「そうか。牛も無事に戻って、牛泥棒も捕まえて、まず、めでたしだな。
お前の冒険者稼業も、軌道に乗ってきたじゃないか、コリューン」
そう言ってマスターは、エールのジョッキを手渡してくれた。
「それにしても、今回のコリューンはちょっと浮かれすぎだったわよ。
はしゃいで、とっ捕まえた、泥棒の親分株の頭、ばしばしはたいたりして」
と突っ込んだのは、今回一緒に依頼をこなしてくれた盗賊のルー。
僕は、急に気恥ずかしくなって、傾けたジョッキの底を覗き込んだ。
「いや、その…。うん、ま、ちょっと、嬉しかったもんだから…」
先月…4月末のこと。
僕は、古い神殿の奥に、僕にかかった呪いの正体を捜しに出かけた。
そして、呪いをかけたのは、ドラゴンだと知った。
その時、僕の表情を見て、ルーは「気を落とさないでね」と励ましてくれた、けど。
僕は、気落ちしていたのではなく…途方にくれていたのだ。
『ドラゴン』…その名は、誰もが知っている。
でも、皆が知っているのは、吟遊詩人の物語る伝説と、以前襲われた街々からの噂だけ。
伝説と呼ぶには生々しい存在。
でも、生き物というよりは、大地震か何かのように語られている存在。
そんな代物、一体全体、どこをどうやって捜せばいいんだ?
その矢先、「ドラゴンに牛が盗まれた」という依頼がやって来た。
受けたときには、大げさに言えば、藁にもすがる気持ちだった。
犯人が本物のドラゴンじゃないことは、はなから薄々分かってはいたけれど。
…ドラゴンが噂どおりの生き物ならば、依頼人が無事だった事さえ奇跡に近いだろ?
依頼人に見せられた「ドラゴンの爪あと」なるものがまた、あまりに人工的でわざとらしかった。
案の定、追い詰めた真犯人は、絵に描いたようにスットコドッコイなただの盗賊集団。
分かってはいたけれど、それでもちょっとがっかりだった…
「でもさ、ドラゴンを騙った連中が、『竜が出たって噂を聞いた』って言ってたんだ!
火の無いところに煙は立たない…ってね」
僕の声が、自然に高くなった。
「あのな、気に障ったら勘弁してくれよ。でも、根も葉もない噂…って、言葉もあるぜ?」
と、マスター。
「うん。それだけならね。
でも、僕の他にドラゴンを追っかけている人も、いたんだ」
と、僕が言うと、ルーも横から相槌を打って、
「そうそう。あたしたちよりは、確かな情報を握っていそうだったね」
「どこの誰かも分からなかったけど、旅人らしかったからね。
そのうちコロナにも来るかもしれない」
そう付け加えて、僕は、勢いよく空のジョッキをカウンターに下ろした。
「そしたら、ウチかスラムの酒場で噂になるか、ひょっとしたら本人が来るかも知れんな。
よし、気をつけておくとするか」
マスターは、空ジョッキになみなみとエールを注いでくれた。
「とにかく、ドラゴン探索の取っ掛かりはできたんだ」
と、僕はジョッキを高く掲げて立ち上がった。
「牛盗人に乾杯!!」
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