竜の本の書・目次にもどる


閉ざされた研究室


半地下にあるこの部屋は、一日の大半が、真っ暗。
毎日、わずかな時間だけ、天井近くの小さな窓が、薄ぼんやりと明るくなる。
その明かりに見えるのは、石造りの薄暗い研究室だけ。
部屋の空気は、そよとも動かぬ。小鳥の声すら、めったに届かぬ。
何もかもが止まったままの部屋の上を、日々だけは文字通り、矢のごとく飛び去る。
あれから何日、何ヶ月、何年、何十年たったのか…。
命なきわしには、それすらわからぬ。
意識すら、あるともないとも知れず、ただ、薄ぼんやりと、時の流れるのを感じていた。

それでもわしは、どこか遠くで、かすかな口惜しさをおぼえていた。
我が主が、一生をかけた研究の成果が…
心血を注ぎ、魂を傾けて書きつけた無数の知識が…
いま、ここで、人知れずゆっくりと朽ちて行こうとしていることに。

我が主の研究テーマは、「竜」であった。
それも、この地方に現在生きていると思われる、3頭の竜。
赤い竜、青い水竜、そして、白い神竜である。
それぞれに、色も、姿も、性質も、全く違う。
ご存知であろうが、竜という奴は、絶対数が極めて少ない上、寿命が人間よりはるかに長い。
各個体の違いが、どこまで「種」の違いによるものか、個体差によるものか
…そもそも、竜族に「種」というものがあるのかどうか。 それすら、全くの謎に包まれている。

どこからどこまでも謎だらけのこの「竜」という存在に すっかり惹きつけられた我が主は、とにかく自分に手の届くところから始めることにした。
…その「手始め」が、結局、ライフワークとなってしまったのだが。

相手が相手だけに、研究は難航したが、赤い竜の生態と、青い竜にまつわる信仰については、 一応の成果を見ることが出来るところまで進んでいた。
我が主は、寝食を忘れて研究を続け、わしのページの上にこの、 独特の癖のある字で、精魂込めてその結果を書き込んでいった。
…命なき、羊皮紙の束に過ぎぬこのわしに、こうして魂が宿るほど、魂を傾けて…。

だが、ある日…我が主は、いつものように助手と共にフィールドワークに出かけ…
そして、それきり、戻って来ないまま、時だけが流れ…。

わしは、忘れ去られてしまったようだ。
石の床にうずくまって、静かにほこりをかぶっていくだけの毎日…。

だが…
いつの日のことか、昼間の光がぼんやりとさしこむ時刻のことだった。
不意に、研究室のさび付いた扉がギシギシと音を立てて押し開けられた。
舞い上がったほこりが、まぶしい日の光の中で踊り狂う。
…太陽がこんなに明るいなんて、忘れていた。あまりの明るさに、 しばらく何も見えなくなった。

「あった! これだ!」
柔らかだが、張りのある若い女の声がして、弓だこのある、細いがしっかりした手が、 わしをそっと床から持ち上げた。
「…まちがいなさそうだな」
落ち着いた、若い男の高い声が答えた。
「よかったな、リューナ! さあ、早く帰ってラドゥのじいさんに見せてやろうぜ!!」
と、別のもっと太い…だが、やはり若い男の声が興奮したように言っている。

ラドゥ! …その名を聞いて、わしは驚いたが、同時に納得もした。
ラドゥとは我が主の、古い知り合いの名前だ。
余り深い付き合いはなかったが…奴さん、わしのことも、 我が主人のことも忘れないでいてくれたのか…。
嬉しくて泣きたい気持ちとは、こういう感じを言うのだろうか。

わしは、細い腕に抱え込まれたまま、研究室の階段を登って行った。
外の光にも、次第に目が慣れてきた。
わしを抱えた娘っこは、まあ十人前の顔立ちではあるが…細い目に輝く光は はっきりとして印象的であった。長い桃色の髪をしているが、手入れが悪いのか、 少々つやがうせている。
2人の連れは、どちらも若い男であったが、対照的なコンビだった。
1人は、大柄で、ごつい鎧を着込み、でかい剣を背負い、髪からマントから、 ブーツにいたるまで赤一色に固めている。
1人は、細身で、魔術師の杖を携え、こちらは髪からローブのすそに至るまで、 深い青の装束だった。

外に出るのは、何年…何十年ぶりであろうか。爽やかな外の風に表紙がよみがえる心地だ。 緑がしみじみと目に染みた。

…と、突然、わしを持ち出した3人の間に、鋭い緊張が走った。若者たちの、叫び声。
「あいつは…!」
「間違いない、前にリューナを襲った奴だ!」

見ると、悪魔のような姿の生きた石像…ガーゴイルが3人の前に立ちはだかり、 翼を広げていた。
…わしはそいつを知っていた。我が主が、よからぬ輩から研究室を守るために使っていた、 護衛用ガーゴイルだ!
その瞬間、わしは我が主の死を悟った。
主が死に、制御するものがいなくなった護衛ガーゴイルが、近づくものを 誰彼かまわず攻撃するようになったために、誰も研究室に入れなくなってしまっていた のに違いない。

…ああ、主は死んだ。主の生きた証しのこのわしも、ここへ来て、 こんどは雨ざらしの山の中に置き去りにされるのか?!
悲しみにくれつつおびえるわしを、リューナと呼ばれた娘はそっと地面に下ろし …次の瞬間、矢のつがえられた弓を、その両手に構えていた。

 そして…あっという間に…ガーゴイルは、剣と魔法にたたかれ、
矢に貫かれて地に伏した。
 とリューナが本気を出せば、こんなもんだぜ!」
オレ 達の実力を、思い知ったか!」
「おい、俺を無視すんなよ!」
「お前こそ!!」

 赤い戦士と青い魔術師が、漫才を始める中、わしは、くすくす笑うレンジャーの娘っこに、 またそっと拾い上げられた。

 こうして、わしは再び、表の世界に出ることが出来たのだった。


私の妄想した赤い竜の生態を、話にしようとしたら、こんな形になりました。
「竜の本」が語り手です。
ゲームの中では、本の内容はほんのちょっぴりしか出てこないのですが、 一研究者の研究の成果があれだけってはずはない、と思うので。
「竜の本」のシナリオでは、マーロかアルターを一緒に連れて行くと、ガーゴイルを倒した後で 一言セリフを言うってことが分かっていたので、リューナの時には両方一緒に 連れて行ってみたところ…お互い、相手を全く無視して、自分の腕前を自慢する、という 状態になって…なかなか笑えました。



竜の本の書・目次にもどる
このページの先頭にもどる