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雨に笑えば


 目が覚めたら、雨が降っていた。
 大粒の雨が薄い屋根板を激しく叩く音が響き渡り、朝なのにどうしようもなく薄暗い。

 すぐそばの小さな窓に張り付いて、窓をふさいだ油紙の隙間から、2人の冒険仲間…ルーとマーロが、 外を眺めている。
「おはよう! やっぱり、持たなかったね、天気」
 声を掛けたら、2人は、恨めしげな顔で振り返った。
「おはよう。…土砂降りだな」
「おはよう。これだから、この季節はイヤなのよ…」

 ここは、小さな宿場の、古びた木賃宿の大部屋。雨の多いこの季節にわざわざ出かける旅人は少ないから、 この部屋もがらんとしている。向こうの隅にいるもう一組の旅人達も、今日は停滞を決め込んだらしく、 それぞれの毛布の上でゴロゴロしている。

「…いいなぁ、あいつら…」
「こんな中に、出て行きたくはないよね」
 ぽそぽそと、そんな事を言い合う2人に、僕は自分の毛布を小さく丸めながら言った。
「なーに、こんな降り方は長続きしないよ。じき小降りになるさ」
 普通に出した声が、むやみに明るく響く。
「ま、ね…」
「それに、今回は目的地まで、野営しなくてすむじゃないか。今夜も乾いたところで眠れるんだから、 道中少々濡れたってどってことないだろ」
「まあな…。元気だな、コリューン。こんな天気の冒険が、好きなのか?」
「そりゃ、僕だって好きって訳じゃないけどさ…依頼は一刻を争うし」
「行方不明者の捜索だものね」
「この雨で、捜索の手がかりが消えてしまうかも知れないし…道も、時間が経つほどぬかるんで 悪くなるだろうし…」

 言ってて、だんだん気が滅入ってきた。
「それに、今日辺りから、そろそろモンスターが出てきそうな道に入るし…戦闘になると、やっかいだな…」
 雨の日の戦闘は、それ自体がやっかいなだけじゃない。戦闘になったら、重い荷物は一時、 地面に放り出さなきゃならないが、このとき地面がぬかるんでいれば、万全の防水をしていたって、 荷物への泥水の進入を防ぎきれない。

 なんだか、ため息がつきたくなった。
「やれやれ…何もこんな時期に行方不明にならなくっても…」

「ちょっと、突然暗くならないでよ、コリューン」
 今度はルーが、妙に明るく聞こえる声を出した。
「…プロの専業冒険者が、雨くらいで落ち込んでどうするの。ねぇ、マーロ」
「ああ。俺たちだって、依頼を受けた以上はきっちりやるから、心配するなよな」
 2人は、いきなりてきぱきと動き始めた。
「それじゃさ、お茶入れて、朝ご飯にしましょ」
「ああ、コリューンの調子が悪い時は、これが一番効くからな」

 滅入っている相手を励ますには、相手以上に滅入ってみせるのが一番効くらしい…。


 一応、季節のネタです。コロナに梅雨があるかどうか、あやしいものですが…。
「さまよいの街道」の往路という設定です。レラが入って、秋雨の頃の話にしても良かったかな…

 野外でも、雨の日には雨の良さもあり、雨中の山行が好きな人もいますが…。 超軟弱ワンゲラーだった私には、やっぱり雨の日の山歩きは苦手です。
テントを張っても、水は中まで容赦なく攻めてきますし…。
 プロのアルピニストやマタギなんかは少々の雨なんかモノともしないそうですが、冒険者は「野外」のプロとは 言い切れないですし、しかし、報酬もらって冒険に行く以上は、天候が悪いからなんて言ってられないだろうな …と、思って書いてみました。


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