第18回講演会の講演録
1997年5月18日(日)
於 兵庫県教育会館
「はぐくむ」
はぐくみ園 園長 森 正子
 
 はじめに          
 子どもとのかかわり 
 子育てを通して
 自立に向けて
 
はじめに
 皆様、こんにちは。ご紹介いただきました森でございます。今日は兵庫県の総会おめでとうございます。主人も長く役員をやっておりましたので、役員さん達のご苦労というものをよく分かっておりますので、毎年毎年大変なまとめ役をなさってくださったと思います。特に神戸はこの間の大きな災害があって、自閉症の方って突然のそういうことに適応する力がないということで、大変ご苦労なさったのではと心よりお見舞い申し上げます。今日は皆さんにも、私にもプラスになるようなそんな出会いにさせていただければと一生懸命話をさせていただきたいと思います。
 「はぐくむ」という本は十七年ぐらい前に第一巻を、小学校編ということで第二巻を出しました。息子が「僕の思い出は小学校までにしてくれ」ということを言いました。これはたぶん、自分のことをいろいろ書くのはもうやめてくれと言う、いわゆる思春期の自我のひとつの現れかと思い、それ以来筆を断っております。ただ、彼の話をしたことを彼に知らせないでいてくださったら、ここで思春期以後の話をさせていただきたいと思っております。
 私はこういうところで話をして一番嬉しいのは、たったひとりの子育てだったんですが、「はぐくむ」を読んだ方で、そっくりそのまま一生懸命子育てをしてみた。そうすると、わりに手が掛からなくなって、ほとんど親を困らせないまでに成長した。私はそんなふうに成長した子どもに誇りを持っていると、いうふうに報告してくれる方がいる。これは大変著者冥利に尽きる嬉しいことでして、そんなふうに読んでくださった方もこの会場の中に、いらっしゃるかも知れません。佐々木正美先生が「決して軽症とはいえない自閉症児である」と誉められたのか、そうでないか分からなかったのですが、そんなふうに息子のことをこの本に紹介してくれました。ご多分にもれず二十八年前といいますと、療育方法とかも諸説紛々としていましてよく分からなかった頃なんですね。よく分からなかったから、ある説に偏らずに自分流の子育てをしてきたのですが、佐々木先生はそれがよかったたんだとおっしゃってくれますが。
 幼児期は夜に寝ないとか、粒ものは食べないとか、大変過敏だったんです。言葉は出たけど消えてしまったとか、よだれや唾は飲み込んで吐き出せないとか、屋根の上を走り回ったとか、木の上からおしっこやウンチまでして、ずっと一日手をひらひらさせているとか、ねじ回し一本で何でも分解して、ちゃんと元通り組み立ててくれれば文句はないのですが、なかなか微妙なところまで組み立てきれないものですので、一応壊したということになりまして、どれくらいの損失があったのか数え切れないほどですが。今はそれが大変役に立ちまして、二十八年後の彼は、はぐくみ園で入所生ではなくて職員として、小型のトラクターで畑の畦をつくったり、園生の着替えの指導の当番をしております。まだまだ育ちきれないものがたくさんありますけれども。
 今はどのような子育てするとか、療育方法はどういうのがいいかとか、そういうことは昔よりは、研究されていますし、いろんな先生の本を読むとか、養護学校の先生方とか、こういう会の先輩とか、いろいろ伺ったりして方法論については、勉強なさったりして選択していけるだろうと思いますが、お母さん達が子どもと本当に真剣にかかわっていく時間というものを、一日に四十分から一時間持った親は、後々に自立可能なぐらいに育った、また、うまく対応できるような力が育ったと、確か自閉症協会の統計にあったかと思いますので、ぜひ捻出してください。そして自分も楽しむということを工夫されるとよろしいかと思います。一時間はたちまちに過ぎるのではないでしょうか。十年先のことを考えると絶対に違ってくるのではないだろうかと思います。
 「旅人の宿りせむ野に霜降らば わが子羽ぐくめ天の鶴群」
 この歌は万葉集の歌で、遣唐使の随員として危険な旅に出なければならない息子に、もうこれ以上してやれることはない、後は鶴の群にその大きな暖かい羽で守ってくれと、祈るしかない母の心境です。「羽でくくむ」という意味ですね。私の本は「はぐくむ」というひらがなのタイトルなんですけど、私はもう一つ「育む」という意味合いもこの中に込めたかったんです。「育む」というのは、だいたい障害があろうが、なかろうが、その子どもの育ちは、自ら自分の中にエネルギーをかき立てて、自分の中にある育ちの要素を絡み合わせて育つのは自分の力である。その子の周りにいる人たちは、その育ちの要素がうまく絡み合うように準備をする。そういう営みをするのが「育む」であり、ただ準備するだけでなく、適切な刺激を与える、そんな意味も込めて「はぐくむ」というふうに付けたつもりです。
 
子どもとのかかわり
 先程、たった四十分、たった一時間といいましたが、できれば質的に高い時間を、密度の濃い時間を過ごせればいいと思います。そして、顔で笑って、頭では大変計算尽くした関わりができればいいなと思います。その辺は、多分皆さんはお子さんが小さい頃から自然に皆さん自身が親として、育まれているのではないだろうかと思います。子どもはなかなか育ちにくい、全然成果がないというふうにしか見えなくても、お母さん方には子どもの中に変化が起きているということを感じ取る力、心で納得する力がありますよね。こういうものは私たち、障害を持った人を育てていると非常に身に付いてくると思います。でもそれは子どもさんをいつも、ウキウキ、ワクワクとかそういう気持ちで見ているのと、お母さんの心がのっぺらぼうでいるのとは、だいぶ違うのじゃないかと思います。私の方の親の会のひとりのお母さんの話ですが、近くの河原へ行って、バーベキューをしたり、水遊びをさせたりしたときに、馬に乗る機会がありまして、馬の背に毛布を載せただけの上に、子どもたちは乗ってひとまわりしてきました。そのときに「私も乗っていいかしら」とそのお母さんもひとまわりしてきたんです。降りた後の感想が「馬って四本足だったのねぇ。」仲間のお母さん達はゲラゲラ笑いまして「バカねぇ、当たりの前じゃないの、見れば分かるじゃないの。」とか言って。でも四本の足が交互に動くたびに、馬の背中の揺れ方が微妙に違うのがお尻に伝わって、その揺れにあわせて腰を動かさないと馬が嫌がって歩きにくそうにするそうです。その後なんですね、「私たちの子どもってすばらしいよね。」ってそのお母さんがおっしゃんたんです。馬に乗った子ども達に、馬が嫌がらなかった。つまりそういう変化にうまく対応してお尻を動かしたらしいというのです。お母さんが体験して、共感でき、感動しているのです。昔、子どもにミカンの房を口に含ませて、おとなしくしてくれたらいいと、そんな子育てをしていたお母さんとは、思えないほどの変化だったんです。やってみようという行動力、自分の子どもはすばらしいと感動する力、やっぱりワクワクとかウキウキしていないと、それは体験ができないことだろうと思います。
 旧ソビエトの若い心理学者でヴィゴツキーという人が、障害というものの、捉え方を三種類に分けています。脳とか神経とか器質的にその一部が壊れて、障害を負っているのを第一次障害。そのために機能が働かない、例えば、目が見えないとか足が動かないとか、そういうのを第二次障害。そういう障害を持っていて不自由な子ども達だから歯磨きはしなくていいよと虫歯に、甘いものを食べても仕方ないだろうと肥満や偏食にさせてしまうのを第三次障害というそうです。そして第三次障害は親の責任だと言われる研究者もいます。この第三次障害をつけないように小さい頃からやりましょう。ついてしまったら親御さんの責任でとりましょう。でもこの取ることが大変で、それでも挑戦次第では、ちゃんと取っていける。今は第二次障害、第一次障害までアタックしようというところまで療育方法とか、いろいろ研究されていますから親のできることって、ずいぶん広がってきて、いろいろなことができるんじゃないかと思います。
 
子育てを通して
 今までお話ししてきたことはだいぶ一般的なことなんですが、これから自閉症に関わるお話をしていきたいと思います。私は息子だけでなく、十八家族の人たちと一緒に育ってきて「はぐくみ園」を作りました。その十八人の子どもさん達と付き合ってきてですね、外界に対して過敏であることがいろいろな原因の根源になっているのではと、思うのです。変化に対してとても臆病だからパターン化だとか、固執があるとか、おそらく小さい頃、いろいろな刺激に対して、なるべく心に波風が立たないように、心を揺らさないように、心をのっぺらぼうにしておくことが一番この世を普通に生きていける処世術だと覚悟を決めちゃったんじゃないかと思いませんか。例えば、気持ちを集中しようとか、我慢をしようかとすると、他の興奮までがざわざわと立ち上がって、ものすごく本人にとっては辛かった。だから心を揺るがせないようにしようと努力してきた。それから、自分の内側から外へ踏み出す力がなかなか育たない。たかだか20センチほどの車のフロアから足を外に踏み出すのに、清水の舞台から飛び降りるのがこんななのかと思うぐらい息をハアハアさせて、顔を真っ赤にしてもなかなか足が出せなかった。とにかく変化があることが嫌い。そういうふうに外との世界でピリピリしているんですから、安らぎを人に求めていけばいいのにそれをしない。うちの息子が「人の声が僕を苦しくする」というふうに言いました。人の声って言うのは、私の声も含まれていたのかと思うと、そのとき、愕然としました。かつて自閉症であったと言われている人たちの本に、抱きしめられるのがすごく何か辛かったと書いてあります。いろいろありますが、そんな原因として自分という基点が分かってないんじゃないかと思います。基点とは私が勝手に言っている言葉ですが、一般的に母子関係がつきにくいと言われますよね。もし、子どもの方がすぽんと抜けているとしたら、母子関係はつかないでしょ、もちろん対人もです。それから自称、他称の区別の理解ができない、やりとり遊びが不得意である、言葉があっても自分の要求語だけ、クレーン現象がなかなかとれない、それに、親の方はどう感じているかというと、風のような、空気のような子、存在感を主張しない、声掛けした声がその子の向こう側へ通り抜けてしまう、そんな感じがありませんか。実体として受け止めてくれない感じがしますね。自分の体幹の中心から半径一メートルほどの円内は、ブラックホールのように何も自覚していないのではないかって言うお母さんもいます。そう言われてみるとそうだなっと思ったのは、うちの息子も指さしがなかなかできなくて、たとえば、あの花をどうしても指を差して欲しいと私が意図的に仮定したとしますね、本人も指さしをしようと思ったときにどうしたかというと、自分の目の付け根の所から自分の指の第一関節くらいの所をつけて、それで身体の向きを変えて差したんですよ。面白い事するなぁと思ったものですから、「もうちょっと伸ばしなさい」と言って指の付け根くらいからさせてみて、それからだんだん訓練してできるようにようになりましたが、やりたくなくてやらない。でやらないうちに言葉の方がうまく使えるようになったのですが。そんなふうに、自分の基点というのは、なかなか育たないんじゃないかと思います。それじゃあ、自閉症児がずっと基点ができないかというと、できない人もいるようですが、チャンスがあります。そのチャンスが思春期です。私はそう思います。
 思春期はうちもそうですが、だいたい大変なお子さんが多いようです。ただ、そのすさましい戦いの中で、思春期の嵐の置きみやげとして、その自分の基点というものが確立していくんじゃないかなと思います。よくボディイメージが育たないとか言われますよね。そのボディイメージが育たないって事はどういうことがあるかって言うとですね、アメリカのマーラーという女性の乳児精神科医が「自分の身体という個体としての自立性を認識する」と言っています。自分の身体が個体として、一つちゃんあるんだということを自覚する、認識するって事を「自体化」っていうんだそうですが、割に早い時期にできあがるそうです。そういう身体的な面での自分という意識、それからもう一つ、精神的にはセルフという自我という我、自分の意識というものの二つがあると思います。この両方ともなかなか育ちにくいということがあって、自分という基点がなかなかできないのだと思います。思春期を境に息子の場合はどういうふうに育っていったかというところなんですが、息子が思春期を迎えたのはだいたい第二次性徴っていう、のど仏、それから、ひげが濃くなったり、陰毛が生えたり、女の人では初潮が始まったりという時期。わかりますね。その時期のだいたい一年から一年二ヶ月、もうちょっと前くらいからおかしくなりました。最初に気づいたのは、本人も納得して集中して何かをやろうとしていたんですが、我慢の限界がきて「アイスノン」と言いました。アイスノンを渡したら首根っこにつけさせます。しばらくしてどうしてかと聞きますと、上手には話せませんが背骨の中を熱いものが上がってきたと言いました。パニックっていうのは、そういうふうになるものかとその時は思ったんです。それから、髪の毛を引きむしってしょうがない子がいて、お母さんが頭を剃ってみたら、その子が本当に怒るとき、頭頂の辺が真っ赤かになって、そのお母さんびっくりして頭からシャワーで冷やしたという話もあります。それで友人の女医さんに話してみましたら、いつも日常的にそれを自覚しないから自律神経で、その伝わりようが自覚されるようだったら、本人は生きていくのに、大変辛いでしょうねって言われました。その後、息子は心臓の音が身体中に響いて、どうしても眠れないとも言い、何かの関係で身体の中の悶々としたものが、ずっと自分を責め立てるような時期になったらしいです。ちょっとした興奮で、耳をふさいだり、目を覆ったり、夜眠れない、拒食、自傷行為などが再び始まり心配しましたが、それは退行ばかりではなくて、ちょっとした変化ができていたんですね。自分の体を鏡に映していたとか、悪いことなんですが、踏切に石を並べて何かを調べていたとか、お友達に対してちょっとあこがれのようなものを抱いてきたとか、そんな変化もありました。けれども、もっとすごい事をする人がどんどん現れまして、例えば、眠りかけるときに眠るのが嫌で、そばに寝ていた妹につかみかかって、それこそ八つ裂きにするように荒れてしまったので、お父さんが一緒に寝るようになったら、お父さんまでその憂き目にあったとか。この人が養護学校に通うのに、一時間ぐらいバスに乗って行くのですが、その間に眠くなるんですよ。そうなると周りの人につかみかかってどうしようもないからって、バスから降ろされちゃったんですよ。そして今度は送迎することになったお母さんが被害に遭ったりして大変だったんです。自分が眠ると何かどうにかなっちゃうのか、その辺りが怖いのか、すさまじい抵抗をするようになったり、拒食になった人もいまして、食べないから水ばかり飲む、水を飲むと頻尿になる、頻尿になると性器いじりが始まる。私も夏休みに何回か、その彼と一緒に過ごしてみて、お母さんに体温を何日か計ってもらったら、外気温と一緒に彼の体温も上がるんですよ。これはたまったもんじゃありませんよ。小さい頃から夏になると水遊びが大好きで、しょっちゅうプールに行ったりしていたのは、もしかしたら自己防衛していたのではないかと思います。拒食で体力がなくなっているときに、プールなんかに行けませんので、昼間、体温が上がったときに、水風呂なんかに入れて何とか三ヶ月ぐらいでそれは切り抜けたのです。それから、どういうわけだか、遠くの方へ飛び出すんですよね、いろんなところへ迎えに行きましたが、「もういいです。そちらで預かってください。」と言ったお母さんがいましてね。でも、決して預かってくれないもんですね。だから大丈夫です。絶対帰ってきますね。それから、社会的に困ったこともあります。火に興味を持っちゃった子がいて、火をつけてまわって、これは大変なことになりました。
 こういう時期を通り過ぎて、実は二つのグループに分かれます。一つは、人前に出ても平気になって、自分で決着がつけられるようになる、自分が納得したことへ意欲を高めていけるというように変化します。もう一つはごろごろ気力がなくなって習慣は崩れて、全くよくなくなる。思春期を越えて二つのグループにお子さんが分かれるようになると、やっぱり、いい方のグループにお子さんが属するように努力をしていただきたいと思います。
 ある保健医学の会に出て聞いた話ですが、第二次性徴が外に現れるのは、性腺が発達して生殖器がちゃんと使えるようになるわけですけれど、性器をちゃんと育てるためには、身体の中に性腺刺激ホルモンが分泌されるのだそうです。それが一番盛んに分泌されるのが、第二次性徴の現れる一年くらい前だそうです。うちの息子のおかしな行動が目立ち始めたのとだいたい一致するんですね。これは個人差がありますが、女の人の方がスムーズといいますか、あまり嵐にならずにすむようですが、先程言いましたボディイメージがなかなか育たない、いろいろなことをして、外からの刺激でもなかなか育たない、けれども、この時期の内側からの刺激はどうしようもない刺激で、自分でいくら自分の肌を噛んでみても、それは自分の中からのものですから、それでもって、先程のイメージというのが内側からできあがるのか、その辛いおみやげですね。それがこの時期に当たるのではないでしょうか。私の息子が、僕の身体に運転手が入ったというようなことを言ったのです。不思議なことを言うなと、思ったのと同時になるほどとも思ったんですが、つまり、そういうふうに自分の身体というものを意識するのと一緒にその身体をコントロールするものがあって、自分というものができあがっていったんだと、大変幼稚な形かも知れませんが、彼は思春期を越えて話をしてくれました。そういうものができあがってやっとですね。自分に対して、決着ができるようになったとか、物わかりがよくなったとか、踏ん切りがよくなったと、そういうつきあいができるようになって、自分で自分を運転しながら、職員として働いております。
 
自立に向けて
 野村東助先生が、自閉症の子どもさんが思春期を越えて青年期を越えて大きくなってうまく適応していくためには、自分で決着することもあるんですが、いくつかのことをおっしゃっています。順番を待つとか、我慢するとか、折り合いをつけるとか、ここまでいくと大変楽になりますね。そういう力をつけていく必要がある、そんなふうにおっしゃっています。今、個として、自分の発達ということに焦点をあわせてお話をしてきたんですが、彼らが一番意識の中に入れられないものが「他」という自分以外の人ですね。もちろん自分が抜けていると、それは入らないかも知れないんですが、他人が自分と同じに欲望もあり主張もあるってことを意識させることがなかなか大変ですね。先程のセルフという自分ができるためには、絶対この「他」は分かっていかなきゃ駄目だろうと思うんですよ。それがこの世に生を受けて、一番最初に子どもの前に現れるのは、皮肉なことに母親ですよね。実は母親はその個体としては「他」であるにもかかわらず、我が子はぐくめの一番最初の羽でくぐみたいという気持ちがどうしてもたくさんありますよね。子どもさんのことを可愛がって、可愛がって、どうしても切り離せない人も中にはいますよね。私たちのグループのお母さんにもそういう人がいて、子どもが思春期になって自傷が始まって、ずっと密着していたから、自分とお母さんを切り離せなくて、自傷の代わりにお母さんをやるんですよ。それでお母さん、病院へということになってしまって。お母さんっていうのは、その子にとっては他の個体なんだから、すばらしい愛情を注いでくれたんですかなんて、ちっとも感じてないんですから、そんなことはやめて、お母さん、自分で自立してください。子どもと別の個体だと主張をどんどんやっていった方が他人ってこんなものだとあきらめます。あきらめるまでちゃんと自立していってほしいと思います。
 それから、やっぱり集団というのは望ましいと思いますよね。兄弟が多いほうがやはり我慢することが多いですよね、順番とか、我慢とか一番下の子を優先するみたいなことはしょうがなく雰囲気でだんだん納得していきます。そういうものは、兄弟が多い方がいいと思いますね。ものすごく過敏で、どうしようもない人を除いて、その子にできるだけ適した集団の中に入れた方がいいと思います。私の頃は統合教育とかが言われ始めた頃なんですが、普通学級がいいとか、普通保育がいいなんて言われて、そりゃいいと言われりゃ親なんて、そうじゃないかと連れていきますよね。でも、そこでほっとかれたりして、何にもならなかったりするようなこともあったんですが。私の息子は普通学級で通しましたのですが、それがベストだと思わないでください。普通学級にやったために、主人は職を辞めて自分の家で塾を開いて、その学級のエリート達を呼び寄せて小さな集団を作ってやったんですが、家の運営もめちゃくちゃになりますし、普通学級が必ずしもいいというわけではない。私自身は教員をずいぶん長い間やってきましたが、もし、私が普通クラスの担任で、そこへうちの息子のような子どもが入ってきましたら、五十分授業のうちの十五分、その子と同じ課題が出きるような授業をすると思うんです。でも、なかなかできないと思います。逆に言えば、普通授業の中の十五分をちゃんとその集団と同じ課題についていける人だったら、普通学級に入れてもいいと思います。しかし、それはだんだん高学年になると厳しいと思います。
 他者があって自分がある。そこで自分を抑えることとか、そういうものを含めて集団の中で育っていくことはとても大事なんだということ、その集団の一番基礎となるべき母親は毅然として、自立する必要があるということ。それで、そういうふうな家族集団の中で、一日のうち、一時間でも彼らが主役になっているという意識、それは大事だと思うんですよ。思春期になって、身体ができていって、そしてこれが自分なのかと思えてきて、自分が主役になって、自分の判断で物事を決着する、自分で選択する場面をたくさん作ることが必要だと思います。全然感動のないような顔をして、感情の育ちにくい人たちですけれども、達成感とか成就感とかあります。その気持ちは大事にして、自分が主役になったんだ、役に立ったんだという情感も先程のいろいろな過程の中で育てていくといいと思います。思春期を越えて、全く無欲動の状態にならないためにも、小さい頃からボディイメージを育てる取り組みとか、自分が主役になるような取り組みとか、そういうものを積み重ねて、それからもう一つ、生理的にきちんと汗をいっぱいかかせて健康に育てていきたい。そういう取り組みをいっぱいされてくると、思春期の嵐を結構うまく乗り越えられて、その後、割と決着のできるような人になっていくという、そういうお話をしたかったわけです。
 最後に、私どものはぐくみ園はどういうことをしているのか紹介したいと思います。寄居町というところにある三十人の通所の施設なんですが、夫が社会福祉法人の理事長になって、最初から法人規模で施設を作りました。福祉にロマンを、というのが夫の理想で、モットーです。やっておりますのは、炭焼きからバイオテクノロジーまでの作業です。十八歳からの人たち、入所の時に皆さん身体ばかり大きくなって、もやしみたいですので、畑作業、農耕作業でめいっぱい汗をかかせるようにいたします。それから炭焼き作業というのがありまして、ある雑誌に、私どもの炭焼きの炭だけではなく、煙から副産物としてしたたり落ちる水滴が木酢液とか竹酢液とかになりましてね、それを蒸留してお風呂に入れますと、アトピーの後の痒さをすっきりするとか載りましたら、全国から注文が来たりしました。炭焼きですが、太い楢の木なんてなかなか鋸で切れませんが、炭なら柔らかいですから、鋸でひけます。それでだんだん慣れてきたら柔らかい木を切らせ、それから硬い木を切らせてとか。炭焼きの窯の壁を塗るんですが、自閉症の子どもは全く隙間もなく、ちゃんと塗ってくれますので、指導してくださったおじいさんに誉められています。クッキー、パウンドケーキを焼く製菓班、野草茶を作ったり、クマザサ茶、ドクダミ茶とかヨモギ茶、ヨモギの入浴剤なんかも作っています。そういう製茶班、それから木工班、織物班は草木染めなんかをしてさおりで織っています。それらを製品化にできる製品化班があって、それからバイオテクノロジーをやっているバイテク班があります。私どもは少なくとも、自分で自分の力、自分の希望にあわせて班が選べるように、午前と午後は班が組み替えられたりして、オリジナルな作業ができるようになっています。福祉にロマンをの主人は今度、老人の保健施設を設立することにしまして、痴呆性老人と割とゆっくりペースの知恵遅れの人たちとドッキングさせた作業を考えています。それと私が今、近くに県立の川の博物館ができるので、そこに売店を出す準備を進めています。そこで少し社会との接点ができればいいなぁと思っています。
 三分の一の自閉症の人たちなんですが、あちらこちらの施設や病院で受取手のなかったという人がやってきましてもう四年目になるでしょうか、二年目に私どもは生活ホームを作りました。そこで生活しながら園に通ってきています。身体の方はその嵐を乗り越えて、一応今は落ち着いている状態になってはいるのですが、自我の方が育たないで、母親との関わりがなかなかクリアできなくて、問題ばかり起こしている人もいます。そんな人たちも受け止めています。ちょっと遠いですけれども、池袋から東武東上線の終点に寄居町というところがありますので、機会がありましたら、お時間を作っておいでください。
 
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