第6回講演会                1984年6月23日
                     於 三木市福祉会館
「問題行動を持つ子どもの教育法」
              兵庫教育大学  藤田 継道 先生
はじめに
行動療法の考え方
サインランゲージについて
常同行動とは
自傷行動について
問題行動への対処の方法
有効性について






 






 
 
はじめに
 只今ご紹介に預かりました兵庫教育大学障害児教育講座の藤田でございます。本日、このような立派な講演会にお招きいただきました兵庫県自閉症協会のみなさま、北播支部のみなさま、きょうこの講演会をバックアップして下さいました三木市の関係各位の先生方に、心よりお礼申し上げたいと思います。
 私は残念ながら自閉症研究の専門家でございません。先程ご紹介いただきましたように、九州大学大学院修士・博士課程の5年間は、主に脳性マヒ児・者の動作改善をやって参りました。昭和50年、国立特殊教育研究所の重度精神薄弱教育研究室の研究員として赴任し、重度の知的障害の子どもの言語、身辺自立の指導を7年間やって参りました。その研究所の隣に国立久里浜養護学校があり、その学校に情緒障害の子どもを教育する第2教室があつて、私たちは毎日のようにその教室の子どもたちの指導を致しました。
 私たちは、日本行動分析学会や日本行動教育研究会という組織を作り、保母・学校の先生・親の方たちと行動分析学という学問を学びながら、そこから導き出された指導方法を障害の重い子どもさんの指導に適用してきました。私は自閉症研究の専門家ではありませんので、アウトサイダーからの発言になりますが、行動分析学の立場から言いますと、自閉症・脳性マヒ・知的障害などと障害のレッテルを貼って子どもを見るのをやめようではないかというのが、私たちの学問的な背景から出てきている思想です。
 
行動療法の考え方
 自閉症・脳性マヒなどとレッテルを貼っても、そこからはほとんど創造的な教育は出てこない、それよりも現在の子どもの状態を正しく知り、その子どもが現在何ができ、何ができないか、できない部分については、しっかり目標を立て、プログラムを組んで指導し、またできる部分ももっと伸ばしていくような教育方法をとっていく。したがって、自閉症の子どもが、さまざまな問題行動をするのは、心の中に何か原因があって、その原因でもって問題行動が生じているとは考えないです。
 1943年にカナーが精神病の子どもの中から、早期幼児自閉症を発見し、その特異な行動を示すのは、心に原因があって生じていると考え、心にアプローチするカウンセリングやプレーセラピーの療法が中心だったわけです。約20年間、精神分析的な思想を背景とするさまざまな精神療法が自閉の子どもに適用されて、確かに対人関係は良くなり、子どもがすり寄ってきたり、クレーン現象が現れたり、ラポールの形成までは可能にはなったけれど、それ以上のものは出てこなくて、言語や認知の飛躍的な発達は何一つ具体化しなかったわけです。
 そして次に出てきたのが、アメリカのロバース博士を中心とするグループのオペラント条件付けです。簡単にロバースのやり方を言いますと、言語のない自閉症児の場合、どんな発声でもいいから、発声が出てきたら全部誉めてあげるというのがステップの1です。
次はモデル音を提示します。例えば、マミムメモ、バビブベボ、パピプペポというMBPの両振破裂音が、発達的には一番最初に出やすいので、その中から音声を選び、トレーナーがモデル音を発し、少しでもそれに似た発声が出てきたら、それを誉めてあげる。これがステップ2です。そしてそのうち、MBP音がハッキリと出始めたら、今度はそのMBP音を組み合わせて有意味単語を作ります。たとえばMの子音とAの母音を組み合わせると「マ」になります。この「マ」と「マ」が反復されると「ママ」になります。それから子音のMと母音のIを組み合わせると「ミ」になります。これが反復されると「ミミ」になります。「ママ」も「ミミ」も有意味単語として存在します。このようにステップ3では、MBP音を組み合わせて有意味単語を作り、その有意味単語を先生がモデル音として示し、それに近い音声が出てきたら誉めてあげて、少しずつ単語を増やしていく指導法をとり、それから徐々に二語文、三語文へと文構造の拡大を図っていくわけです。しかし、20年近く続いたこの指導法もある程度は成功したのですが、日常生活の中になかなか広がっていかないという結果がわかった段階です。
 
サインランゲージ について
 次に1968年、マーガレット・P・クリーダン(シカゴ、女性心理学者)が音声言語の全くない自閉症の子どもに、3年間必死で音声言語を出そうと指導し、行き詰まり、失意落胆し、友人の聾教育の大家のキャンディ・ヘイトに相談し、音声言語だけがコミュニケーションの手段ではないとアドバイスを受け、重い自閉症の子どもにサインランゲージ(手話)を与えてみますと、その子どもはあっと言う間にサインを覚え、マーガレット・P・クリーダン女史とのやりとりができるようになりました。そこで彼女はシカゴの医療センターの中に、デービッドスクールという学校を作り、30人の言語のない最重度の子どもを集め、6名1グループの班を編制し、5人の先生を担当にあて、この5人の先生に手話を特訓し、その手話を通し、グループでお遊び、マスゲーム、遊技やダンスをやり、ごく自然な環境の中でサインを指導していったところ、30名中全員がサインを獲得し、多くの子がサインをくっつけて文章表現をして意思の伝達を図り始め、そのうち13名ほどに音声言語が出始めたわけです。別に音声言語は指導しなかったのですが、サインの指導をする場合、サインと音声を同時に提示しますから、これを同時法と言います。現在はこの同時法と、文字、身振り、音声言語、すべてを入れたトータルコミュニケーション法が主流になってきています。
 1976年、ボンビランとネルソンという2人の研究者が、今まであらゆる治療を受けても、何の反応も示さなかった聾で重度の精神遅滞と思われていた重い自閉のテッドという子どもに、サインランゲージを教えていきました。すると約1年足らずのうちに53ぐらいのサインを覚えて、サインを組み合わせて文章表現までしていく。そして、まだ教えていない概念までも表現するようになってきて同時にお漏らしまでが減ってくるという副次的な効果までが発表されました。
 私たちも、そのボンビランとネルソンの指導方法に従って、日本で初めてのサインランゲージの指導を適用してみました。その子どもは絵本を見たり、テレビを見るのが非常に好きで、好きと言えば表現がよいのですが、それにへばりついて離れない子どもだったので、これを利用して、私はまず、「私はテレビを見たい」という三語文から教えることにしました。なぜ一語文から始めなかったかというと、その子どもが、三語文程度の指示であれば、指示に従っている行動がいくつか見られたからです。サインを指導する場合、子どもの視覚的な弁別能力というものが重要な基準になって参ります。「私はテレビを見たい」という場合「私は」の次の「テレビ」というチャンネルをひねる身振り語に入ったとき、これはもう目の前から消えているわけですね。だから弁別能力の中でも特に視覚的な配慮というものが要求されて参ります。この視覚的な記憶あるいは弁別機能がまだ十分発達していない子どもさんの場合、いきなりそれをやっても失敗するわけですが、基礎的にその子どもの視覚弁別能力や記憶能力を調べ、三語文の指示に従えることとあわせて、「私はテレビを見たい」という手話を指導してみたわけです。すると彼は「私はテレビを見たい」という表現を手話で実施するようになりました。それだけだったら実験室状況でサルまねのようなことをやっているだけですが、彼の場合は、「私は本を見たい」「私はシールが欲しい」という表現を、手話(身振りサイン)でやれるようになってきたわけです。彼は勿論、テレビが見たいから「テレビが見たい」とやりますし、本を見たいから「本が見たい」とやり、シールが欲しいから「シール頂戴」とやりだしたわけで、それによって、今まで手を引っ張って「アー・アー・アー」と要求を表現していたのを、サインを使うことによって、要求の内容を正しく表現できるようになったのです。
 
常同行動とは
 さて、本題の問題行動に入っていきますが、自閉症児の問題行動のうち、あまり目立たなくて見過ごされ、いつまでも残ると言われているものが、自己刺激行動あるいは常同行動です。いつか文献を調べてみたのですが、体を前後左右に揺する、体をコマのように廻す、円を描いて廻る、上体だけ廻す、手を目の前で打ったりたたいたりする、手を伸ばして振る、頭を前後左右に振ったり廻したりする、体の一部を物に打ち付ける、自分の頭や顔をたたく、目をついたり押したりする、髪を引っ張ったりさわったりする、指先を奇妙に動かす、指しゃぶりする。皓歯をなめたり口をもぐもぐさせる、低いうめき声や、ブウブウと言う音を出したりする、同じ言葉を繰り返す、衣服の表面などをなでる、手足の爪を噛む、本をパラパラめくる、物を回転させる、物の匂いを嗅ぐ、ひもや紙などヒラヒラさせる、紙をちぎる、物の表面など凝視する。その他もっとあるんですね。この中に自傷行動に入るものもありますが、自傷行動の程度が低く自傷行動と分類しきれないので入れてあります。
 その常同行動はどういうモティベーション、どういう動機付けや状況で生じているか、たとえば、何もすることがなくリラックスしているときか、何かが欲しいときか、叱られたりしたときか、家庭で起こるのか、学校だけで起こるのか、外出中にか、寄宿舎や寮などで起こっているのか。
 その常同行動が起こったとき、我々はいったいどういう対処をしているか?一番多いのは、そーっとほっておくというやり方です。実際学校の先生方は、常同行動がなぜ起こるのか解らないし、押さえつけてやめさせて、もっとパニックを起こしても困るので、そーっとほっておくというのが圧倒的に多かったですね。それから言葉で「やめなさい!」というのが第二の対処の仕方、第三番目は体を使ってぱっと押さえて止めさせるという対処のしかた。第四番目が他の遊びや課題を与えるという対処の仕方になっています。
 
自傷行動について
 次に学校の先生方が一番困っていて、早く何とかしたいと思っているのが自傷行動です。どんなものがあるかと申しますと、自分の頭をたたく、自分の顔をたたく、それから頭や顔の上をたたく、たたきダコができたり、出血したり、はれあがったり、変形したりするような激しいもの、物体に体の部分をぶっつける、脱毛する、四肢を噛む、皮膚をつねる、 皮膚などを引っ掻く、かさぶたささくれ、爪などを剥がしたり、むしったりする、眼球をほじる、嘔吐したり反芻したりする。
 どういう子どもが自傷行動をしているかというと、運動機能や身辺自立やその他のさまざまな発達の領域は十分発達しているにもかかわらず、表出言語の発達が一歳レベルで止まり二歳に達していない、コミュニケーション能力は一歳代で止まっている。ほとんどの子どもが言語を持たず、言語があっても一語文で、二語文があっても、自己の意思を相手に伝達するために使われている二語文ではありません。(東海良興 1984)
 いつ頃から生じるかというと、産婦人科のお医者さんや看護婦さんに観察していただいたところ、アプガー指数(生まれたときの健康度を表す医学的な指数)8未満の子どもは、生まれたときすぐ自傷行動はやっていないが、ほかの健康な子どもはすべて産まれてすぐ自傷行動をやっていることが解りました。となると、自傷行動というのは、自閉症児特有の行動ではないのではないかという推測がついて参ります。ノーマルな子どもは7〜8カ月頃まで続くといわれておりますが、言語行動が徐々に獲得されていって、一語文、ママ、パパ、マンマ、ブウブウ、ブブなんて言い始める一歳を過ぎる頃から、自傷行動が消えていくと観察されていますが、ある一群の子どもたちは、その後言語が獲得されないが故に、どうも自傷行動が残っているというふうに見ることができると思います。
 次にその自傷行動の出現頻度差というのを調べてみますと、幼稚園以前では男10対女1と、男が圧倒的に多いことが解っております。(自閉の男女比 男4対女1)それが学齢時になると3対1、高等部から30歳では1対1となり、30歳以後では1対2.5でした。平均すると男女比は2対1でした。(東海良興 1984)
 第三の大きな特徴ということができるかと思いますが、この自傷行動に対する対処の仕方ですが、先生方は、一時課題を中止してでも体をもって自傷行動を止めると回答した人たちが一番多かったようです。では、自傷行動のモティベーション(どうして起こっているのか)を調べてみましたところ、激しい自傷行動をすると血だらけになってしまいますね、血だらけになると周囲の者はびっくりして、遂行させようとする課題を中断してしまう。課題を中断すると嫌なことが回避できるわけですね。
 嫌なことから逃れようとして、70%までは、回避のモティベーションによって自傷行動が起こっていることが解って参りました。非常にやりたい、したい、欲しいものがあるにもかかわらず、その要求が満たされないときに起こってくるのが次の20%です。残りの10%は自己刺激的なものです。9割までが対人的動機付けで生じているのです。つまり自傷行動はコミュニケーションの手段になっているのです。(東海良興 1984)
 
問題行動への対処の方法
 次に激しい自傷行動の対処法になってくるわけですが、みなさんは激しい自傷行動を見たことがありますか?顔はお岩のように腫れて、全身引っ掻くから全身血だらけカサブタだらけになっています。見た人は誰でも絶対なんとかして止めさせたいと思います。それで昔(今から10年前から20年前まで)アメリカで電気ショック療法が使われていました。人権委員会、倫理委員会で大議論が起こって、電気ショック療法はあまりにも問題がありすぎなので、今は使われなくなったのですが、それにかわって、変形し、血だらけになって、カサブタだらけになっている子どもたちの自傷行動を何とかしなくてはいけないと、多くの親や担当教師や研究者の願いの中から生まれてきた治療方法があります。DROという対処法ですが、一定時間自傷行動や常同行動が起こらなければ(1分でも30秒でも)集団で一緒に遊んであげたり、先生が頬ずりしてあげたり、抱きしめてあげたりして受け入れ、認めてあげる方法です。
 次にDRIですが、これは自傷行動が生じると自傷行動とは矛盾するような行動をとらせて、それを認めてあげる方法です。たとえば、右手でマスターベーションをするとしますね。するとその手をそうーっと取ってあげて、一緒に粘土遊びを始めたとします。粘土遊びとマスターベーションとは絶対両立しないわけです。そのように両立しない行動をとらせて、それをまわりが認めてあげるというやり方です。
 それから、OCオーバーコレクションです(過剰修正法)。たとえば、ジャージャーとお漏らしをしたらですね、お漏らしをした水たまりを先生が子どもと一緒に手を取って拭いて、その濡れた雑巾を流し場まで持っていって、バケツに水をくんで、絞って干してというように、現状復帰を最後までやり遂げさせるやり方です。そうすると、なるほどお漏らしをしたときにはしんどいことをやらされるんだなあ、だったらお漏らしはやめとこう、ということになるわけです。
 次に「アームエクササイズ」と言われている方法です。これは感覚統合とも似ているし、筋運動感覚を通したコミュニケーション行動にも似ています。自傷行動、常同行動、器物破壊、様々な問題行動に適用してみて非常に有効だった方法です。問題行動が起こったら、先生が手を取って一緒に体操するんです。手を広げたり、前にやったり、上にあげたりです。オーバーコレクションの中の腕の訓練という方法です。
 そこで、東海良興という先生は、もっと有効な方法があるのではなかろうかという発想をします。どうやったかといいますと、起立着席というのをやるわけです。
 どういうふうにやるかというと、のれんのヒモ通しをやっている場面でですね、ガンガンガンと始めたら、子どもの両手をつかんで、ギューと上まで引き上げるんです。それで暴れがおさまってリラックスしてきたら座らせるわけです。それで押さえられるとまた暴れ始めますから、そのときはまたジイーと立たせる。起立着席という方法を、静かになってリラックスするまで反復してみたわけです。
 これを随伴群と言います。それとは関係無しに、のれんのヒモ通しをやっていて、次に休憩して休憩の後に5分間起立着席をやらせるという非随伴群というものを設けて、両群を比較検討してみました。そうしたら急激に自傷行動がなくなっていくのは随伴群です。 1週間まず何もしないで、のれんのヒモ通しだけをさせて、どのくらいの頻度で自傷行動が起こるかという基本データーを集めます。その次の週から起立着席を導入します。2週目ぐらいから激減し始めて、第3週ぐらいになってくると、ほとんどゼロレベルになって参ります。非随伴群も6週間ぐらいでゼロレベルになってきます。随伴させようが、非随伴だろうが、起立着席をやらせることで自傷行動がゼロになっていくことが解ってきました。
 最後に、九州大学で脳性マヒの訓練法の中から生まれた「腕上げ動作コントロール訓練法」というのがあるのですが、それを自閉や多動の子どもに適用してみたところ、これもかなり改善されております。子どもを床の上、マット、ベッド、何でもいいのですが、寝かせて「ゆっくり手をあげてごらんなさい」と言って、ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり下までおろしてゆきます。このような腕上げ動作コントロール訓練法をやってみたら、多動が取れたり、あるいは引きこもりの子どもたちが、コミュニケーション関係が良くなったり、ある子どもは非常に落ち着いてきて、視線が合うようになって、言語が出てきたりとさまざまな変化が出てきたわけです。筑波大学や九州大学で、今あらゆる障害に適用してきています。
 どれも、ほとんど全部、今までの心理療法で全然変わらなかった、動かなかった障害者が全部変わってきています。おそらくこの方法は、日本の障害児教育に劇的なインパクトを与える方法ではないかと私は思っております。
 
有効性について
 なぜ効くのか?従来は視覚や聴覚の統合機能が弱いと言われている自閉や重度の子どもに対して、音声言語で指導をしようとしてきた。しかし、「ゲシュウイントの言語図式」というのがあって、脳の頭頂葉後下部の角回や縁上回と言われている部分が視覚と聴覚、視覚と触覚、視覚と嗅覚等感覚間の統合機能を司っている部分の発達が非常に未熟であり、ほとんどその機能を果たしていないような状態であるということが、だんだん言われ始めています。中には視覚系言語を教えることによって、言語が獲得されていたような子どももいますが、言語を獲得しなかった子どもたちについては、視覚や聴覚というような遠刺激では刺激を受容しにくい特性があるのではないか、ところが、今言ったような起立着席とか、腕上げとか、オーバーコレクションとか腕上げ動作コントロール法というのは、直接体に働きかけて、直接からだを通して相手とコミュニケーションしていくわけですね。起立着席の例をいいますと、「立ちなさい」と引っ張り上げますね。このとき手のひらは子どもに「立て」という信号を発しています。それを子どもが受信して、逃げる行動をとると、「嫌だ」の表現です。引っ張られて立てば「解りました。立ちましょう」と、トレーナーに対して発信行動を出しているわけです。逃げようのないお互いの肌の触れ合い、筋運動感覚の逃げようのないクローズドループの中で、お互いに、非常にダイレクトな刺激を受信し発信していると私は思います。このように触基本運動感覚を媒介したような「コミュニケーション」が、遅れの重い子どもや音声言語のない自閉の子どもとか、問題行動に有効であると思っています。ただ、単に言葉で、「おいで」とか「座りなさい」とか「静かにしなさい」と言ってもわかるものではありません。「ナヌンタンシヌルサランハンミダ」解りましたか?「私はあなたが好きです。」と韓国の言葉で言ったわけです。私は大脳の中に、その言葉の認知地図がすでにできあがっていて、それに照合して意味を了解していますが、まだそれができあがっていない子どもたちには、子どもの解るしかたで、その認知地図を作っていく仕事をしなければいけないと思います。
 次に感覚統合療法の考え方ですが、私はアメリカでエアーズが発表するのを見ておりましたが、エアーズの感覚統合というのは、軽度の子どもで、読み書き、そろばん、知的にはノーマルなんだけど、ある知的な側面だけが非常に劣っている。そういう学習障害の子どもの治療に開発されたものです。それを日本では、何でもかんでも適用しているわけです。感覚統合療法学会の佐藤剛先生も、根拠のないところに形だけまねられては困ると言っておられます。しかし、自閉症児については、エアーズがアメリカで米連邦政府から委嘱を受けて、効果のあることを検証している段階の情報がすでに出ておりますし、もし、先生やお母さんが家で感覚統合療法をやるなら、正しくやっていただきたいと私は思います。感覚統合のやり方については、知っている人が多いと思いますが、さまざまな姿勢や運動をとらせることによって、前庭器官を刺激していく。エアーズのやり方を見ますと、主に重視しているのは、前庭器官に揺さぶりをかける。つまり、ダイレクトに強い刺激を与えるやり方で、スクターボードの上に腹這いで乗って、手でこいで進ませたり、ハンモックに寝たり、「ユラボード」「グラボール」と言われるようなバランスをこわすようなところに乗せたりして、全身で環境に適応させていくやり方です。
 以上自閉症児の問題行動を大きくわけて、自傷、常同、多動というのがあって、多動については話をしませんでしたが、まあ同じような研究の流れです。薬物療法もありますが、薬物療法はあまり有効でないと言う説と、まあそうでないと言う説とあるんですが、その薬物療法を抜いて、まあ同じと考えてもあまり間違いはないだろうと思います。
 最後に障害児担当の先生方に一つのお願いがあります。私は特殊学級の先生方がどのようにして選ばれているか知りませんが、できればこういう選び方をしてもらいたいと思います。小学校だったら、小学校で最も人望の厚い先生を障害児の担当責任者にする。そして、最も人望が厚くて、最も上手に教えられる女の先生を副担任にする。この二人の先生が直接障害児を変える変えないの仕事に従事するのではなく、若くて勇ましくて元気な先生方を、直接子どもの指導に当たらせるようにしていったらいいのではないかと思います。学校で一番信頼が厚くて良くできる男の先生と女の先生が障害児教育の責任者ですから、障害児教育に対する一般の先生方の理解は深まっていくと思います。そして、実際毎日、汗だくになって障害児と遊んだり、さまざまな仕事をしていく先生は、くたびれ果ててしまいますから、できれば何年かに一度健常児を担当している先生方と交替していったらよいのではないかと思います。そして皆がですね、一生のうちに一度は、障害児を担当したことがあれば、差別しなくなってくるのではないかと思っています。理想的には、今の小中高のすべての先生が、すべての親が、全部障害児を知っていて、一度は扱ったことがあつて、自分のクラスに障害児が来ても、ちゃんと対応できるような知識と技術を持っている先生方であったらと思います。それは現実問題としては不可能だから、責任を持って障害のある子どもを指導せざるを得ない。障害児が伸びていくには人間ってどう書きますか、人の間と書きますね。我々が人間になってきたのも、社会の中で生活し、社会の中で、社会的ルールや人とのつきあいや、さまざまな社会生活上の必要な事柄を学んできたからで、障害児であってもどんなに障害が重かろうと、やっぱり我々の社会で生きていくのが理想ですね、理想だろうと思います。
 
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