播州弁講座
〜故郷の言葉〜
Believe In Snow

「ほでる」

箸で、魚の身をほぐすこと。「魚をほでる」

「めげる」

「めげてしもた」「めんでもた」こわれるという意味。

「じゅるい」

「あの道はじゅるいから別の道から行こ」田んぼの畦道は季節ごとに様子が変わります。春には、はこべやおおいぬのふぐり、秋には彼岸花、のびる、夏前の雑草が生え始めた頃、梅雨の雨でぬれたみち、冬の雪が解けた後ぬかるんで、どろどろの道。

「おんまく」

おんまく走ってきた。最大限の力を持って、精一杯、めいっぱい、という意味の言葉です。小さい頃よく使ったのですが、長らく使っていない言葉だったので忘れてしまっていました。


以下は「ここらへんの言葉」という題で、以前に学級便り(定時制高校)に連載したものを再録したものです。

「べっちょないか」

関西弁と呼ばれる中でとくに播磨地方で使われている言葉を播州弁とよんでいます。方言というのはその地方の特徴を良く表した言葉で、大事にしていくべきものだと思います。「いたあ!すりむいた」、「べっちょないか」、「べっちょない、べっちょない」面白い響きのある、この「べっちょない」という言葉は播州弁の代表格でしょう。「だいじょうぶ」という意味ですね。方言というのは謎が多く、研究している人も少ないのですが、私はこの「べっちょない」は「別条ない(普段と変わりがないの意味)」からきていると思っています。江戸時代の文献にはすでに出てきている言葉で、この「べつじょうない(古くは「べちじょうない」と読んでいた)」が語源であろうと思います。同じ関西であっても神戸や大阪では通じない言葉なのです。「出席のほうはべっちょないか?」

「〜どいやあ」

「なにするんどいやあ」「なにしょんどいやあ」またまた喧嘩が始まったようです。「どいや〜」とはいったい何なのでしょう。相手を威嚇するような響きを持つこの言葉は、改まった場所や年上の人に使うべき種類の言葉ではありませんね。播磨から他の地方へ卒業後行った人がいます。その人が使う「どいやー」という播州弁にその場所の人は良くも悪くも衝撃を受けて、草野球のチーム名を「ドイヤーズ」という名前にしたという話があります。チーム名として、強そうなのか、弱そうなのかはよく分かりませんが…。これは、笑い話ですが、方言に限らず言葉は使い方一つで、癒しの道具にも、攻撃の道具にも変わります。注意して使わないといけませんね。ところで、もう気付いているかもしれませんが、播州弁は濁点の多いのが特徴の一つといえるでしょう。

「せんど」

「せんど」は大阪では「何回も」の意味で使います。この場合は「千度」からきているのでしょうか。播州弁ではどういうわけか「長い間」の意味で使われています。同じ関西でも、意味の異なる言葉はたくさんあるんですね。
山頭火の俳句に「ふるさとの言葉の中にすわる」というのがあります。山頭火は放浪の俳人ですが、やはり故郷のことが気にかかっていたようです。方言を聞いてその土地を思い出す。ふるさとの言葉の持つあたたかさや、やさしさを感じる。長い間、使われてきた方言というのは、その土地の人柄が投影されています。卒業後、皆さんは、ふるさととどんな風に付き合っていくのでしょうか。「せんど、つこうてったさかいに、なじんどんや。

「進行形で表す播州弁」

「雪が降っていますよ」は「雪降っとんで」「雪降っとうで」となります。これとは別に「雪降っりょーで、雪降んりょーで、降りよーで、降りよるで、」これらの表現には雪がただ単に降っている状態を伝えるのでなく、今まさに降りつつあるといったような、進行形の意味をも表現しています。進行形を表現する方言は、関西の中でも播州弁独特の貴重なものだと思います。応用としては「もうちょっとで、寝てまいよった」は播州弁では「もう少しで、今まさに寝てしまうところだった。」の意味で使います。(大阪弁では「あいつ、寝てまいよった」と言う風に使い、意味が異なる。)
関西弁の中にあって、この微妙な違いを方言で言い分けられるのは、播州弁だけだと思います。それだけ播州人は繊細だということもいえるし、逆に、微妙な表現を的確に早く相手に伝えないと「いらち」の播州人には「どつかれてまう(殴られてしまう)」のかも?

「先生が言うとったった」

「どちらへ行っておられたのですか」という尊敬表現を播州弁で言うと「どこいっとったったんですか」となります。播州弁のもう一つの特徴は、このつまる音、促音(そくおん)が大変多いということです。普通の表現では「どこいっとったん」となって、「ん」の拗音(ようおん)を含む言い方になります。
さて、この生まれ育った播州の土地で皆さんと過ごした3年間が終わろうとしています。最後に播州弁で言葉を贈ります。
「だぼや、どつくや言うたりせんと、みんななかよー暮らせるように努力せなあかん。どないこないゆーったって、一人では生きていけへんし、誰ぞの世話になって生きとんやで。そんなことみんな、よー分かっとんやな、分かっとうだけでもええけど、実行できたら、もっとええよな。何事も続けていくことが大事やさかいに、粘りづよーに、がんばらなあかんで。おしまいに、卒業までもうちょっとや、ここまでほんまにようやったな。どうでもええけど、なんぼ播州弁で言うても説教くさいのは変わらんなあ。まあ、最後に担任がいうとんやさかいに、ふんふん言うて、聞いとったってな。」