「ねえ。普通かえるって、人間界の常識はどの位知っているものなんだろう?」
朝一番、突然の僕の質問に、僕の新しい友達、冒険者宿のかえる君はちょっと困ったような顔をした。
「ぼくに聞かれても困るケロ。
ぼくは、街の用水路で生まれて街で育ったから、人間のことは良く知ってるケロ。
でも、普通に森で育った仲間はどうなのか、ぼくには分からないケロ。
…でも、どうしてケロ?」
僕の名前は…忘れた。とりあえず、コリューンと呼んで欲しい。
おととい、このコロナの街に来たばかり。その前は、この近くの森に住んでいて、かえるの姿をしていた。
今のこの人間の姿は、実は賢者ラドゥ様にもらった、仮の姿。
…なんだ、けど。
かえるから見れば、馬鹿でかくてひょろ長い人間の体を、僕は、自在に動かせる
…まるで、今までずっと使っていたかのように。
鏡をのぞいても、かえるらしい所なんて、ほとんど無い。
…ただ、茶色の虹彩に、金色が…かえる族の目の色が、うっすらかぶって見えるだけ。
姿だけじゃない。人間の知識もばっちり持っている。
道の聞き方、買い物の仕方、果ては初歩の剣技まで。
僕自身に関する記憶は、きれいさっぱり抜け落ちているというのに。
「これって、僕がもともとは人間だった証なんだろうか。
それとも、ラドゥ様の不思議な力の一部なんだろうか?」
「それなら、ラドゥに直接聞いてみたらいいケロよ」
「それが、あれっきり何処におられるかわからないんだ」
そのうち、向こうから連絡してくれると思うけど…待っていられない気分なんだ。
自分が中途半端な生き物になった気がして、どうにも落ち着けない。
階下の酒場に降りた僕は、挨拶もそこそこにマスターの出した朝食にかじりついた。
「よう! 早いな、コリューン。もう、この街にも慣れてきたろ?」
今朝も冒険者のアルターが、真っ先に声をかけてくれた。
「ああ、うん、まぁ、ぼちぼちね」
「そりゃ、よかった」
と、顔じゅう口にして笑うアルターに、僕は悩みを疑問にしてぶつけてみた。
「あのさ、アルター」
「ん?」
「…戦士の剣技って…体で憶えるものだよね。魔法で、ぱっと身につけたり出来るようなもんじゃないだろ?」
「そりゃ、もちろんだぜ。厳しい訓練あってのこの技だ。魔法なんかで覚えられてたまるかよ」
「僕のも、そうかな?」
「?」
「…僕、かえるになる前に、訓練して剣技覚えてたのかな?」
「?…話がよく見えねぇな…けどよ、剣技なんてのは、どこで憶えようが、使えりゃあいいんだ。使えるんだろ?」
「うん」
「見せてくれよ。練習試合といこうじゃねぇか」
…で、結局、そのままアルターに連れられて、裏山で一日訓練。
すっかり汗だくになって、くたびれて部屋に帰る頃には、日はとっぷりと暮れていた。
部屋では、宿がえる君が僕を待っていた。
「森へ行って、ラドゥを捜して、コリューンのこと聞いてみたケロ。
ラドゥの力は、普通に人間として暮らすときに足りない所を全部補ってくれるんだそうだケロ。
…これじゃ、コリューンの知りたいことは分からないケロね。…気を落とさないで欲しいケロ」
「うん、大丈夫。それより、君、わざわざラドゥ様を捜してくれてたんだ。有難う!」
もう例の疑問はすっかりどうでも良くなっていた。
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