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エールが目にしみる


 初冬のどんよりくもった肌寒い日だった。
 また一つ、冒険を終わらせて、僕はコロナに帰ってきていた。
 だが、気分は今ひとつ冴えなかった。
「…おい、腹でもこわしたのか、コリューン?」
 アルターにも、そう尋ねられたくらいだ。
自分では気付いていなかったが、傍から見たら、むっつり黙りこくっていたのだろう。
 僕は首を振って、無言のままカウンターに座った。
揚げジャガを一皿空け、エールの大ジョッキを干して、ようやく口を利く元気が出た。
「冒険先で…あいつに、また会ったんだ。あの、かたくなで強情な男に」

 あいつ…黒髪の剣士、レオン。
 十年前、赤いドラゴンと戦って、バレンシアの町を救ったという勇者。
今も、赤いドラゴンを捜して、旅を続けている男。
 …だが、彼は、自分が「勇者レオン」であることを必死に否定しつづけていた。

「ドラゴンには関わるなと言った筈だ。私のようになりたいのか!」
 出会い頭の、激しい言葉。僕らの介入をひたすら拒絶する、あのかたくなさ。
「私だけが生き残ってしまった!」
 そう叫んだときの、何かに取り憑かれたかのような、あの目つき。
「私は勇者なんかじゃない!」
 苦しそうに繰り返す言葉。呪縛されたかのような、あの声。

 …いったい、十年前、何があったというんだ?
十年もの間、あんな風に凝り固まってしまう程の、どんな目にあったというんだ?
 気になって気になって仕方が無い。
…だが、あいつは、何も話そうとはしない。

「なぜ、何も話してくれないんだ?
どうして、こっちの言うことを、聞こうともしないんだ?
なんで…なんで、ああも強情なんだ!!」
 僕はいきなり、どん、と空ジョッキを叩きつけた。
 アルターが目を丸くして僕を見た。
「おい、落ち着けよ、コリューン!」
「どうした、イライラと…お前さんらしくないぞ」
 冒険者宿のマスターが、静かな声で言いながら、お代わりを注いでくれた。
「…ごめん」
 その声で、僕は、苛立っていた自分に気が付いた。
「そうか。僕は…」

 僕は、きっと、十年前の…赤いドラゴンとの戦いに、深く関わっていたはずだ。
少しも憶えてはいないし、確証も無いけど、そんな気がする。
…と言うより、そうであって欲しいと、心から思う。
 だのに、当事者のレオンが…僕なんか全くの部外者だという扱いをしている。
 それは、僕の姿や名前が、すっかり変わってしまっているから、かもしれない。
それは分かっている…けど。
「けど、頭で分かってるからって、気持ちまで納得できるわけじゃないよ」

「なるほどな…しかし、お前さんが、それだけでそこまで怒るなんて珍しいな」
 と、マスターが、グラスを磨きながら僕を見つめた。
「うん…そうだね…それだけじゃないな…」
 僕は、しばらく考え込んで…心の奥で、何かがわだかまっているのに気が付いた。
「なんでかな…あいつの態度みてると、意味もなく、むしょうに腹が立ってくるんだ。
おまけに、妙に悲しいような、変な気分になって、気が塞ぐんだ。
なんでか分からないけど…分からないから、よけいに腹が立つんだよ…」

「おいおい、そんな訳わかんないことで、くよくよしたってしょうがないだろ!」
 アルターが、僕の背中をどんと叩いた。
「お前がさ、竜をぶっ倒せば全部解決するって!
 そんときゃ、俺も行ってやるぜ。俺達なら、絶対大丈夫だ!
 だからさ、今日は、もっと食って、もっと飲めよ!
 ほら、マスター、お代わりだ、お代わり!」
 いつもより、テンションの高いアルターの声。
マスターは黙って、いつもと違う奥側の樽の栓をひねった。
 僕は、言われるままに、ジョッキをあおった。
その日は、いつもより酔いが回るのが早かったようだ。
 …そうでなきゃ、理由も無く、あんなにまぶたが熱くなるはずがない。



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