赤竜編・目次にもどる


三年目のきのこ


 三月の終わり。木々の梢が、少しだけけぶったような若芽の色に変わる頃。
 僕は、リュッタとレーシィ山に登った。
 春先だけ、山中の洞窟の入り口に生える珍味…美味きのこを採りに行ったんだ。
 天は薄曇り。妙に暖かく湿った風が強く吹いていた。こんな日は、森の黒土の豊かな匂いも強い。
 僕は、こんな天気は嫌いじゃない。訳もなく心が浮き立って、いつまでも風の中を歩いていたくなる。
 気分がいいから、歩きながらの話も弾む。
「やっと、やっと食べられるんだなぁ。美味きのこ!」

 初めてコロナに来た頃、マスターの依頼でこの山に採りに来て、魔物に阻まれて取り損ねて以来、 ずっと気になっていた美味きのこ。
 その次の春には、冒険先で偶然見つけたけど、それも欲しがる人に譲ってしまった。
 手に入らなければ、よけい食べてみたくなるものだが…
「今年こそ、と思い続けて早三年。…長かったなぁ」
「コリューン…涙ぐまないでよ」

 レーシィ山は、春の気配に満ちているし、赤いドラゴンがいなくなってから、 このあたりのモンスターもめっきり減って道中も安全になっている。だから、僕らはすっかり遠足気分だった。
 楽しく歩くと、道もどんどんはかどって、お昼前には目的地の洞窟までついてしまった。

「ね、先にお弁当食べようよ」
 と言うリュッタに、僕は
「まだちょっと早いよ。先にきのこを採って、そのあと弁当食べて帰ろう」
 と答えた…後で思えば、それがまずかったんだ。
 僕らは、荷物を下ろして洞窟に入った。光と風が入り込む入り口の壁にいっぱい、 茶色っぽいきのこが生えていた。
「これだ、これだ」と、夢中で採っていると、リュッタが突然、
「わぁ、きれいなきのこ」
 素っ頓狂な声を上げて、赤い大きなきのこを振り回した。
「ね、これ、すごくおいしそうだよ。食べてみようよ!」
 …確かに、見た目はやけにうまそうなきのこだったが…
「だめだよ、リュッタ。赤いきのこには毒があるってよ」
 宿がえる君がそう言っていたのを思い出して、僕は答えた。
「ええー? なんで? こんなに美味しそうなのに…。
 おいら、お腹ぺこぺこだよ!」
 心底残念そうな顔のリュッタに、僕はつい、言った。
「うーん…じゃ、端っこをちょっとだけ囓ってみなよ。でも、ちょっとでも変な味がしたら、吐き出しなよ」
 毒きのこは、端っこを囓ってみれば、苦かったり辛かったり、舌がヒリヒリしたりするから、分かるんだ。
「うん!」
 リュッタは嬉しそうに、そっときのこの傘の端っこをくわえ…目を丸くして叫んだ。
「うまい! うまいよ、これ!!」
 そして、そのままあっという間に一本ぺろりと平らげてしまった。
 リュッタがあんまりうまそうに食べるもんだから、僕も食べてみたくなってきた。
 僕のすぐ手元にも、一本生えていたのを、つい、手にとって…そっと囓ってみた。
「!」
 ほんとに、うまかった。柔らかいのにコリコリしていて、あっさりしているのにきのことは思えない旨味と コクがあって…。
 気がついたら、一本丸ごと無くなってしまっていた。
「ね、うまいだろ!?」
 リュッタが、ほっぺたを真っ赤にして叫んだ。
「うん! こりゃ、うまい! もっと無いかな?!」
 僕も叫びかえした。

 叫びながら…リュッタの顔が、真っ赤だな。 そういや僕も、顔がほてって、なんだかフワッといい気分になってきた。
 …と、思ったところまでは覚えている。


 気がついたら、冒険者宿の床の上に寝ていた。隣でリュッタがいびきをかいている。
 体を起こすと、頭がなんだかふわふわする。頭を振ると、窓枠の隅っこに隠れるように、 宿がえる君が座っているのが見えた。
「何、やってんだい? そんなところで」
 声をかけたら、宿がえる君はびくっとしてこっちを見下ろした。
「コリューン…ケロ? コリューンだ、ケロね?」
 やたらこわごわとした様子に、
「何言ってんだよ。僕は、僕だよ。どうしたんだよ、おどおどして」
 僕があきれて言うと、
「よかった…いつもの、コリューンだケロ…」
 かえる君は、心底ほっとした…と、いう顔で胸をなで下ろした。
「?? …何か、あったの?」
「忘れるケロ。ぼくも忘れることにするケロ」
 なんだか分からない…けど、何となく、見当はつくような気がする。
 窓の外は、もう夕暮れだったが、昼過ぎからの記憶がない。僕らの服は泥だらけのうえ、 ぼろぼろになっているし、荷物はどこへ行ったのやら…。
 それで、かえる君を問いつめるのはやめにして、僕はリュッタを起こし、二人で下の酒場に降りた。

 下の酒場は、なんだかさっきまで大掃除していたような様子。まるで開店直後みたいに、 すっきり片づいていた。客もアルター一人っきり。
 僕らが降りていくと、マスターとアルターが、ぎくりと顔をこわばらせて、こっちを見た。
 一瞬、酒場にはピンと凍った異様な雰囲気が漂った…が、 「やあ、どうしたの! 今日は静かだなぁ!」
 そんな雰囲気なぞお構いなく、リュッタが元気に叫んだ。 その声に、マスターとアルターの口が、ぽかんと開いた。
「ええと…その…何か、あったの?」
 僕が、遠慮がちに尋ねると、二人はほっと顔をゆるめ…それから爆発したように、
「何かあったか、だと?!」
「あったも何も…こっちこそ聞きたいよ、いったいお前ら、どうしたってんだ!」
 二人一緒にわめき始めた。
「どうしたって…すんごくおいしいきのこ見つけて食べて…あれ、それからどうしたんだろ?」
 きょとんとして、首をかしげるリュッタ。
「あの、実は、その…何があったか、憶えてないんだけど…もしかして、その…」
 僕が首をすくめておそるおそる聞いてみると、二人は又同時に、
「憶えてない、だと! 酒場中めっちゃくちゃにしちまったのは、お前らだろーが!!」
「ここまで掃除するの、どれだけ大変だったと思ってるんだ!」
 あああ、やっぱり…。僕は頭を抱えたが、リュッタの方は二人の剣幕にも全く動じる様子もなく…
「えええ? ホントに?!
 おいらも、何があったか全然思い出せないや! ねえ、何があったの?!」
 脳天気な声で無邪気に尋ねた。すると二人は、きゅうにげっそりとした顔でへたり込んで、
「聞かないでくれ…」
「思い出したくもねぇ」

「ねえ、そんなこと言わないで、教えておくれよ! ねえ、ねえったら!」
 リュッタは、そんな二人の周りではね回って騒ぎ立てた。僕はあわててリュッタを抱え上げ、
「リュッタ、今日はもう、みんな疲れてるんだから、帰れよ、な。送ってってやるよ、な、な!」
 有無を言わさず、酒場から引きずり出した。


 結局、その日、赤いきのこを食べた僕らがどうなっていたのか、分からずじまいになった。
 分かったことは、酒場の弁償が高くついたことと、今年も美味きのこを食べ損なったこと…だけ、だった。



 きのこエンディングに出てくる「赤いきのこ」を呪いなしで食べたら、どうなるか…と、思って書いてみました。
 ちなみに、ここに出てくる「毒キノコ判定法」は、ある特定の毒キノコを見分ける方法です。
 全ての毒キノコが見分けられるわけではありませんので、ご注意を…。

 ちなみに、きのこの味は「アワビのステーキ」のイメージ(食べたことありませんが…)、 コリューン達が持って行った弁当は、丸パンにチーズ、固ゆで卵とりんご…です。
 食べ物の話を書くときには、「ファンタジーの匂いを壊さないように」と少しばかり気を使ってます。 …いつも上手くいくわけではありませんが…。

 ところで、暖かく、湿った風の強い日は、妙にうきうきした気分になるのは、私だけでしょうか…?


赤竜編・目次にもどる
このページの先頭にもどる