英国ウィルソン・ベネッシュ社のアクト・ワン・ラウドスピーカー

 以下は、’97.5の導入時に、友人に送った文章です。大変に気負っていて恥ずかしいところもあるのですが、当時の雰囲気もありますので、そのまま載せます。

    「限りなきイリュージョンを探して」
                                      
1997.5.25

 今年の四月は、殊の外雨の多い月だった。四月の雨は暖かさを溶かしこんで降るようで、とても優しいように思われるのは季節のせいだろうか。

この二月にわが我が家に新しいスピーカーがやって来た。
 ウィルソン・ベネッシュ、ACT−1ラウドスピーカー。英国製。トールボーイ型のユニークな、しかしこの美しいスピーカーに出会ったのは、昨年12月に傅信幸氏をゲストとして開かれた河口無線での試聴会でのこと。インフィニティとティール、ウィルソン・ベネッシュ、という新世代のスピーカー三種をジェフ・ロウランドのシステムで鳴らすという趣向で、インフィニティもティールも広がりのある音場感に秀れた、情報量の多いスピーカーであり、それぞれに良い音だった。

最後にウィルソン・ベネッシュの登場となったわけで、傅氏は、「これを開発したのは振動や機械工学の専門家であり、高価なカーボンファイバーや異種素材を多用してスピーカー・ユニットそのものの音を聞かせようとしている。」とコメントの後、これにふさわしいシンプルな曲を、ということでタック&パティの「ティアーズ・オブ・ジョイ」をセットされた。

そのとき鳴り出した新鮮な音の響きはいまでも鮮やかに覚えている。パーカッシヴなギターをバックにぽっと浮かぶ豊かなヴォーカル。急にフォーカスがぴたっと合って、周りの空気が突然きれいになったような素敵な響き方だった。

思えばこの一年近く、スピーカーを買い替えようと、いろいろと計画と試聴を重ねて来た。セレッションSL−6Sの能力を使い切ったという訳でも、そのわずかに湿った柔らかな響きに飽きた訳でもなかったが、全体のグラデーションというか陰影がややダーク目によっていることや、低音感・スケールや鮮度という点でそろそろ限界が見えて来たのが実情だった。

最初は、コンデンサー型のマーティンローガン(エリアスとCLZ)。柔らかくとても自然な響きで好ましいが、全体に少し柔らかすぎ、しかも長期の安定性への不安を拭いきれなかった。

次はウィルソンのシステム5とアヴァロンのモニター。ウィルソンの解像力はものすごいがくつろぎにくく(それに値段も高いし)、アヴァロンはその点をダウンサイジングした感じで音場感に優れていた。「これかな。」と思ったが、何か芯の通ったエネルギーと言うものがもう一味ほしいような気もした。

アサヒ・ステレオ・センターの藤井氏に言わせると、「アヴァロンはパワーをほうり込まないと十分に鳴らない。」ということで、彼のお勧めはアコースティック・エナジーのAE-2R(またはシグネイチャー)。確かに渋さを持ちながら、反応のよい音はセレッションの延長線上ともいうべき無難な選択と思われた。しかしこれくらいの価格のクラスになってくると、もうすこし頑張れば選択の幅があるのではないかという気がしたのも事実である。

そんな時に出会ったのが、ウィルソン・ベネッシュだった。とても惹かれながらも、最初はそのビリケン頭みたいな斬新なデザインに少しばかり抵抗があった。あるいは、傅信幸氏が言われるように「JBLの4343MKUやタンノイのカンタベリーあたりと同じくらいの価格でありながら、一見してこれ程買ったという感じのしないスピーカーも珍しい。」ということもその通りである。しかし、大きなスピーカーは概してエネルギー感には優れるものの、必ず箱鳴りが伴い、音場感や繊細な響きという点では何らかの難がある。その点、箱の音がせず、コンデンサー型の繊細さと、かなりのダイナミックスを併せ持つウィルソン・ベネッシュの価値には相当なものがあることは間違いのない所だった。

最終的に決断したのは、2週間程後に円安のための値上げがあることを知った1月下旬。その頃には何度も眺めて、美しい木目のミルキーな茶色とカーボン独特の凄みある黒色とのコントラストをごく高いレベルでまとめたそのデザインセンスにほれ込んでいたし、音についてはその反応の早さとナチュラルさに大きな可能性を感じていた。

搬入されて来た実物をつぶさに眺めながら、その造りの細かさと丁寧さにますます感じ入ることとなった。なにせパンフレットにあるようにスピーカー・ユニット以外に16種類の異種素材を使っており、しかもベースの構造やスパイクの使い方一つを見ても振動を分散しピークを押さえようという配慮がありありと感じられ、完成に至るまで幾多の試作品が造られたことかと思われる手のかけかたであった。無垢の木目もすばらしく美しい。オーディオショップでは他のスピーカーと並べるといささか小さく見えるが、我が家にあっては、ほどよい存在感を醸し出す。

そして音楽。例えば、チャイコフスキーの弦楽セレナード。いったん強奏して弓を止め、一呼吸してまた弾き出すところの、音の強弱だけでなく間合いと呼吸までも伝えるSN比の高さ。例えばビル・エヴァンスのヴィレッジ・ヴアンガードでのライブ。話し声やグラスのあたるバックの音の中で響き出すピアノの輝きと、ベースの緩急自在な深いドローン、さらさらと漂うシンバルのブラシ音。

それから今に至るまでは、まずは繊細な響きを楽しみながら、少しずつこなれていくスピーカーのダイナミックスを楽しむ、いささか心楽しいブレイク・インの時間が続いでいる。その中で音のボディ感というか、楽器やアーティストの周辺を含めて音が立体的に聞こえてくるようになったのは、いつのころからだっただろうか。

勿論、この間アンプやソース側でも随分手を加えて来た。真空管の選別(コンピュータ選別されたラム・チューブを採用〜プリアンプ12AX7と12AU7。出力管には6550)。プリアンプでの1dBステップ・アッテネ一夕ー(減衰比65dB)への変更。カップリング・コンデンサーの錫箔タイプへの変更。電源整流用のダイオードのファーストリカヴアリー(高速)タイプへの交換。各種アンプ類の支持コーンのピラミッド・コーンへの変更による振動のコントロール。各機器のボディアース結合と配管を利用したアースどり。ケーブルの引き回し方。エトセトラエトセトラ。

ピラミッド・コーンも万能でなく、結局一部には真諭のコーンを残さなければ柔らかくなりすぎるなど、なかなか微妙なもので、バランス感覚の必要性を改めて感じた次第である。

うれしいのは、この間にCDの音が、LPにくらべれば遜色を見せるものの、かなり集中して聞けるものとなって釆たことである。勿論、電子的に高調波を付加するDATのD−07AのDACを通しての事であるが。例えばアーティストの存在感が圧倒的なチャーリー・へイデンとパット・メセニーの親密感溢れるデュオ。躍動感とベース・ドラムスのエネルギーがほとばしるマーカス・ミラーのライブ。インプロヴィゼーションという言葉を体現するようなキース・ジャレットのトリオ。

CDはクラシックの弦楽には艶や潤いが少し足りないと思うが、田部京子が奏でる吉松隆のプレイアデス舞曲集や、武満徹のギター作品集などは十分聞ける内容である。

勿論、まだまだ課題は多い。全体のノイズ感をもっと減らし透明度を上げること。これは製作中の新しいプリアンプでかなり対応できるだろう。あるいは、低域を中心としてやや残る残響感。これは、新しいマンションの床の強固さ(200mm厚スラブ)とポリプロピレン・コンデンサーを多用したパワーアンプの改良で改善できるだろう。あるいは、カーボン・コーンと金属コーンの使い分けで響きのコントロールもできるだろう。ケーブルの交換。これはやりはじめるときりがないので。MITのターミネーターとオルトフォンの7N電源ケーブルあたりとなろう。勿論セッティングや設置方法の工夫は言うまでもない。

何にせよウイルソン・ベネッシュはアンプやソースのグレードを上げれば上げるほど、どこまでも響きのクオリティを高めてくれるだろう。限りないイリュージョンと透明な響きを求めて、旅は今始まった。


 当時は、宝塚市逆瀬川に住んでおり、プリアンプはLUXKIT A−3300、パワーは同じくA−3000(KT88または6550プッシュプルで60W) をこれでもかというくらい改造しまくって使っていました。
 その後、ミュージック・リファレンスのRM−5Uに出会い、プリの製作は断念。パワーもクイックシルバーに変更しました。

 今段階で一つコメントを付け加えるならば、ネットワークが全て6dBクロスオーバーであることがあげられます。音の重なりなどが自然になる反面、全体のまとめ方と各ユニット(スキャンスピーク製)の能力が重要になります。

 スーパーウーファーの導入を検討中です。Sa-logicのD-cubeです。低域の増強が目的ではなく、スケール感と雰囲気の再生を重視して、控えめに使うつもりです。黒色仕上げかなと思っています。スピーカーユニットむき出しで、インテリア的には余り美しくはないのですが、引き回しも考えて、何とか折り合いをつけられそうです。(’02.12)


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