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お甘いのがお好き


 日にちは2月の15日。皆様ご存知、バレンタインデーの翌日。
 時刻は夕刻、日の光が赤く弱々しくなる頃。
 冷たくなった風の中を、僕らは…僕とリュッタは元気よく突き進んでいた。
 道行く街の人たちは、呆れた顔で僕らを振り向いた。
 無理も無い。街の英雄が、普段着に冒険用の(…ただし、ほとんど空の)背負い袋と言ういでたちで、 いたずらっ子のように笑いながら走っていくんだから。

 目指す先は、魔法学園。おりしも、終了の鐘が高らかに響き渡った。
「いこう、コリューン!」
「おう!」
 鐘を合図に、僕らは門を抜け、学園寮に突入した。

 足音高く、長い廊下を駆け抜けて…
「こんちはぁ!!」
「マーロ、いるかい!?」
 ノックしたのはもちろん、学園一の男前、マーロ・フォンテその人の部屋のドアである。
 と、 「なんだ、あんたら、今年もまた来たのか?」
 後ろから掛けられた、いささか不機嫌な声。
 振り向けば、魔道書と実習道具で重そうなカバンを肩に、マーロが歩いてくる所だった。
「うん、来たよ!」
 リュッタが能天気なほど明るい声で答えると、マーロはことさらに呆れた顔をして見せた。
「ったく、よくこんなみっともない真似が平気で出来るな…」
「と言っても、毎年アレじゃ食べきれないだろ? 無駄にしちゃ、もったいないからね」
 僕はしれっと答えて、マーロがあけてくれた部屋に遠慮なくお邪魔した。
 
 机の上に、山と乗っているのは、僕らのお目当ての物…チョコレート。
「今年はまた、ずいぶんもらったんだね」
 僕が感心して言うと、リュッタも目を輝かせて、
「やっぱり、すごいや、マーロ! 人気あるんだねぇ!」
「まあな」
 ぶっきらぼうに答えるマーロも、まんざらでもなさそうだ。

「さて…、今年も、いいかな?」
 僕はにこやかに尋ねた。マーロは、ぶっきらぼうな声のまま、
「ああ、勝手にしな」
「悪いね、では、早速…」
 僕らは、チョコレートの山をより分け始めた。
 いかにも「義理」なものと、そうでないものとに…。
 いくらなんでも、乙女心のたっぷりこもった手作りチョコを横から掠め取るほど、僕らは無神経ではない。
 それから、いくつかの『義理』を手に、
「じゃ、ちょっと行って来る。マグカップ出しといてくれよ」
 と言い残して、僕は一人、部屋を出た。

 向かった先は、寮の厨房。まかないのオバサンも、僕の顔を覚えていてくれるので、簡単に使用許可が出る。
 僕は、おもむろに背負い袋を開き、中から、チョコと牛乳のビンと小なべを取り出し…。
 手早くチョコを選り、削って弱火にかけ、牛乳を注ぎ…ホット・チョコレートを作り上げた。

「やっぱり、コリューンはコレ作るの上手だねぇ。甘さが絶妙だよ!」
 マーロの部屋で、ホット・チョコをすすりながら、リュッタが歓声を上げた。
「飲んだらさっさと帰ってくれよ」
 言いながら、マーロもちびちびと飲んでいる。
「分かってるって」
 答えて、僕は、ぐっと最後の一口を飲み干して、そして…
 …その格好のまま、凍りついた。

「マーロ」
 ゆっくりカップを下ろすと、なるべく平静な声で、尋ねる。
「ドーラって、誰?」
「ドーラ? ああ、寮のまかないのオバサンの名前だぜ。学園のOGで、臨時講師もやってる。
…けど、なんでそんなこと訊くんだ?」
 マーロが聞き返してくると、リュッタも妙な顔をして、僕を覗き込んだ。
「あ、いや、別にたいした理由も無いんだけど…」
 僕は、なるべく何気ない声で答えた。

 …実は…
 白いマグカップの底に、小さなチョコレート色の文字がはり付いていたのである。

 『コリューン様
 今年も美味しく召し上がっていただけたでしょうか?
 でも、あんまり育ちすぎたホビットみたいなマネはしないで下さいね。
 あなたのファンの一人、ドーラ』
 …と。



これは、投稿図書館がバレンタインデーネタで盛り上がっているのを見ているうちに思いついた話です。
人間相手の恋愛はしていないコリューンも、実は結構隠れファンがいるかも…と思いまして。

また、これは、高校時代に部活の先輩から聞いた実話… 「バレンタインデー翌日に、人気のある先生から、こっそりお茶とチョコをご馳走になった」 …を、下敷きにしています。
この話を聞いた翌年、私もその先生のいる図書準備室近辺をうろうろしてみましたが、 二匹目のドジョウはいませんでした(^^;




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