赤竜編・目次にもどる


赤竜洞


 その日。
 「ドラゴンが出た」という噂を聞きつけて、僕たちはカナ山の洞窟に来ていた。

 入り組んだ洞窟の最深部は、だだっ広いホールになっていた。
 鋼より硬いという、ロキの岩で出来た床は、きれいに平ら。
所々に、大きな動物の骨が転がっていた。
 空気には、硫黄のような匂いも混じっている。
「ここに、ドラゴン…少なくとも、それクラスの怪物がいたことは間違いないな」
 今この時、いなくて良かった。もし今、凶暴なドラゴンに出会うことが出来たとしても、僕らでは勝てそうもない。
 やる気満々のレティルには黙っていたが、僕は、今日は手がかり探しだけのつもりであった。

 …に、しても。
「もう少し何か手がかりでもないもんかなぁ…。こう薄暗くっちゃ…」
 がらんとしたホールを、何度も何度も行ったり来たりしたが、これといった収穫はなかった。
あきらめて帰ろうかと思い始めたとき、
「コリューン、レティル、あれ!」
 盗賊のルーが、上を指差した。
下ばかり見ていた僕達は、見上げてはっとした。
 レティルが思わず声をあげる。
「え、え、これ、何?!」
…爪の跡だ。明らかに生き物がつけた、ひっかき傷だ。
 天井は、翼を広げたドラゴンでも楽に通れそうな、広い通路に通じていた。
その入り口にあたる岩の上に、くっきりと…
「鉄より硬いロキの岩に、傷がつくなんて……まさか」

 と、そのとき
「その、まさかさ」
 突然、張りのある男の声が、背後から割り込んできた。
 振り向くと、見事な鎧と黒髪の剣士が、歩み寄ってくるところだった。
 たしか…以前にも会った事がある…赤い竜を追っていた男だ。
「レオン!…そう、あなたはレオンでしょ?!」
 レティルがうわずった声で叫んだ。

…すると、この男がレオンか。十年前ドラゴンと戦って、バレンシアの町を救ったという…。

 だが、男は冷淡とも言える口調で、それを否定した。
レティルとは、会ったこともないと…その拒絶とも取れる態度が、逆にあやしい。
 なおも言い募ろうとするレティルにはかまわず、彼は淡々とした口調で、今度は僕らを諭しにかかった。
「…ドラゴンと関わろうなど、考えない方が身のためだ」と。

 いささか頭ごなしの説教口調だった。
 ルーがむっとしたのも無理はない。僕だってちょっと…
 だが、『レオン』はこっちの言うことに耳を傾ける気は全くなさそうだった。
 ただ繰り返し、赤いドラゴンの恐ろしさを強調した。
 しまいにはそれを立証するつもりだろう、爪あとのついた「ロキの岩」に、自分の剣を振り下ろして見せた。
 
ギィンンンン…
 
嫌な音がして、剣は真っ二つに折れて飛んだ。むろん、岩には傷一つない。
「信じられないというのなら、きみも試して見るといい」
 そう言って、彼は僕にもう一振りの剣を手渡した。
 飾り気は無いが、バランスの取れた良い剣だった。
 僕はこっそりため息をついた。

…わざわざ実験するようなことでもあるまい。
相手がどんな岩でも、剣を力任せに叩きつければ、壊れるに決まってる。
よくまぁ、良い武器を惜しげもなく粗末に扱うもんだ…。

 だが、僕は試してみることにした。
 なぜだか、何かが起こるような気がしたからだ。
 何か予想外のことでも起これば、話を聞いてもらう取っ掛かりにはなるかもしれない。
 ドラゴンを捜す上で、レオンの協力はぜひとも欲しかった。

 僕は、剣を振り下ろした。
 振りは速かったが、力は入れなかった。
 剣を壊すのも、腕がしびれるのもごめんだった。
 
カツッ…
 
 意外な手ごたえに、僕自身が驚いた。
 剣には刃こぼれ一つなく、逆に「ロキの岩」のほうにわずかに傷が入った…。
 レオンが呆気にとられて、まじまじと僕を見た。

「きみは、いったい…?」

 だが、その時の僕には、何も答えることができなかった。
僕は、ただ呆然として、馬鹿みたいに突っ立っていた…。
 我に帰ったのは、レオンの方が先だった。
彼は、またあの腹立しい、かたくなな表情を取り戻して、去っていってしまった。
僕が何者だろうと、自分とは関係ない、と言って。
 その背中を見送る僕の心は、もどかしさに狂いそうだった。
こっちの言葉も聞いて欲しい。なのに、話す言葉が見つからない。
とうとう、黙って見送ることしか出来なかった…。

 あの、壁のようなかたくなさは、一体どこから来ているのだろう…。
帰途につく間も、出口を失った疑問と願いともどかしさとで、頭の中は一杯だった。
だが、最早どうしようもなかった。

 それっきり、何ヶ月もの間、彼とは話すどころか、出会う機会すら巡ってこなかった。
…そして僕は、あの時のことを思い出すたびに、もどかしさのあまり、自分に腹が立って仕方がなくなるのだった。



赤竜編・目次にもどる
ページトップにもどる