信濃毎日 925日社説

あすへのとびら 相模原事件2カ月 優生思想に立ち向かう

http://www.47news.jp/localnews/shasetsu/http://www.47news.jp/localnews/shasetsu/

 

 相模原市の知的障害者施設で、19人が刺殺され、27人が負傷した事件の発生から明日で2カ月となる。
 この施設の職員だった容疑者の26歳の男は事件の約5カ月前に衆院議長に宛てた手紙の中で「障害者は不幸を作ることしかできない」と記述。逮捕後は「不幸を減らすためにやった」などと、極めて独善的な考えを供述した。
 横浜地検は男の精神状態を調べる鑑定留置を請求。厚生労働省のチームは事件の再発を防ぐため、経緯を検証して中間報告を公表している。
 男の事件前の言動や、措置入院の経緯は次第に明らかになってきた。行政や病院の連携不足で、退院後の支援が不足していた実態も分かりつつある。
 「何が起きたのか」は今後の検証でさらに判明するだろう。同時に「なぜ起きたのか」という問題から、私たちは目をそらすことはできない。事件の底に横たわる病巣は、容疑者1人の異常性として片付けてしまえるものなのか。
 「この国は優生思想的な風潮が根強い」―。8月6日に開かれた追悼集会で、遺族のメッセージが読み上げられた。死亡者の名を匿名にすることを希望した理由だ。このメッセージにどう向き合っていくのか。社会全体が問われる。
   <克服されない原罪>
 長野市内の知的障害者施設に次男が入所している60代の女性は、相模原の事件を知った時、「使えない人間はいらないのか」と背筋が凍ったという。
 30代の次男は入所して20年ほどになる。言葉はうまく話せず、生活には支援が必要だ。それでも、人とコミュニケーションを取ろうと懸命になっているのが分かる。障害者にも生活があり、生きている証しがある。
 男は「障害者の面倒を見ようと思い施設で働いた」と供述している。仕事を続けていく中で、なぜ、異常な殺意を芽生えさせたのか知りたいという。
 女性は、障害者の存在価値を認めない社会の息苦しさを自分の周りでも感じている。
 あのときの言葉が忘れられない。路線バスの中で、次男が奇声を発してしまった。母親に連れられた女児が母親に「どうしてあの子は声をあげているの」と聞いた。母親は次男を差別的な言葉で評し、「ほっておきなさい」。
 女性の地区には、体の不自由なお年寄りも住んでいる。洪水や地震などの防災計画では、地区が最初に救助する対象だ。亡くなったり、施設に移ったりすれば、地区の役員からは「ほっとした」という声が出る。
 犯人の男は衆院議長宛ての手紙の中で「全人類が心の隅に隠した想いを声に出し、実行する決意」と記した。インターネットの掲示板などでは、殺害した行為自体は批判しても、障害者に対する男の考えには同意する意見が少なからず書き込まれている。
 日本では「不良な子孫の出生を防止する」という優生思想に基づいた優生保護法が存在した。精神障害や顕著な犯罪傾向がある場合は本人の同意がなくても不妊手術することが容認され、強制的に手術された障害者らが数多くいた。改められたのは1996年。たった20年前である。
   <現実に目を向ける>
 作家の辺見庸氏は本紙掲載の評論で「『生きるに値する存在』と『生きるに値しない存在』の二分法的人間観は、いまだ克服されたことのない、今日も反復されている原罪」と断じた。
 パラリンピックに代表されるように、頑張る障害者や働ける障害者を称賛する一方で、社会は「何もできない障害者」を視界から消し去っていないか。
 一人一人が持つかもしれない「心の闇」。それを乗り越えなければならないことを、今回の事件は示している。
 日本の差別問題を長年研究してきた日本大学文理学部の好井裕明教授は「人は誰でも他人を差別する可能性を持っていることを認めて自分の中の『差別する心』と向き合い、自らと周囲を改める努力を続けなければ社会は変わらない」と話す。
 まず現実に目を向けることから始めたい。
 障害者と親たちが社会の中で感じている息苦しさ。何がそれを生み出しているのか。地域や職場、家庭などの中で、関心を持とう。障害者が置かれている環境や障害者自身のことを、もっと詳しく知ることから始めよう。
 神奈川県は23日、事件が起きた施設を建て替えることを正式決定した。事件の痕跡は視界から消えても、記憶は風化させてはならない。「7・26」が打ち鳴らした警鐘を、私たち一人一人が心に刻み続ける必要がある。

 

岩手日報 925日論説

高齢者施設の防災 「共生と安全」どう両立

http://www.iwate-np.co.jp/ronsetu/y2016/m09/r0924.htmhttp://www.iwate-np.co.jp/ronsetu/y2016/m09/r0924.htm

 災害弱者を抱える施設の避難はどうあるべきか。台風10号豪雨で小本川が氾濫し、9人が犠牲になった岩泉町の高齢者グループホームの悲劇は関係者に衝撃を与えた。

 日本の高齢者・障害者福祉施策は、大規模施設での集団処遇から、地域共生への大きな転換期にある。少人数で共同生活を送るグループホームは、その流れの中で、近年増加している。

 認知症の人を想定した高齢者向けは全国に約1万3千カ所。北欧のケアをモデルに、家庭的雰囲気の中で食事や入浴などの援助を受けられる。

 本人が住み慣れた地域で、ケアを受けながら暮らす社会とは、頻発する自然災害のリスクが広く分散する社会でもある。「共生」と「安全」をどう両立するか。悲劇を繰り返さないため、実効性ある備えが急務だ。

 9人が亡くなったグループホームに隣接する介護老人保健施設では、入所者を3階に避難させて無事だった。なぜ早く、グループホーム入所者を高層の介護老人保健施設へ移せなかったのか。

 町から避難勧告・指示が出されなかった避難準備情報は「高齢者らが避難を始める段階」という認識が共有されていなかった施設に水害対応の避難マニュアルがなかった国や県が高齢者施設などに、避難準備情報の避難計画への位置付けを求めていなかった−など、複合的な要因が浮かび上がっている。

 これらを一つ一つクリアしていくのはむろんだが、ネックはマンパワーの確保。グループホームの夜間の介護従事者は1人程度だけに、関係者からは「そもそも災害対応は困難」との声が上がる。

 災害情報に即応して非番の職員が駆け付けるなど、各施設で具体的な計画策定が求められる。

 地域によっては、施設間の連携も進めておきたい。グループホームは民間事業者も参入し経営体が多様だけに、県立大社会福祉学部の斎藤昭彦准教授は「異なる経営体同士でも、災害時に高層の施設へ避難できるような取り決めを平時に結んでおくことが必要ではないか」と指摘する。

 避難時には、地域住民のサポートも期待される。22日に開かれた県の地域づくりフォーラムでは、自主防災会を組織し避難訓練に取り組む自治会などに「元気なコミュニティ特選団体」の認定証が交付された。住民主体の防災まちづくりへ、各地の機運の高まりを実感させる。

 地域に開かれたグループホームを核に、入所者と住民が日頃から交流を深める。そのつながりを、災害時の迅速な避難に生かす。共生を土台にした安全への道筋を、各地で確かなものにしてほしい。

 

 

京都新聞社説 925

http://www.kyoto-np.co.jp/info/syasetsu/index.html

 

障害者のアート  支援の議論を深めたい

 障害者のアート作品の発掘や美術館展示、商品化などを進める新たな法案が、早ければ26日召集の臨時国会に議員立法で国会に提出されそうだ。 提出の方針を固めたのは、超党派で作る「障害者の芸術文化振興議員連盟」で、東京五輪・パラリンピックに向け、障害者の芸術活動を盛り上げていくという。 身体、知的、精神障害者による絵画や彫刻などの美術作品だけでなく、音楽、ダンス、演劇などを幅広く対象にし、国や自治体に(1)質の高いアート作品の発掘(2)創作活動の環境整備(3)国公立美術館での展示機会の確保(4)作品の販売や商品化の支援−などを求める内容だ。財政・税制面での支援も視野に入れている。 障害のある人の美術作品などは、近年になって注目度が高まってきたとはいえ、国内での創作環境や評価、流通のシステムは十分とは言い難い。その意味では支援が強化されることは望ましいことだ。 ただ、福祉的な支援を重視するあまり、質を軽視した安易な評価や美術館への展示の強要につながるなら、障害者のアートにとってかえってマイナスになりかねない。法案の内容や運用を巡っては、専門家の意見を踏まえて丁寧に議論を進めてもらいたい。 障害のある人のアートは、専門の美術教育を受けていない人の独自の表現として「アール・ブリュット(生の芸術)」などと呼ばれることも多い。日本では、1980年代半ばに始まった国連の「障害者の十年」の取り組みもあり、90年代以降に福祉施設での創作が活発化。美術館で関心を持つ学芸員が現れ始めたのもその頃だ。 もっとも欧米では、収集家、画廊、美術館という美術制度の中で作品を流通させる仕組みができており、評価もきちんと行われるが、日本ではそうした制度がまだまだ成熟していない。多くの公的な美術館は今も収集対象にしていないのが現状だ。 そんな中、近年は日本の障害者らの大規模な作品展がパリで反響を呼ぶなど海外での評価が高まり、滋賀県がアール・ブリュットを新生美術館の収集の柱の一つに据えるなど振興に力を入れる自治体が増えている。文化庁や厚生労働省も支援事業に乗り出しており、今回の法案提出の動きもこうした機運の盛り上がりと連動したものだろう。 だが、支援といっても、障害者の創作活動には、多様な専門領域が関わる。芸術、福祉、教育、さらに創作物の流通やそれに伴う権利の問題には経済や法律も関係する。それらが複雑に絡み合う創作活動をどう支えていくのか。 作品を「障害者アート」という枠組みに押し込めてしまうこと自体に懸念を示す声もある。創作上の社会的不利益をなくすことは必要だが、通常のアートから切り離された存在にすることで一般の人を逆に遠ざけてしまいかねないとの指摘だ。障害の有無を超えた評価の在り方は大きな課題の一つだろう。 障害者の創作を支える望ましい形とは何か。法案を機に議論を大いに深めてほしい。

[京都新聞 20160925日掲載]

 

神戸新聞926日社説

模原事件/浮かび上がった連携不足

http://www.kobe-np.co.jp/column/shasetsu/201609/0009524663.shtml

 神奈川県相模原市の障害者施設で起きた殺傷事件で、病院や自治体の対応について検証する厚生労働省の検討チームが中間報告を公表した。

 容疑者は事件を起こす前、相模原市長の決定で緊急措置入院していた。措置入院は精神疾患のため自分や他人を傷つけてしまう恐れがある場合、強制的に入院させる仕組みだ。

 中間報告では診断や治療に関する問題点が示されたが、気になるのは病院と市の担当者同士の連携の不十分さである。これでは措置入院した患者の長期的なケアは難しいのではないか、と思わせる内容だ。

 容疑者の入院期間は2月19日から3月2日までだった。退院後、どこで暮らすのかは治療の上で大事な情報だ。しかし主治医は、看護師が本人から「単身で暮らす」と聞き、看護記録に記しているにもかかわらず、家族の意向などから「同居」と判断した。結果として「家族と住むため東京都八王子市に移る」という誤った情報が流れてしまった。

 退院後の支援について記す欄も空欄のまま提出され、市が確認することもなかった。法令上義務づけがないため空欄のままというケースはあるようだが、疑問が残る対応だ。

 さらに相模原市は個人情報保護条例に違反するとの恐れから家族が住む八王子市には連絡しなかった。強制的な入院なのに退院後のケアを検討せずに退院させ、移転先の自治体にも引き継ぎがない。関係機関の連携や対応の不備が浮かび上がる。

 中間報告は措置入院を解除した後の継続的な支援の制度化と、患者の支援に必要な情報を関係する自治体間で提供し合う仕組みづくりを求めた。見直しを急ぐべきだ。

 一方、事件の凶暴さや異常さに目を奪われ、医療の観点が不十分なまま個人の監視が強まることがあってはならない。偏見や差別を引き起こす懸念がある。

 現場からは担い手不足の解消を求める声が上がる。治療を中断させないためにも医療体制を整えることが欠かせない。

 その上で人権侵害を危惧する障害者本人や家族らの思いをくみながら、退院後の地域での支援をさぐる必要がある。デリケートな問題であることを認識しておきたい。

 中間報告も指摘するように、精神障害のある人が社会から孤立せずに暮らせることが大切だ。