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夢一夜(その3)


 あまり寒いので、僕は、またベッドにもぐりこんだ。
 黙って息を殺し、じっと横になっていたが、今夜はもう眠れそうに無かった。
 やがて、となりの宿がえる君が、かすかなかすかな寝息を立て始めた。
 それを聞きながら、僕は、つい先日の冒険を思い返していた。


 簡素に見えて、緻密な技術で作られた、ドワーフ族の地下の村。
彫刻とタペストリーに飾られた、長老の部屋。
しわ深く、威厳に満ちたドワーフの長老の顔。
その長老に、すがりつかんばかりに、「ロンダキオン」に代わる物はないかと尋ねたレオン。
そこに駆け込んできた、若いドワーフの血の気の引いた顔。

 ドラゴンと戦う選ばれし者に聖なる力を与えるという、神具「ロンダキオン」の中央にあって、聖なる力の源となる、長月石。
その原石のざわめきが、魔物を呼ぶのだという、不思議な矛盾。
魔物のうろつく坑道に取り残された、ドワーフの鉱夫達を探して、僕らは坑道へ…。

 そして、地の底の底…ドワーフ族の坑道の最深部に連なる、洞窟の底で見たもの。
満天の星空が地底に降りてきたか、何万という蛍の大群が巨大化したかと見まごうような…いや、もっと神秘的な色の光の大群。
そのとき、ふわりふわりと僕の手に…神に使わされた、ひときわ巨大な蛍のように舞い降りてきた、長月石の、大きな原石。
目を見張って石を見つめる仲間達。
そして…苦悩の浮かぶ暗い目で、石に見入る、レオン…。


と、突然、ホビットのリュッタの顔が闇の中に浮かんだ。
「そうだ、早くリュッタに、この話も、してやらなきゃ」

 リュッタと一緒に冒険することは、あまり無い。
 だけど、よく一緒に食べたり騒いだりする仲なので、僕のしてきた冒険は、みんな話していた。
…今回の、夢のきっかけになった冒険だけは、まだだったが。

 リュッタはいつも、小さな体全体で僕の話を受け止める。
まるで、自分が今体験していることのように、僕の話を聞く。
 それが楽しくて、色々と話しているうちに、気が付いた。
 リュッタの中には、例えれば、深い湖のような何かがあることに。
 その湖の水面には、いつもきらきらと、楽しそうにさざ波が光っている。
だが、そこにどんな大きな重たい物を投げ込んでも、湖はゆったりと受け入れ、決して溢れ出すことはない。
そして、一時は水面が激しく波だっても、またすぐ、収まって、元のようにさざ波が揺れ始める。
 むしょうにリュッタに会いたくなった。
 いつものように、話を聞いて欲しかった。
僕が今、もてあましているこの思いを、湖の底に沈めてもらいたかった。

 悶々と夜明けを待ちながらも、僕は思わずにはいられなかった。
 僕は、なんて幸運なんだろう、と…一年もしないで、こんな友を何人も見出すことが出来て。
 そして、レオンは、なんて運の悪い奴なんだろう、と…十年もの間、誰一人見出すことが出来なかったなんて。



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