第9回講演会               1987年6月14日
                     於 神戸市立北須磨文化センター
「育てることの喜び」
神戸聖生園 園長 金附 洋一郎
はじめに
パーソナルケアについて
ケアに対しての評価
自閉症者への取り組み



 



 
 
はじめに
 先般、岩本会長さんが私どもの園においで下さいまして、兵庫県自閉症協会の第9回講演会に講演して欲しいとご依頼がありましたが、私は、とてもそのような責任を果たせるような器ではございませんので、お断りいたしましたが、結果として本日、このようにここに、私の小さな分野での今やっております仕事を通して、何かみなさまのご参考になればと思い、お話しさせていただくことになった次第でございます。
 私は、この文化センターから1.5キロメートル南にあります精神薄弱者通所授産施設、神戸聖生園の園長です。今日はお見受けしたところ、私どもの園の保護者の方もいらっしゃるし、職員も二、三見えておるように思いますが、日頃私どもが取り組み、保護者の方に、ご理解いただいていることをまとめてみたいと思います。
 神戸聖生園は昭和57年に開園いたしまして、この3月でちょうど5年がすんだところです。知的障害の園生のみなさんたちに、職業指導を行うということが重点でございまして、そこで訓練を受けたみなさんが、それぞれ社会自立していくように援助する施設です。
皆様方ご存知のように、こういった授産施設は神戸市内に8つございます。全国になりますと、千近い数がありますが、今申しましたように、実際、ある期間訓練を受けて、社会へ出ていくことは大変難しい状況になっております。そういったことから施設ができて10年目の施設には10年生、15年たった施設には15年生が居るという具合で、したがいましてどこの成人施設も定員がいっぱいで、これから養護学校を卒業されるみなさんが、こうした施設を利用しようとしても、とても入れないというのが全国的な実情です。どうして、外へ出ていくことができないか、やはり園生のみなさんの障害がだんだん重くなってきているというのが、一番大きな原因であろうかと思います。また、園の立場から申しますと、お預かりしている一人ひとりの園生に対して、どんな訓練ができているかどうかという反省もあってしかるべきだと思います。
 
パーソナルケアについて
 さて本論にうつりましては、「育てることの喜び」という演題でございますが、会長さんからお話を伺ったときは、私自身自閉症のことについて研究した訳ではございませんし、そういった器ではありませんので、何をお話ししようかと考えましたが、やはり、私が今している仕事のことをみなさまにご披露して、ご理解いただいて、皆様方と一緒にともに手を携えて、障害者のために働くことができるならば、それが幸いだと思って、育てる中に喜びがあるのだということを、お話ししたいと思います。神戸聖生園は昭和57年にオープンいたしましてから、私どもの園は個人を大切にするということに一番の主眼をおいております。個人の療育指導が一番大切ではないかと、職員のみなさんと話し合って、そこに一つの目標を置いております。
 少し個人的なことを申し上げてみたいと思いますが、私は昭和23年、19才の時に白浜からずっと山の奥に入った小さな村から出て参りまして、京都の同志社で勉強することができました。昭和23年と申しますと、戦後の混乱した時代でございまして、学校へ行くというよりも食べることに大変で、どこへ行っても闇市の時代でございました。そうしたときに、田舎からぽっと出てきた若者が、ひとりの友人に連れられて、キリスト教会の門をくぐったわけでございます。全くそのときの私にとって、キリスト教は大変に新鮮なものでした。そして、友達と一緒に教会に通い、翌年、クリスチャンの洗礼を受けました。それから33年立つわけですが、毎日教会の礼拝をもっております。
 その私どもの手にしております聖書の中に、「自分を愛するように、あなたの隣人を愛しなさい。」という言葉がございます。自分を可愛がること、これは誰でもできますし、そう難しい事ではありません。
 でも、自分と同じように他人を愛することはなかなか大変なことです。よく施設にボランティアに来られた方が、園生と食事をされますが、第1回目にこられたとき、「あのときはご飯が喉を通らなかった。」と後で言われます。それほど障害について簡単に理解することさえ大変難しいのです。そういう人をどうして愛することができるでしょうか。自分と同じように愛することは難しいことです。しかしながら、聖書にはそのようなことが何ヶ所か書いてございますし、私たちの法人は兵庫県で7つの施設がございますが、その7つの施設すべてが聖書の理念によって貫かれ、そこに勤める150余名の職員はその精神を尊重して、指導者として、多くの障害者にかかわっています。そうした理念から一人ひとりの療育指導にかかわるということが出てきたわけでございます。パーソナルケアという形です。私ども職員はつい昨年まで職員のことを「先生」と呼び合っていました。そして園生も「先生」と呼んでおりました。それが昨年の暮れから私たち全部の施設は、「先生」という言葉をやめました。
 養護学校を出てこられた園生は、自動的に職員のことを「先生」「先生」と呼んでいたものですから、私どももつい「先生」だと思っていましたが、実際、障害者とかかわって参りますと、「先生」というような上からものを教えるとか、上からよくしてあげるという考えでは、障害者に対して、私たちと同等、同じ人格を持っているとは言えない。私たちと同等であるなら、「先生」ではなく、「さん」である。昨年末から、ほぼこの考えは定着してきましたが、まだ一部の保護者の方から、「園長先生」などと言われ、その都度「先生」でなく、「さん」ですと言って理解を求めています。
 さて、神戸聖生園では、具体的にパーソナルケアと言うことについて、どのように取り組んでいるか、少しお話しします。まず1番目に、私どもは入園された皆さんについて、その障害の情報を集めることから始まります。
 ご両親が小さいときから手塩にかけて育てられた大変なご苦労の後を、私どもはお父さん、お母さんから教えていただいて、そのお子さんの持っている障害を十分理解する訳ですが、幼稚園、小学校、中学校、高校を経て、18歳になって施設においでになられた、これまでの生活の記録を、そして身体障害を併せて持っておられる状況についても、また、薬をたくさん飲んでおられる方もいらっしゃいますが、保護者の方に付き添って、島田クリニックとか、明石神経内科、神大付属、名谷の松岡先生、遠くは関西青少年サナトリウムまで職員がご一緒しまして、「今の薬は何のための薬ですか?」「最近、かえられたのでしょうか?ずっと続けて飲むのでしょうか?」とお尋ねして、状況を教えていただくこともいたします。
 しかし、私どもも園生について充分な情報を得たつもりでも、実際そうでない場合もございます。先月も、28日に光生園に移りましたある23歳の青年が、朝、突然に心疾患でなくなりましたが、ご両親が、今後のためにということで解剖なさいました結果解ったことですが、心臓とか体格は23歳の立派なものを持っていたのですが、その心臓に通うパイプがまだ子どものままであったということが解りました。
 私どもがいかに情報を集めたといっても、その園生にとってその情報が的確なものであったかどうか、深く反省させられた次第でございます。
 2番目には基礎生活習慣の指導でございます。着脱と整頓、なかなか家のままの状態が多いので、繰り返し繰り返し指導します。次に食事の問題です。偏食が目立ちます。特に自閉傾向の方に多いのですが、私どもの園でも5分で食べている自閉傾向の先輩がおりましたが、その後に入ってこられた方は、もっと早く3分で食べてしまい驚きました。でも、その方達は、職員が本当につきっきりで指導させていただきました。およそ、6ヶ月経ちますと偏食というのは、何とかよくなってきたと思われます。まだお家では好きな物ばかり食べているということも聞きますが、まず集団の中では何でも食べられるようになってきます。ある青年は家族全体が野菜を食べないということで、もう皮膚の色がずいぶん褐色になっていて、まず野菜を食べさせるのに、大変なエネルギーを使い、もう取っ組み合いみたいになって、女子の職員が困っていたのですが、幸い彼も野菜を食べてくれるようになりました。
 3番目は家族と園生の関係、家庭の中で、障害を持った園生が、どういうかたちで置かれているのかということを考えてみます。障害のある方をお持ちになったご家庭は、大変な毎日が続いていると思いますが、でもその中で、本当に障害を受け止めて、そして将来に向けて正しく指導される。そういう家庭におかれているかどうかを見ていくわけですが、どこのご家庭でもお父さんというのは中心じゃないようですが、お父さんの正しい適切な判断が必要なときがございますので、どうかお父さんがんばって下さい。また、兄弟姉妹の方が、障害のある方をどのように受け止めているかということも大切です。
 4番目は社会性でございます。私どもの園は通所施設でありますので、遠い人は東灘から通っておられますから1時間20分ほどかかっています。バスに乗ってJRに乗ってJRから地下鉄に乗り換えて、またバスに乗って何回か乗り換えをしてくるわけですが、その道中でどのようなマナーができているか、また、近所ではどのようなおつきあいができているか、どのようなところでどのような買い物をしているか、そのようなことを理解しながら指導していくようにしています。
 5番目は職能と申しまして、この人がこの園で、こういった職業指導を受けて、実際に社会に出て行くにはどの程度の能力を持っておればよいかということを指導させてもらっています。まず持続力があるかどうか、少し注意されたことでパニックが起こらないか、指示にきちんと従えるか、手の巧緻性、箱などを折っていますが、なかなかその箱が型にならないで、壊している数の方が多いわけですが、そうした方も、繰り返し指導することによって上手になっていきます。
 
ケアに対しての評価
 以上述べましたように、このような5つの項目について見させていただき、指導するわけですが、6ヶ月に1回、一人の園生について職員全体で評価をいたします。ですから、五年おられた方は、10回評価を受けていることになります。1回毎の評価の時には、次はこの目標をなんとか片づけたいということでがんばります。
 たとえば自閉傾向の方ですと、目を見て話すことが難しいですね。ですから6ヶ月間かけて職員と園生が「おはようございます。」と言って、きちんと目が合うようにしていくことに取り組みます。これが終わると次は別の目標ということで、小さな目標をつくって消していきます。そして長い期間、だいたい3年かければ、どこかに実習に行くことができるのではないかという目標を立てて指導していきます。数量で書き込めるものについては5点満点をつけて、おおよそ健常者ができるであろうというところどころを5点にして、この方なら4点、あるいは2点という事で評価し指導に入ります。そうしたたくさんの項目がありますが、およそそれが70%ぐらい、絶対に大丈夫だということになりますと、それでは、ぼつぼつ会社へ実習に出てみようということになって実習に行きます。
 私どもが評価したとおりに会社でもそういう形に出て参りますと、いよいよ就職というわけですが、この5年間で23名の方が就職されました。こういった方たちは、やはり中度・軽度という比較的障害の軽い方たちでございますから、そういう形で社会に出ていける喜びがあります。でも、実際障害の重い方はどうかと言いますと、とても私どもの決めたプログラム通りには参りません。他府県に参りますと、有期限という問題がございまして、大阪では3年経つと施設を出ていくことになっています。ですから、できてもできなくても、出ていくということになるのです。そういった有期限のある県では、できなかった人たち、就職に向かなかった人たちは、共同作業所が引き受けることになります。ちょっと調べてみますと、神奈川県72、愛知県75、大阪85というふうに、他の県には共同作業所がたくさんございますが、兵庫県には29しかございません。兵庫県全体は、まだ有期限ということになっていませんので、先程申しましたように授産施設では、15年たったところでは15年生がおられます。その方たちはやはり障害が重いということではないかと思います。
 私ども神戸聖生園におきましては、障害者がわずかな期間で私たちの施設を通過していくということではなくて、障害を持った方たちは、一生障害を担って行くわけですから、長い障害者のライフサイクルを考えていかなければいけないと常々感じております。一時的な療育指導ではなくて、長い期間、その方が本当に年を召され老人ホームに入られるまで、そういう長い人生をかけての、療育指導にかかわるべきではないかと考えています。つい先立って、6月8日に、私どもの園から少し離れた下畑というところに、一つの作業所ができました。2階で作業をし、1階で寝泊まりするというふうにしていますが、もう早速2階で作業が始まっております。11人の園生がおりますが、そのうち7名は障害が重いので、一人ではとてもバスに乗ってこれません。それで親御さんが、自動車かバスを使って連れてこられています。小さな作業所ですが、作業所と言うよりは、私たちは生活訓練所だと思っています。比較的重度の方であり、そして年齢の高い方がいらっしゃいます。ですから、ここでは授産ではなくて、生活訓練を重点にしています。もし将来、親御さんが来られなくなった場合、階下に住んでもいいじゃないかということで、下に住んで上で作業をし、職住接近形という形で運営されることになるかと思います。ただいま、1階の宿泊の方はまだ使っておりません。いずれ神戸聖生園、光生園の方たちの合宿訓練をすることにしています。知的障害の方たちは、なかなか家で自分の身のまわりのことをするということができていません。家に帰ってテレビを見ていて、いつとはなしに時間がきて食事が出る。食べ終わったら、いつとはなしに片づいているというふうな生活の方が多いのではないかと思います。これでは自立していくということはとても難しいです。
 そこで、何とか宿泊することによって、もう少し社会的な面を身につけさせようではないかということで、寝泊まりするところと作業をするところを直結してオープンしたわけですが、できれば、こうした施設を神戸市内にいくつか設けたいと思っています。
 養護学校を出てくるみなさんが、これから10年間に約840名ぐらいになりますが、施設はそれにあうようにできません。そういうことを考えて参りますと、ある一定の期間施設をご利用なさった園生は、後から来る後輩のために、そういった次の場所を用意して、小さな作業所を作っていきたいと保護者の方にもご理解いただき、ご協力いただいてその1号がオープンした次第です。どうかそういった、お互いに譲り合う気持ちを持ち合わせていただきたいと思います。そうでないと、障害者の幸せというのは偏ったものになると思います。
 
自閉症者への取り組み
 神戸聖生園のこれまで取り組んで参りました療育指導というのは、先ほどから申し上げたように知的障害の方たちが中心でした。昭和57年にスタートいたしました時は、自閉傾向の方は2人でございました。5年間の間に、13名の方が光生園に移るとか、今年できたワークホーム緑友に行くとか、5名の方が下畑作業所に行きましたので、新しい方がどんどん入ってこられ、今年になって自閉傾向の方は15名になりました。この園生の方たちの特徴は、私が申すまでもなく、まず目を合わせて朝の挨拶が難しいのです。
 そして、一人一人が個性豊かで、それぞれ常同行動というのでしょうか、変わった動きをします。朝礼で整列しておりましても、いつの間にか列から離れていったり、授産をいたしておりましても、昼から作業が変わったため突然パニックが起きたりして、そういうことを経験して、私を含め職員全員が自閉傾向について、十分知識を持ち合わせておりませんでしたので、これは大変なことになるというわけで、60年から職員が自閉傾向者の就労指導について、一年間勉強してきましたが、一年ぐらいで片付く問題ではございませんので、今年も全職員が自閉傾向の問題に取り組んでいます。
 いくつかの文献も読ませていただきました。三重県のあさけ学園を見学させていただいたり、NHKの厚生事業団や安田生命事業団の講演も伺って勉強させていただきました。そういった結果を土台にいたしまして、実際預かっている15名の園生に対して、どのように対処すればよいか、絶えず話し合っているのが現状です。自閉傾向の方は対人関係が非常に下手ですし、会話にいたしましても、一方的だといえます。
 まず私たちは手始めにどういうことをしようかということで、兵庫県の精神薄弱者更生相談所の指導を仰ぎながら、15名の園生の生活度を把握することにしました。T-CLACと申しまして、この表に当てはめてグラフを作っていきますと、だいたい丸くできあがると5歳ぐらいなのですが、対人・遊び・言葉の箇所になると極端に低くなり、2歳ぐらいのレベルに落ちてしまう。ですから、グラフを作っても丸くならないで蝶々のような図ができあがります。
 先ほども申しましたように、特定の算数・読み書きなどが18歳の年齢に見合ってできているのに、対人関係に必要な会話・遊びが幼児のままであり、絶えず独り言とか時間にこだわるなど固執性もみられます。
 そこで、このT-CLACという表で、一番5歳に近いレベルを持っているH君、実際彼は21歳ですが、私どもの園でもH君が一番できる方だと思っています。ですから、会社の実習を経験して、仕事に就くように勧めたのですが、この彼に十亀先生がNHKで講演された講演録の中の図を見せて、「これは何の絵ですか?」と尋ねますと「バケツの水がこぼれている。」・「笑っている。」・「先生が怒っている。」と一つずつは的確に答えます。 これを、私どもの園の成績は中より少し下かと思えるダウン症の方に見せると、すぐに「バケツの水をこぼして、先生に怒られて、お友達が笑っている。」とまとめて説明ができました。これは、自閉傾向をお持ちの方の特有のことで、統合していくことが難しいのです。ひとつ一つはわかっていても、まとめて表現することができないのです。
 H君は車椅子班の組み立て作業をしています。車椅子班というのは、非常にたくさんの部品を組み立てていきますので、大変難しい仕事です。彼はそこのリーダーをしているぐらいよくできるのですが、この図ではそういう答えをします。実際、作業で彼は一つ一つはできるのですから、「今日はこれとこれとこれをしておいてね。」と言いますと、彼は3つの道具を持ったまま、なにをしてよいのか解らない。一つ一つならきちんとできるのです。3つになると解らない。自分でまとめていくことができないのです。
 他にE君という方がおられます。彼は一日の仕事の途中で作業がかわりますと、先程少し申し上げましたが、授産所のことですから、朝していた仕事をやめて、昼から違う作業をすることがあります。それが彼には納得できないでパニックです。ですから、入園した当初、私たちはどうしたらよいのか本当に困り、指導員も一生懸命取り組みました。朝、連絡帳を出すときに、指導員が「今日は朝のうちは靴箱をします。昼からお菓子の箱に移ります。10時頃に消防訓練があるから、ベルが鳴ったら出るのよ。」と、一日のおおよその想定を、彼の頭の中に入れてもらうようにしました。そうしましたら、彼はそのプログラムを理解し、以前のようなパニックはありません。
 また別の少し自傷行為はありますが、I君という青年がおります。入園当時はとてもオーム返しがきつく、自分の意思がきちんと伝わって参りませんでした。彼はおむつたたみをして、それを納品する係で、いくつできたか、彼は電卓が好きでしたので、数えて計算する係ですが、私の机の上に盲人用の声の出る電卓がございますが、もうご飯を食べたら、すぐ私の所へ来て声を出して楽しんでいます。その彼と私は、まだ充分なコミュニケーションはできていません。指導員とは充分できています。その指導員が彼の家にもう3回行っております。昨年の4月に行き、彼の部屋の写真を撮させていただきました。そして、11月と今年の5月、このときは指導員がかわり、別の指導員が行きましたが、その都度、写真を撮してきましたが、その3枚が全く同じで、重なるわけで、大きな人形を真ん中にしてきれいなお花が置いてあって、周りにいろいろな置物が置いてある。それが昨年の4月から今年の5月まで全然位置が変わっていない。そして彼の部屋の周りに、生協さんのビニール袋とか自分の作った紙細工とか一杯おいてあって、乱雑ではないですが、写真で見ると異様な感じがしました。
 これまで、3人の自閉傾向の方のケースを紹介しましたが、その他にビニールを細かく裂いたり、シールをはがしたり、コマーシャルを言ったりとか水遊びが好きだとか、いろいろな形で常同行動を持った方たちが大勢おられます。そういった方たちも、青年期を迎えているわけですね。それでもなおかつ、対人関係とか、言語とか見たものをまとめていく力がまだ幼児期のままのような気がします。私どもは、そう言ったことをまず理解して、私どもの施設ですることと、ご家庭ですることが食い違っては、療育指導の成果は上がらないと思っています。
 園生一人ひとりに、声かけに注意して作業指導をしていくわけですが、私どもは往々にして、「あれ」とか「これ」とか「それ」とか言って、「あれをそっちへ持っていって下さい。」とか、自閉傾向の方にわかりにくいことを言いますが、具体的な指示を与えて指導していくことが大切です。
 その他、園では朝体操をしますが、私が見ておりますと、ラジオ体操のテープがかかっても、半分ぐらいしか動いておりません。手がきちんと上がらなくてはいけないときも、半分ぐらいしか上がっていなかったり、溌剌としたものが見受けられないものですから、困ったなということで、リトミックやエアロビクスを習っています。最近ではNHKの『地球をどんどん』という子どもさん向けの番組のダンスをやっています。音楽のリズム、皆さんほとんど好きです。リズムに合わせて、大方の人は何か自分なりに動いています。やはり生き生きしています。お母さんと一緒に訓練を受けて、お家に帰ってやっていただく、これを定着させて園生の体調を向上させていきたいと思っています。できるだけ、私たちは園生に対して、環境を整えてあげることに注意して下さいとお願いしています。
 私たち職員と保護者が、同じレベルでやっていくことが、それが非常に効果的ではなかろうかと思います。どうか私たち施設の職員と一緒になって、また皆さんの解っていらっしゃることも努力して下さい。18歳以上の方を預かっての試みでございますので、どれほどの成果が上げられたのか、自信のほどは充分にございませんが、何とかやれることは、やれるだけやってみようというのが現実でございます。
 昨日、NHKテレビの第2放送、昭和初期の障害児教育を見ていますと、三田屋治療院が出ていました。その中に、ちょっとした言葉ですが、「涙の慈しみ」という言葉が出ていました。アナウンサーがおっしゃっていました。ここにご出席の皆さんは、お子さんの誕生、そしてまもなく障害を知り、受容ということで大変長いこと、ご苦労なさってこられましたが、そのご苦労は皆さんそれぞれはかり知れないと思います。しかし、その障害の重い自閉傾向のお子さんも、わずかながらも進歩しております。ですからその進歩に喜びを感じていく。そういうことが「悲しみの涙を喜びの涙に変える。」とおっしゃっていました。今日、私が本当に申し上げたかったのはこのことです。
 私たちの施設の職員も一生懸命がんばって、本当に喜んで障害のある人たちと過ごして参ります。障害のある方をお持ちの保護者の皆さんも、どうか育てることに喜びの涙を味わいながら、毎日を過ごして欲しいと思います。障害者、特に自閉傾向の方についての成人の治療は難しいわけですから、医療の関係の方たち、教育に携わる先生方、そして私ども施設の職員が一緒になって、共同でチームワークを組んで、悲しみの涙を喜びの涙に変えていきたいと思います。
 
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