ヴェトナムに行ってきました('04.12.14〜12.18)。ホー・チ・ミン市に滞在したのですが、ホー・チ・ミンという名は空港とか公的施設のウエルカムボードなんかには見られますが、町中にあふれるのはほとんどが「サイゴン」例えば、サイゴン・ツーリスト、シェラトン・ホテル・サイゴンなどなど。
 んで、ロビン・ウイリアムスの映画「グッド・モーニング ヴェトナム!」をもじって、「グッド・モーニング サイゴン」。

何でヴェトナムかって?

1.マイルを使わなきゃならんかったから。
  JALのマイレージはけちで有効期限があり、今年中に失効するマイルがあって、どこかいかにゃーならんかった訳ね。

2.ほとぼりが冷めたかなー?
  僕らの世代にはヴェトナム戦争は反戦運動や音楽とも絡んでリアルタイムな問題だったし、例えば文学などでも、多くのアメリカ人が闇に吸い込まれていったような、どうしようもない重いイメージをぬぐいきれない。でも、1975年に解放(つまりアメリカが敗退)、その後はアメリカが面子でウジウジと経済制裁を続けたものの、ドイモイ政策をすすめ、1986年には国際社会復帰を果たしている。通貨危機でインフレになったものの、経済は発展傾向らしいし。

3.最近のヴェトナムは「綺麗。可愛い。美味しい。安い。」
 女性の間ではコスメやエステ、エスニック料理や雑貨などで、ヴェトナムはとみに人気が高く、そのへんでもほとぼりが冷めたかなー、という気がしたこと。

4.トラン・アン・ユンの映画にはまってしまったこと。
 アジア映画ブームの昨今ですが、「夏至」や「青いパパイヤの香り」など、それはそれは美しい映画に完全にはまってしまった。「夏至」はハノイや美しいハロン湾が舞台だが、この美しい風景に出会えるのではないか、と思ってしまった。う〜〜。

5.「湿り気」なんかの感触をつかみたかった。
 「日本人のアイデンティティ」などというホンマに訳のわからんものに関わってしまったので、いくつか気になることがあった。とある水墨画家の方が、『「湿り気」というものは日本にしかないものじゃないかと思う』、と言っておられるのを聞いたが、『そんなことあるはずないやろー!アジアの国々にはあるはずやないか。』と言うのが僕の考え。で、ま、その辺を確認したかった。
 答:しっかり「湿り気」はありましたがな。センセー。欧米ばっかり見てたらあきまへんで。文化的に、日本人だけの専売特許なんてほとんど無いのは自覚してはりまっか?もっと、目を広げなあかんと思いまっせ。

6.「仏教」の様子を見たかった。
 どこかで書いてたと思いますが、僕は思想的には「原始仏教徒」です。いわゆる小乗仏教の系統。そのへんが、一応仏教国とされるヴェトナムでどうなっているかを見たかった。


 はてもさても、いかな結末にてか、皆の衆。

歴史のお勉強

 着いた翌日の市内観光では、まず「歴史博物館」(右の写真です)。

 公式歴史の講釈はなくて良かったと思ったが、なかなかためになることが分かった。大昔にはチャンパ族の遺跡があり、今のヴェト族(京=キン人と自称)は後から来た人たちなんだそうだ。
 昔のヴェトナムは北側だけで、南側はチャンパ族などの領域だったが、順次征服していったわけだ。
 戦いの展示が多い。こうしてみるとインドシナ半島はいろんな勢力が入り乱れ、ヴェト族達にとっては、大なり小なり緊張関係の中に生きてきたと言うことらしい。
 中国(負けて朝貢貿易)やクメール族、モンゴルなど戦争の連続。(表示はVictoryだったが、ガイドさんは正直に負けは負けと言う。)
 
 国の歴史3000年のうち、3分の1の1000年間にわたり中国の属国だったそうだ。そのため、仏教や儒教の精神世界、中華料理がヴェトナムにも根付いている。

 そして、近代にはフランス、日本、アメリカが占領し、長期戦争の後、ようやく独立する。しかし、その後も国内の共産党系勢力同士の争い(ハノイ政府と南ヴェトナム解放戦線)や、カンボジア紛争への介入など、この地域に戦乱は絶え間なかったらしい。ホー・チ・ミンからはアンコールワットが近いが、そうなってくると遺跡よりも人骨の方が沢山出るクメール・ルージュの「キリング・フィールド」もあちこちにあるらしい。北のラオスではクメール・ルージュの弟分のパテト・ラオが同じように大虐殺をやってのけている。麻薬のゴールデン・トライアングルもこの半島にある。要は、血なまぐさい半島であり、地域なのだろう。

 国内54民族の内、ヴェト族を除く他は少数民族で、山岳地やあちこちに分散しているようだ。その中には漢族つまり中国人も入っている。後で各様にチョロンの中華街など見ると、とても少数とは思えないが、これは地域性らしい。

 解放が1975年なので、約30年たっているわけだ。勿論、一世代すぎようとしているわけで、観光客は今やフランス人と日本人がトップで、その次がアメリカ人だそうだ。発展著しい途上国と言うことらしい。総人口の約7割は農業だそうで、政府は2020年までに工業国入りを目指しているようだが、はたしてどうなるだろうか?

サイゴン、サイゴン、サイゴン!

フレンドリーな入国審査

 どこの国の(というほど行ってませんが)、どの空港でもイミグレーション(入出国審査)というのは、愛想悪いし気持ちよくないモノだ。ホー・チ・ミンでは結構皆長い時間話していたので、何だろーと思っていたのだが、「おしゃべり」だったようだ。僕の並んだ列は若い女性二人で、軍服っぽい制服は着ているものの笑顔でキャピキャピした雰囲気が伝わってくる。「ベトナム語は出来る?」と英語で聞かれ、「ありがとう(カム・オン)だけね。」というと、「さよなら、というのは『タム・ビエット』というから、覚えておいた方がいいよ。」などと言う。そして「ねえ、See you again.って日本語でどう言うの?」と聞くので、「またね!って言うんだよ。」などと答えて、笑顔でバイバイする。
 帰りも、「ビザはあるか?」(そんなもんあるわけないのに)などと、要するに何か話をする。こういうのは、多分珍しいんじゃないかと思いますが、イミグレーションの世界番付なんか作ったらどうなるんだろ。


客引き、バイクタクシー、男達と女達オン・ザ・ストリート

 着いた日は特に予定がなかったので、ホテルで荷を解いて夕食を食べようと一番の繁華街らしいドンコイ通りに出た。まずホテルを出た時点でバイクのにーさん達やおじさん達が追いかけながら声をかけてくる。バイクタクシーというらしいが、あちこち案内して店に連れて行くらしい。どこでもかかってくる世界最古の商売の古典的で直截なかけ声。これがまた半端ではない。ドンコイ通りに入ってからは1メートルおきにニーさん達やご本尊のネーさん達の客引き、バイクタクシー、偽ジッポー売り、たばこ売り、各種お遊び、マッサージ、土産物などなど。子供も花やハガキや扇子などを売りに来る。そして物乞い。身体障害者は勿論、子供の物乞いもいる。
 ノー、「タン・ビエット」(ベトナム語の「さようなら」。ころころ笑うフレンドリーな入国審査の女の子たちに教えてもらった。)ときっぱり言って通り抜けていったが、疲れてテキトーな店に入ってとりあえず夕食にした。でも、辛い。やっぱりゆっくりと選べば良かったが、そんな余裕があるわけもないし。

 女性の見るヴェトナムと男性のみるベトナムとはかなり違うんじゃないか、と思う。美味しい、綺麗、可愛い、安い。コスメ、エステ、グルメ、雑貨というのはそーなんだろううけど。
 あの客引き(男、女、そして子供)そして物乞い(男、女そして子供)の連続波状攻撃には参りました。バイクタクシーに捕まってた一人旅のアメリカ人のオッサンと、「Unbelievable!(信じられねえよなあ!)」と話し合ったくらいだ。
 特に男一人だと完全に餌食みたいなもんです。男は「それ」目的で来てると皆が思ってるし、実際に日本の男どもの現地での行動は多かれ少なかれその通りのようだ。帰ってきてから、日本橋のステレオ屋の親父に「ヴェトナムに行ってきた。」というと、意味ありげに笑われたくらいだ。
 何もきれい事を言うつもりはないし、友人に「アジアの国は大なり小なりどこでもそーだろー。」といわれたのも、それなりに分かるんだが。

 でも俺は街をゆっくりと歩きたかっただけなんだよ!人々や暮らし向きや店をみて歩きたかっただけなんだよ!

 圧倒的な所得と通貨価値の格差。 後で知ったのだが、一人あたりの国民所得は2002年で430米ドル。103円ベースなら、44,000円あまり。もちろん1年間だ。もう一度、考えて欲しい。年間4万円あまりだ。
 こりゃ、観光客からふんだくるのが一番早いわなあ、と理解できた。
 しかもサイゴンはずっと戦争が続いていて、フランス人やアメリカ人が刹那的にいろんなモノや欲望をを持ち込む。そりゃそーなるわな。

 質問:ハノイは共産党政権のお膝元でもあり、もっと落ち着いているらしいが、この辺りはどーなんだろう?

バイク・車・そしてジェイ・ウオーク

 サイゴンの町を歩いて最初に目に付くのは、やはりバイク。ホンダのシェアが一番大きく約7割、カワサキ、ヤマハと続くらしい。韓国製の四輪が安いので売れているらしいが、車はやはり値段が高いし、バイクが主流。自転車もそんなに多くない。交差点の信号待ちではバイクが何重にも停車して、圧巻だ。(一番上の写真をご覧あれ。)
 
 サイゴンの道路ではほとんど信号がない。つまり、歩行者は「「自分の判断で」渡るわけだ。ガイドさんから、「道路渡るの困りませんでしたか?」と聞かれたが、どっこいこっちは大阪人。日本のジェイウオーク(信号無視横断)の本場育ちだ。第一、バイクも車もよけてくれる。勿論、紙一重のすれ違いだが。この辺はきわめてアジアンチックだと変に納得したりする。

 見ていると、マスクをしたり手袋をしてバイクに乗っている女性が多いのに、気がつく。ホコリが多いせいかとガイドさんに聞くと、ヴェトナムでは色の白いことが美人の条件なので、日に焼けないようにと言う女心なのだそうだ。
 スーパーに行ってもいろんなマスクがおいてある。クーラーマスクという風通しの良さそうなものまで売っていて、どこの国でも女の人は努力しているんだなと思ってしまう。


(左の写真は信号がある珍しい箇所。もう少し先がベン・タイン市場。))


アオザイ

 アオザイというのは「長い衣」という意味だったか。写真はサイゴンの街角で。宝石店の店員さんらしい。

 フライトはヴェトナム航空とJALの共同運航便というやつで、機体とクルーはヴェトナム航空で日本人が一人乗り込んでいるというパターン。
 で、当然制服は上着はえんじ色で、ズボンは白の「アオザイ」なんだが、始めて見たときは驚いた。息をのんだ。
 「細い!何でこんなに細いんだろ?!」
 そばを通るので、そのうち分かってきたのだが、上着もすごくハイウエストにシェイプしてあるし、ズボンも相当上まである感じだ。
 よって、圧倒的に「足が長く見える。」

 それにしても、細い。日本人クルーも髪をアップにしてアオザイを着ているので、それはそれで美しいのだが、ヴェトナム女性とは
1.細さ(肩も狭く、ウエストはさらに細い。どーなってるんだろー。)
2.姿勢の良さ(バイクに乗っていても、姿勢がよい。)
3.歩き方(背筋を伸ばして颯爽と歩く。美しい。)
が違う。


 キャビン・クルーもそうだし、サイゴンの町中で見ても、アオザイは歩いているところを見ないと、その美しさは分からない。なんと美しい生き物なんだろうと思ってしまう。
 街角で走っているアオザイの女性が、止まって振り返るときの上着の裾と、ズボンの裾の翻りの美しいこと。
 町中を歩いてみると、いろんな人がいるので、皆が細いわけではないが、総じて皆スリムだ。しかも、アオザイはホテルやお店などの公式的な場所でしか身につけない、格の高い衣装のようだ。市場などでは、皆スラックスか、少し田舎に行くとパジャマのような格好の女性が多い。

 もし、僕がファッション・デザイン関係の人間だったら、カルチャーショックを受けて、おそらく作風が変化しているだろう。
 これは変な意味で言っているのではなく、女性を美しく見せると言うことがファッションの仕事だとしたら、そういうすばらしい仕事をやってみたいという気に始めてさせられた、と言うことだ。


ヴェトナム料理の話

ヴェトナム辛いか、酸っぱいか?

                                         (写真は青果物店。ここは凄く綺麗な方。
 僕は辛いモノが大の苦手だ。うどんに七味など絶対に入れない。沖縄そばにだってコーレイ・グース(唐辛子をつけ込んだ泡盛)など絶対にかけない。パスタを作るようになって、ようやく鷹の爪(ペペロンチーノ)を使うようになったくらいだ。二日酔いの時にカレーや少し辛目のペンネ・アラビアータを食べるくらいがせいぜいと言ったところだ。タイ料理や韓国料理には全く関心もない。

 我が家の近くの天神橋商店街には、有名なベトナム料理店「光華」があって、そこは辛い料理もあるのだけれど、総じて辛くはなく、とても美味しい。生春巻きやフォーなど絶品。おまけに僕は「ニョクマム」(たいではナンプラー)大好き。それで、ヴェトナムなら何とかなるのじゃないか、と期待していたわけだ。

 サイゴンではいくつかのヴェトナム料理屋さんに行ったのだが、結果は、かなり厳しい感じだ。たとえば「ゴイ・セン(蒸しご飯)」など、蓮の実(Lotus Seedとなっていたから種?)で香り付けしてなかなか美味しいのだが、それでもスパイスは入っている。炒め物にも、スープにも皆何らかのスパイスが入っていて、食べていると汗が出てくる。時として拷問のようなコースもありました。天神橋の「光華」の味はやはり日本人向けにアレンジされてたんでしょうね。

 一日のスパイス摂取量に上限(個人的に)がある身では、これは結構つらい。で、後半はデリでサンドイッチなどを結構食べていた。フランスの植民地だっただけあって、パンは美味しい。バゲットにせよクロワッサンにせよ、なかなかのモノ。ハム・チーズやロースト・ビーフのサンドなど、かなりもモノだった。ドンコイ通りの「パリ・デリ」がお気に入りで、ここはサンドイッチを作るときビニール手袋をして作っていて、外国人にも人気の店だった。でも、美味しいアーモンドペストリーが約150円。空港からホテルまでのタクシー代が約300円。この辺は何とも。

 フォーはベン・タイン市場の近くの「フォー2000」にもっぱら行った。ここは、「毎回容器を必ず洗う衛生観念のある店」としれお墨付きがあったので、安心して行った。ここでも、フォーと一緒に「ブツ切りの太い赤唐辛子」が小皿で出てくるが、見向きもしない。そして、山盛りのハーブの葉っぱの中から、ミントではなく「香菜」を太くした感じのものを選りだして、それだけを入れて食べていた。昼はよくここに来た。

 フォー2000では韓国人の女の子と相席になった。バックパッカーで元気いっぱい、大学生らしい。ヴェトナムで4年暮らしている日本人の女性の友達を訪ねていくところだそうだ。サイゴンのうどん屋で日本人のオッサンと韓国人の女の子が出会うなんてのも、考えてみれば面白い話だ。"Have a nice trip!" "Take care!"


ヴェトナム家庭料理を習う

 今回は現地の旅行者に面白そーなツアーがあったので、その一つ「ヴェトナム家庭料理を習う」に参加した。市場へ買い出しに行って、家庭でメニュー3品を作り試食、というコース。
 実際には買い出しは、見学だけで、そのおうちに行くと、娘さんを学校に送りに行っているとの事で、しばらく待つ。とってもアジアンチック。
 でもそのお宅はメコン川に面した南欧っぽいつくりのなかなかの豪邸で、お金持ちがすむ地域であることが分かる。
 別荘として、外国人に貸すこともあるそうで、相場は大体月2,000米ドルとの事。

 そうこうしているうちに先生のハイさんが帰って来て、すぐ料理に取りかかる。

教えてもらったのは、3種類。
1.生春巻き(ゴイクオン)
2.バンセオ(いわゆるヴェトナム風お好み焼き)
3.焼きめし(コム・チン)

 ハイ先生なかなか厳しくて、生春巻きでは手順と何センチをしっかりご指導頂く。これは、メモを取りながらしっかりと勉強した。んで、後半は細かくやってたらきりがないというのか、まずは実際に作りながら進める。

 お手伝いさんは、鶏などを床の上の皿でかち割ったりしている。その合間を近代的なキッチンで、先生のご指導の元、僕が調理するわけだ。

 バンセオは粉の成分と溶き方が難しそうだ。ココナッツ・クリームなど日本では手に入らないだろうし。(一つ買ってきましたが。)

 

 右は料理が並んだテーブルの前のハイ先生とトンさん。できあがっての試食だが、僕は辛いモノだめなので、ソースはチリを入れないが、先生とガイドのトンさんは、「だめねえ」という感じで笑いながらしっかり入れる。

 僕は作っている途中でおなか一杯になってしまったので、残りをハイさんがタッパーに詰めてくれる。夜、ホテルでいただきましたが、うむ、うむでした。

 ハイ先生は前に日本の雑誌にも出ていて、日本人の間に知り合いが多いらしい。離婚して娘を2人育て、うち1人をを日本の大学に留学させている。「男はだめ。稼がなきゃならないから、大変よ。」と言っていたが、東京あたりでヴェトナムレストランを出す計画も持っており、当然娘さんはそれにタッチするのだろう。しかして、外貨を貯め込みヴェトナムで優雅に暮らすわけだ。

 沖縄のオバァーもなかなかのもんだが、ヴェトナムのおばさんもがんばっている。


仏教の話

 ヴェトナムは「小乗仏教」とガイドブック類にはある。要するに、衆生を「仏様」が救うのではなく、自分の修行でその人が悟りに至る、というパターンだ。
 中国、日本をのぞいて、東南アジア全体としては小乗仏教が主流のようだ。「ただ座るのみ」という禅もその本質としては、小乗仏教への先祖返りといえるかも知れない。

ウィンギエム寺(永巌寺)

日本への留学を終えて帰国したベトナム人僧侶が開いた寺だそうだ。鉄筋コンクリートの大きな建物。境内には七重の塔。巨大な平和の鐘は曹洞宗の寺から寄贈されたものだそうだ。解放前だから実現したプロジェクトだろう。
 本堂には瞑想の姿をしている金ぴかの大きな仏像がある。線香をたいてお祈りしている人多数。そして、仏像の裏側にはいろんな顔写真の入った小さいお札が一面にびっしりと貼られている。亡くなった人たちの供養のためのものだそうだ。 そして、僧侶の学校も併設されていて、ガイドさんが学生の一人と引き合わせてくれた。まだ若く、黄色の衣が鮮やかなのに、何故かまぶしそうな顔をしていた。修行は厳しいらしい。
 写真が無くてすみません。どこかで見たお寺のような気がして、正直撮る気にならなかった。共産党政権のこの国でおおっぴらに人々がお寺に参っているのはともかく、それが「日本発」なのは、正直言ってミャンマーやタイ辺りとは違うのではないかという気がする。

 ともかくも、地方も含めて仏教全体がどうなっているかだが、ガイドさんの話でも、皆が信仰篤いという感じではなさそうだ。あの学生僧の府に気はどこかそれと通じているような気もしたが、実際はよく分からない。

 
ティエンハウ寺(天后廟)

 どこかで見たような風景だと思いませんか?
 中華街にあるビンタイ市場の向側にあるティエンハウ寺。寺とはいうものの仏教ではなく、中国人の民間信仰で天后聖母をまつってある、いわゆる中国寺。
 香港にもあった長い時間かけて燃える線香や、つくりもののお札やお供え物など、おなじみの風景。
 中国人はどこへいっても中国人。

 中国人は市街から凄い数が流入してきて、市当局も把握・管理出来ていないそうだ。確かに、人が多くて暑苦しい。

 中華街のビンタイ市場は狭くて、汚くて、物がぎっしり。すれすれで人や自転車、バイク(?)がすれ違う。ゆっくり買い物する気分になどとてもならない。





アジアとは何だろー?

地べたとの距離

  ガイドさんからは、屋台で食べると初めての人は必ずと言っていいほどお腹をこわすので、やめた方がいいと強く言われて行かなかった。実際、バイクや車が行き交うホコリまみれの街頭でやってるような店は、朝に水を汲み出してきたバケツに容器をザブッとつけるだけで、最後まで水も換えないのだそうだ。

 料理を習いに郊外に行ったときに選った市場では、生きてはいたがタライにつけた雷魚に蠅がたかっていたり、とにかく地べたとの距離が短く、衛生観念には相当の開きがあるのは間違いないようだ。ハイ先生の所も実は食材はここで調達しているという。野菜や肉も歩く人の立てる埃に晒され、一方でブラジャーやパンツがビニールシートの上に広げられている。
 またハイ先生のキッチンでも、お手伝いさんは床に容器を置いて料理の下ごしらえをしていた。

 確かにヴェトナムは物価が安くて、リタイアした人たちが年金だけで結構豪勢な暮らしが出来るところだと思うが、あなたはこういうのを笑って受け入れられるだろうか?
 別にピカピカでなくても良いと思うが、僕はせめて小綺麗であって欲しいと思う。この辺りは、かなり重要なポイントだと思う。


内と外、中と外

 この距離感というのが、かなり重要だ。例えば、必ず靴を履くのかどうか。靴を脱ぐのは文化ではなく、気候とくつろぎ方なのかも知れない。
 重力に逆らわず、地べたに近いところでくつろぐ。そしてまた地べたに帰っていく。家の中と外の区別がはっきりしなくても、それなりの秩序はある。
 人と獣を「神性」などで峻別しなくても、一つ屋根の下に生きる。
 ふむ。
 でも、こんなことをわざとらしく考えなくても、あるようにあるのが、風が吹くようにあるのが、アジア的なのかも知れない。
 だから、考えるのはここでやめよう。


また行きたいかって?

 15日以内ならビザ不要ですので、気楽には行けるのですが、正直ハロン湾とフエの王宮を見たいかな、というくらいで、ハノイはサイゴンよりもう少し落ち着いているかも知れませんが、街にはあまり関心有りません。
5時間飛行機に乗って行く気持ちには今のところなってません。(数年たったら変わっているかも。)

 次行きたいのはバリ島。ここはガムランとケチャックを聞きにどうしても行きたい。後は、香港あたりの方が割り切って滞在できて楽ですねえ。
 それと、暖かくなったら、老母を連れて上海に行こうと思う。蘇州や無錫へ行ってみよう。

 というところで、タン・ビエット!

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