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桜の木の上には…


 桜の…桜桃の枝に座って、梢を見上げた。
 逆光を受けた若葉が、黄金と透明感のある若緑とに輝いていた。
 それが、枝や葉の重なりに生まれる影色と、隙間からのぞく晩春のやわらかい空の色と共に、見事な天蓋を織り成している。
 いつもなら、思わずため息をつくところだけど…
その日の僕は、それどころではなかった。
 なにせ、その桜桃はちょうど実盛りで、
 (…お、こっちの枝のが大粒でうまそうだ!)
 と、捜すのと取るのと食べるのとで、大忙しだったのだ。
 ずっと上の枝から、がさがさ、ぽきぽきと音がする。
 ホビットのリュッタだ。
 うれしいことに、おおかたのホビットの例にもれず、リュッタも食べることが大好きだった。
 僕らは、初めて会ったその日のうちに、食べ物の話で意気投合して、すっかり仲良くなっていた。
 その日、うまいサクランボが鈴なりのこの木に案内してくれたのも、リュッタだった。

 2人とも、しばらくは物も言わずに、ひたすらサクランボを口に運んでいた。
 が、しばらくすると、お腹も落ち着き、ただ黙々と食べているのにも飽きたので、僕はリュッタのいる枝に向かって声をあげた。
 「おーい、リュッタ!」
 「なんだい?」
 「よくこんな穴場知ってたね! 野生の木でこれだけ美味いのは、そう無いよ!」
 リュッタは、得意そうに鼻をこすった。
 「そうだろ! この木は、ここらでは一番美味しい実がなるんだよ!
 だからおいら、毎年この木が熟すのを見張ってるんだよ」
 「でもさ、こんないい実なら、虫や鳥達も見張ってるだろ? よく、こんなに残ってるなぁ!」
 「うん。前には、こんなに沢山は取れなかったんだけどね…
最近は、この辺にも大ネズミやら大蛇やら、モンスターが出るからね。
 鳥たちもあんまり来ないみたい!」

 「!!モンスター?!!…おい、そういうことは先に言ってくれよ!」
 そう聞いて、僕はすっかり慌ててしまった。
 つい先頃、ろくな装備も持たないで、お使い気分で依頼を受けて出かけ、えらい目にあったばかりだった。
 この日も、普段着に短剣一振りという軽装で来ていたのだ。
 モンスターが出てもろくに戦えない。
 だけど、リュッタのほうは、
 「大丈夫だって。何も出てこないよ」
 と、根拠の無い自信に満ちて平然としている。
 「出るときゃ、出るよ!   現に僕はこないだ、裏山でコボルドに遭ったんだぞ! 君が、昼寝してたってところで」

 あの時は、ホビットが昼寝しに行くような場所だと思って、油断して一人で出かけたんだ。
そしたら、コボルド三匹に取り囲まれて…。
吟遊詩人のミーユが通りかかってくれたから、助かったものの…下手すりゃ、今頃は告別式だった。

 すると、リュッタは落ち着き払ってこう答えた。
 「そうかい? でも、今日は、おいらがいるから大丈夫だよ!
おいらはこの辺りで危ない目に遭ったことなんか、一度も無いもの!」
 なんと!リュッタって、こう見えて、実はかなりの使い手だったんだ…。
僕はすっかり感心してしまった。
 「へぇ! …たいしたもんだな」
 「何が?」
 「…むう」
 その無造作な言い方に、僕はますます感心して唸り声を出した。

 結局その日は、何事も無く平穏に終わった。
 (ひょっとして、モンスターがリュッタを避けたんじゃなかろうか)
 …そう思って、僕はその日から、リュッタに一目置くようになった。

(…それとも、リュッタは、たまたまモンスターに遭わないですんでいただけだったのかな?
 これが噂に聞く、『ホビットの強運』という奴なんだろうか。)
 と、考えるようになったのは、それから一月ばかり経ってからのことだ。



私は、ホビット(と、ドワーフ)が好きです…「ホビットの冒険」「指輪物語」のファンであることと、 私自身も相当食い意地が張っていることが理由でしょう。
そんなわけで、リュッタの月イチイベントはどれも好きです。 多分、コリューンも毎度楽しみにしていたことでしょう…。


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