赤竜編・目次にもどる


西瓜田に履を入れず


 コロナの夏は、暑い。
 長年、森の水辺に暮らしていたかえる…つまり、この僕、コリューンにとっては、ものすごく暑い。
 暑気払いにアルターと一杯やる元気も、今は無い。
スラムはここよりずっと暑いし、アルターと飲むのは楽しいが、けっこう体力がいる。

 「ふう。どうもイマイチ食欲が無いな …今日は、何か、本当にうまいものが食べたい」

 そんな訳で、僕は、朝から広場に出かけた。
「リュッタ、来ていればいいんだが」
 リュッタほど、この街のうまいものを知り尽くしている者はいない。
「…歌と踊りだけの気分でなかったらより有り難いんだがな
…今朝は、芸術鑑賞の気分じゃないし。
…っと。やあ、リュッタ、おはよう!」
「おはよう、コリューン!」
 幸い、リュッタは広場に来ていた。さらに幸いにも、リュッタは開口一番…
「ねえ、スイカ食べに行かない?」
「スイカ! いいねぇ! ちょうど、そういうのが食べたかったんだ!」
 いきなり盛り上がった僕らは、すぐさま出発した。

 ずんずん進んでいくリュッタについて、裏山を歩くこと10分ばかり。
不意に平らで開けた場所に出たと思ったら、そこはもうスイカ畑で、大きなスイカがごろごろしていた。

「へえぇ…こんなところに、こんな畑があったんだ。さすがリュッタ、よく知ってるなぁ」
「すごいだろ、えっへん!」
「では、早速…」
「うん! さあ、どれが一番大きいかな?」
「まてまて、大きさだけで選んでちゃだめだよ。熟れ過ぎたのは、うまくないぞ」
「あ、そうだね。でも、どれが一番甘いんだろ?」
「さぁ…まぁ、軽く叩いて、うつろな音がする奴は熟れ過ぎだってさ」

 と、まあ、こんな調子でわいわい騒ぎつつ、ぽこぽこ叩き回ることしばし。
 選び抜いた一玉は、短剣をあてるとバリリと音を立てて自ら二つに裂けていき、ぱっくりと割れた。
熟れきったスイカの、あのみずみずしく、甘く、かすかに青臭い匂いが広がった。
 で、しばらく僕らは…
「うーん」「うまい」「あまい」
 以外、あまり話もせずに、スイカの真っ赤な果肉を堪能したのだった。

 その後。
 すぐ近くの水路で、べたべたになった手や顔を洗いながら、僕は何気なく尋ねた。
「ねぇリュッタ、ここの畑の持ち主って、誰?」
「へ…?」と、リュッタはきょとんとして、
「ここ、自然の畑だろ。誰のでもないんじゃないの?」
僕は、口をぽかんと開けて、まじまじとリュッタを見つめた。
「おいおい、こんな見事な畑が、ひとりでに出来るわけないだろ。
それにこれ、水引用の水路だぜ」
「そうなの? おいら、毎年ここのスイカ食べに来てるけど、誰にも会ったことないよ」
「何だって? 君、コロナでは顔が利くから、ここの持ち主とも親しいのかと思ってたのに。
れじゃ、スイカ泥棒だよ…そうと分かって、このまま帰るわけにもいかないな。
…どうしよう…あ、そうだ!」

 僕は、目の前の水路を見つめた。
水路脇の低い崖の上から、大きな石がいくつか転がり込んで、流れが悪くなっている。
こういうのをどかすのなら、僕の得意分野だ。
僕は、石を一つ一つ拾い上げては、畑の下に捨てた。

 「ま、これでスイカ代くらいは働いた…と、いう事にしておこう」
ついでに、目に付いた雑草も引っこ抜いているうち、いつの間にか太陽は空のてっぺんを越えていた。
「さ、帰ろうか」

 リュッタは、ずっとしょげていた。
「ごめんよ、コリューン。おいら、そんなつもりじゃ…」
「ああ、気にするなよ。
一汗かいて、山の風に吹かれたら、かえって元気がでてきたよ。
腹も減ったし、これから、アルターも誘って、スラムの酒場にでも繰り出そうや。
でさ、この間見せてくれた新しいステップ、また見せてくれよ」



赤竜編・目次にもどる
ページトップにもどる