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月は何でも知っている


 石造りの狭い部屋を照らすランタンの光の輪の中に、またもや、一群の生ける屍どもが現れた。
 アルターが、間髪いれず、
「アルタースラッシュ!」
 の雄叫びと共に、絶妙の踏み込みと技で、全身の力と重みとを剣先に集め、衝撃波に変えて飛ばした。
 骸骨兵どもの枯れきった骨が砕け、乾いた木のような音を立てて宙に舞った。
 しぶとい食屍鬼が、骨の破片を被りながら、声も立てずに歩み寄り、腕を伸ばしてきた。
 僕は素早く踏み込みざま、真っ向から戦斧を打ち下ろした。
 ぐしゃりと嫌な手ごたえがあって、そいつの腐りかけた頭は半ば吹っ飛んだ。
 湿った音とともに敵はくずおれ、ぬめぬめの鉤爪はむなしく僕の胸甲の上を滑って崩れ落ちた。
「俺達にかかったら、ざっとこんなもんさ!」
 アルターが、闇の奥に向けて挑発的なガッツポーズを決めた。
…返事は、ない。

 噂によると、コロナの街はずれに立つ、奇妙な古い館…悪名高き『死者の館』…の地下深くに、 『月のしずく』なる石があるという。
 僕等は、勇気あるものにしか見えないという、伝説じみたその石を探しに『死者の館』まで来ていた。
 噂どおり、館には歩く死人や悪霊どもがうようよしていた。
 が、アルターの言う通り、僕等が…重装備の戦士2人が突き進めば、まさしく向かうところ敵なしであった。

「はいはい。ご苦労様。でも、もう少し静かにしてて欲しいわね」
 僕らの背後で、神官のレラが、皮肉な声をあげた。
 レラは戦闘そっちのけで、部屋の床に突っ立っている大きな石碑を調べていたのだ。

 僕は、聖職者には悪霊が寄って来ないと聞いたことがあって、レラに来てもらったのだが… (それを聞いたレラには「そんな古い迷信を知っているなんて、あなたいくつ?」と、あきれた顔をされた) 実際には、聖職者でなく、学者としての助けをもらってばかりだった。

「興味深いわね…」
 石碑から顔を上げたレラの目が、知的好奇心で光っている。
「この石碑の文字、古い字体を使っているけれど…
文字自体は、時間をかければあなたたちでも読める程度の、新しいものよ。
でもね…あなた達、入り口の所にいたガーゴイルを憶えてる?」
「ああ、あの近づいたら襲ってきた、石像の魔物?」
「あれは、ガーゴイルの中でもごく初期の、古い形態のものなの。 今では、作り方自体が失われているはずのものよ。
…この館は一体、いつ建てられたのかしらね?」
「そんなことより、何が書いてあるんだよ?」
 アルターがせっついた。
 レラは静かな声で、
「…私たち、いよいよ館の最深部に近づいたみたいね。
 『月のしずく』を捜してここまで来た者への、最後の重要な警告が刻まれているわ」
「え? また?」
 僕は思わず、声をあげた。
「どこに行っても石碑があって、ヒントだの警告だの案内だの書いてあって…
…ここはまるで、僕らみたいな連中に『月のしずく』を捜させるためだけに建てられた館…みたいだね」
 レラは静かに、
「そうね。本当にそうとしか考えられないわね」
「でも一体、誰が、何のために…?」
 僕は眉をしかめた。レラは、ゆっくりと考えながら、
「思いつきの仮説だけなら、いくつか出せるわよ。
…成人の通過儀礼の試練場だった、とか…昔の騎士団か何かの試験場とか…」
「なるほどね」
 と、僕はうなずいて、
「『勇気』って一口に言ってもいろいろあるのに、ここでの『正解』は一つっきりみたいだから…
もしかしたら大昔に、金持ちの魔術師が道楽で造ったのかもしれないな」
 レラは笑って、
「なかなか面白い考察するじゃない、コリューン」
「この館は、本格的に調べたら、面白い研究テーマになりそうよ。 私にはそんな暇はないけど。
 コリューン、やってみたらどう?」
と、言った。

「んな事、どうだっていいだろう」
 ちょっと苛立ったように、アルターが口をはさんだ。
「今大事なのは、ちゃんと『月のしずく』を持って帰れるかどうかってことなんだ。
 早くしないと、夜が明けちまうぜ!」
 アルターの言葉が終わらないうちに、また新手の悪霊どもが、不気味に光りながら近づいてくるのが見えた。
「ほら、来た! 気を抜くなよ、コリューン! これからが本番なんだぜ!」
「まったくだね、ゴメンよ、アルター!」
 僕は、慌てて頭を戦闘モードに切り替え、斧を正眼に構えた。
 後ろで、レラが苦笑を浮かべて、サポートの体制をとるのが分かった。

「いくぜ、アルタースラッシュ!」
 屋敷の闇に、またアルターの雄叫びが響き渡った。



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