この木はどうも、僕を嫌っている。…そう思った。
その木…ユーンの森に生えているそのヤマモモの木は、大木だった。
赤黒く熟れた小さな丸い実が、たわわに実っている。
僕はユーンに誘われて、その実を収穫に来たのだが…
こんなに登りにくいヤマモモの木は初めてだった。
ヤマモモらしく、細かい枝がいっぱい出ている。
だが、どういうわけか、どの枝も、向きが悪かったり、たわみやすかったりで
…しっかりとした手がかり、足がかりになってくれない。
それに、どんなに気をつけて登っても、触れた小枝は、どれもパキパキと折れて
体にふりかかり、つかんだ大きな枝は、どれもメキメキと今にも折れそうな音を立てる。
そのたびに、ユーンから
「枝を折らないで!」
と、声が飛んできた。
僕はそのたびに、
「あ…ごめん!」
木とユーンの両方に謝った。
それでも、何とかかんとか上の方によじ登った。
真っ黒に見える程、よく熟れた実に手を伸ばす…と、
手が触れるや、実はぼろぼろと落っこちて、手には真っ赤な果汁だけが残る。
汁だけはたっぷり滴って、僕の上着を赤紫に染めた。
それでも、かろうじて手のひらに受け止めた実は本当に甘かった。
ヤマモモにつきもののあのヤニくささも、ほとんど気にならない。
…などと、油断して、取れた実を味わったり袋に入れたりしていると、
今度は不意に木が揺れて、落っこちそうになったり…。
慌てて木にしがみつくと、また、枝がみしみしと鳴った。
地面の上でヤマモモを取っているユーンを見下ろすと…
ユーンの方は、ちょっと上に手を伸ばしただけでいくらでも実が取れるようだった。
いい実のついた枝がユーンに向かって身をかがめているかのようだ。
ユーンがヤマモモに好かれているのは間違いない。そりゃ、そうだ。
なんたって、やさしくて面倒見の良い、この森の女主人なんだから。
森の木には、よそ者で斧持ちの人間は、やっぱり嫌なんだな…。まあ、仕方が無いか。
僕は、思わずため息をついた。
突然、頭の上からけたたましい鳴き声が降ってきた。
見ると、ムクドリだった。何十羽ものムクドリたちが、ヤマモモを食べに来たのだ。
ムクドリたちは、枝の上をぴょいぴょい飛びながら、いかにも楽しそうに
ヤマモモをついばんでいる。
中には、僕の頭のすぐそばまで来て、僕の顔をのぞき込む奴までいる。
僕も何だか楽しくなって、ムクドリを脅かさないように気をつけていたら…
そっちに気を取られ、手元が狂って枝をつかみ損ねた。
危うく、地面まで墜落…!
と、思った一瞬。運良く枝に足首が引っかかった。
大きく揺れる枝から、逆さまにぶら下がって、ぶらぶらと大きく揺れる。
目を回す僕の周りを、ムクドリたちが囃し立てるように鳴きながら飛び回った。
「ご苦労様」
収穫が終わり、ヤマモモの詰まった袋をユーンに渡すと、
ユーンはにっこり笑って袋をのぞき、それから僕の顔を見て言った。
「…でも、袋と口と、どっちにたくさん実を入れたのかしら。舌が真っ赤よ」
「どうせ最後には口に入るもんだろ。手間を省いたんだよ」
と、僕はにやっと笑って答えた。それから、
「…これ、どうするの?」
と、文字通り山ほどの収穫の入った袋を指して聞いてみた。
「ジャムを作るのよ。出来たら、分けてあげるわね」
「ジャム…だけ?」
ちょっとがっかりして言うと、不思議そうな顔をされた。
「どうしたの?」
「僕は、ヤマモモ酒もちょっといいかな…と、思うんだけど」
ヤマモモを漬けて作る酒は、本当にきれいな赤い色になる…味は極上、とはいかないが。
ユーンはすまして、
「ごめんね。もう少し余分があれば作れたけど…ちょうどジャム一年分しか取れなかったのよ。
コリューンが食べた分があったら、作れたかもしれないけど」
「ええー、そ、そんなぁ!」
思わず、情けない声を出したら、ユーンがふき出した。
「大丈夫、ちゃんと作ってあげるわよ。コリューンが欲しいっていうのなら」
そのとき、ヤマモモが風にざわざわとひときわ大きく葉を鳴らし、
ムクドリたちがいっせいに枝を離れて宙を舞いながらやかましく鳴きたてた。
ユーンは、くすくすと笑いながら、ヤマモモの木を見上げた。
「ほんと、コリューンって、からかうと面白いわね」
「え…? この木、僕のこと…?」
…嫌ってたわけじゃなかったんだ…?
と、僕がみなまで言わないうちに、ユーンはうなづいて、
「からかってごめんね、って言ってるわよ」
木は、まだざわざわと揺れている。
「この木、今日はとっても楽しかったって言ってるわ。また来て欲しいって」
ユーンが教えてくれた。
なんと…僕は、からかわれていたのか。
そうか、本当に落ちそうになったあのときは、足首を捕まえて助けてくれてたんだ。
…ちょっと意地悪なやり方だったけど。
…ほっとするやら、腹が立つやら。どんな顔をしたものか分からないまま、
僕は改めて木を見上げた。
すると、木はもう一度ざわっと揺れて、
僕の手の中にぽろぽろと大きな実を落としてくれたのだった。
ヤマモモは、西日本の山中に自生しています。(何でコロナみたいな寒そうなところに
生えているのかは謎)
公園や街路樹なんかにわりとよく植えられているし、一度はデパ地下の果物
売り場で(!)実を売っていたのを見たこともある…少なくとも近畿では、そう珍しくない
木なんですが、なぜか知らない人が多いですね。
ベリーっぽい感じの赤黒い丸い実で、真中に大きめの種があるんですが、独特のヤニ臭さ
があって、ジャムにするにはちょっと抵抗があるような…。
(まあ、品種によっては、ほとんど匂いがしないみたいだけど…エルフも
野生の樹木を品種改良するのかねぇ)
この話は、本来ドーソン編に入れるつもりで取っておいたネタなんですが(当初、
ユーンとラケルに関する話は全部ドーソン編にするつもりだった)
コリューンを持ってきた方がしっくり来るので、結局コリューンの季節ネタになりました。
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