとの苦しい戦いは、夢の中でさえはっきりとは思い出す事ができなかった。
一瞬一瞬が全力の戦いだったのだ。目の前の攻撃をかわすことと、今の一撃を打ち込むことだけで、いっぱいいっぱいだった。
重い手ごたえと共に飛び散った真っ赤な鱗とか、頭を掠めた鉤爪の白い光とか、ばらばらの瞬間の映像だけが次々と通り過ぎていった。

そして、長い…と、感じた…膠着状態の後、ついにあの瞬間がやって来た。
不意を突いて、ドラゴンの口から、戦友レオンに向けて炎がほとばしった。
とっさに体が動いた。考えるひまも無く、僕は、炎とレオンの間に飛び込んでいた。
とたんに、僕らは、激しく噴き出す炎の直撃を受けて吹っ飛んだ。
世界がひっくり返った。岩に叩きつけられ、レオンの姿が、視界から消えた。
僕は、必死にもがいて立ち上がった。
神具ロンダキオンの加護で、命に別状は無く、全身を駆け巡るアドレナリンのおかげか、焼け焦げた体の痛みもほとんど感じなかったが、手足が思うように動かない。
まだ戦うことは出来たが…すでに勝敗は、ほぼ決していた。

…あと、何撃しのげる?!

せめて、なんとか、もう一撃返してやりたいと、出来る限り体勢を立てなおして、敵を睨みつけた。
だが、ドラゴンは襲いかかってくる代わりに、割れ鐘のような声で、話し始めた。

「人間にしては、意外としぶといな。止めを刺すのは簡単なことだが…」

僕は、ドラゴンがしゃべっているうちにと、息を整えながら、しっかりした足場を探った。
奴が話に夢中になれば、まだチャンスはあるかもしれない、と。

…だが、

「…偉大な竜たる我に逆らったことを後悔するよう、死よりも惨めな運命をくれてやるわ」
奴には、これ以上僕と戦うつもりは無かった。


「…で、そのとたんに世界が大揺れを始めたんだ。今思えば、僕の方が縮み始めたんだろうな。
呪いがかかって、僕はかえるの姿に…」
「うなされるわけだケロ。大変な目にあったケロね…」
「いや、戦いの方はそれ程の悪夢じゃなかったんだ。
何せ、文字通り、夢中だったからね。
それよりも、かえるになるときの…地面が、こう、ぐうっと傾いて、ぐるぐる回りながら迫ってくるのが
…あれ、ものすごく、酔うんだよ。
思い出しただけで、吐き気がして、冷や汗が…」
宿がえる君は、面食らったように目をクルクルさせた。
それから、口に手を当てて脂汗をぬぐっている僕に、ためらいがちに、
「…ええと…そういう時は、風にあたったほうがいいケロよ。地平線より上の、遠くを見たらいいケロ」
そう言って、窓を指した。
…宿がえる君。君は、ほんとに、いい奴だ。



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