第10回講演会                1988年6月5日
                     於 尼崎障害福祉センター
「自閉症を中心とした発達障害の早期対応について」
                兵庫教育大学  藤田 継道 先生
 
はじめに
早期対応の話題
自閉症児への療育
兵庫教育大での取り組み
 




 
はじめに
 お忙しい中、日曜日にも関わりませず、多数ご参加下さいまして感謝いたします。本日、私がお話しいたしますことは、この会をご主催下さいました尼崎支部のお子さんは、この演題とはもう関係のない年齢に達しておられますので、尼崎支部のお父さんやお母さん方のニーズにあわないかと思います。そこで演題に入ります前に、今後の方針といいますか、参考になるだろうと思いますことを先に少しお話ししたいと思います。ご承知のように、自閉症というのは、1943年に、レオ・カナーが幼児精神病と言われる子どもの中から、早期幼児自閉症児を発見し、その後いろいろな歴史をたどってきたわけですが、日本でも最近では、自閉症児の精神科領域における考え方、あるいは治療方針、自閉の子どもに対する教育の在り方がずいぶん変わってきていますが、これはすべて、世界で一番自閉症児の研究が進んでいるアメリカの影響を受けているわけです。
 年長の子どもさんが、今後どのように歩んでいけばよいかということも、アメリカの事例でお話ししたいと思います。ご承知だと思いますが、アメリカでは今、グループホームというシステムが大変発展しております。私は昭和53年から54年にかけて、一年ほど、アメリカのカンザスという所に文部省の長期在外研究員で派遣されておりましたが、このカンザス州立大学のあるローレンスというところからグループホームのシステムが生まれました。グループホームというのは、さまざまな障害を持った子どもたちを何人か集め、仮の里親に預けて指導・教育してもらう制度です。里親(ティーチングペアレント)は、連邦政府と州政府が資金援助をして、子どもを育てた経験のある若いカップルを何組か雇います。何組かというのは、24時間勤務というわけには生きませんので、それぞれが休みを取る必要があるからです。この若いカップルに、行動分析学という学問に基づいた子どもの対応の仕方とか日常生活の指導の仕方を特訓し、一定の知識と技術をつけさせ、試験をし、その試験にパスしたカップルが里親になるわけです。連邦政府と州政府が借り受けた一軒の大きなアパートに、試験にパスした若いカップルが入り込み、その里親のもとに、新しい子どもとしてだいたい8人ぐらいの障害のある子どもが入ってきます。そこで日常生活の指導を受け、学齢期の子どもはそこから学校へ通いますし、就労年齢の人はそこから働きに行きます。
 しかし、このグループホームという制度は、最初から障害児のためにあったのではありません。家庭が非常に貧困で両親が子どもの教育もできていないために、犯罪をおかしたり、全く学校に行かなくて街で遊んでいる子どもたちを立ち直らせるために、個人の精神療法、カウンセリングではどうにもならないという結論に達した研究者たちが、まず子どもを家庭から離して、愛情豊かな教育をしてくれる両親、ティーチング・ペアレントに預けて、人はいかにして生きていくかということを、日常生活の中で教え込んでいく訳です。このようなシステムの導入によって、今までカウンセリングではどうにもならなかった子どもたちに劇的な効果が上がったわけです。それが契機になり、こんなすばらしい制度だったら、自閉の世界にも適応できるのではないかということで、一番最初にこのシステムに目を付けたのがUCLAのアイバーロース博士によってUCLAカマレロ州立病院を本拠にして、このティーチングペアレントシステムにもとづくグループホームの形態が採用されていくわけですが、その後このシステムは全米に広がってかなり大きな成果が上がっています。従来障害者というのは、出来るだけ人目につかないところにユートピア(コロニー)を作って、暖かい建物と清潔な衣類、おいしい食物を与え、この理想郷の中で人生をまっとうさせるのがいいのではないかと言われていたのですが、障害のある人も我々と同じように生きる権利を持った人間であり、我々と同じ社会に居住し、生活していくことで、我々もまた、人を人として認めていけるのでないかという考えから、大きな流れ(メイン・ストリーミング 主流)、あるいは健常者と障害者の統合(インテグレーション)あるいは脱施設化を壊してしまう(ディインスティチューショナライゼーション)あるいはこれらを一緒にして正常化していくということでノーマライゼーションとも言われていますが、この大きなうねりの中でコロニーが解体し、そして精神疾患のある人たちも知恵遅れ・自閉という障害を持った人たちが地域社会に帰っていきました。その地域への帰り方の一つのモデルとして出てきたのが、ティーチング・ペアレントによるグループホームでした。仕事のできるところまで発達した人は、そこから職場へ行くというシステムが徐々に確立してきています。職業的に自立していく上で必要な技能もティーチング・ペアレントだけでなくて、精神科医・クリニカルサイコロジスト(臨床心理士)・スピーチセラピスト・理学療法士も作業療法士も全部が一緒になってトータル・アプローチしていくわけです。こういうかたちで社会へ自立していく方法が今アメリカでできています。したがいまして、これが今後の自閉症児親の会の課題でもあり、学校教育終了後の子どもたちや両親が老齢化したときの問題として障害者が生きる権利を全うするために、みんなで考えていかなければならない大きな問題だと思います。重度の精神遅滞の子どもでも、きちんと就労の技能を教えていくと、社会に出て働き、働いた当然の報酬として賃金をもらい、それでレジャーを楽しむというところまで教育が進んできています。アメリカではスーパーバイザーの人が職場をまわって、きっちりと仕事ができているか、あるいは使っている側の人がその障害者に、精神的、肉体的にもさまざまなプレッシャーをかけていないか、スムーズに仕事ができているか、指導していくシステムができています。また、安上がりの労働力を調達するために障害者を使うというのではなくて、アメリカでは非常に進んでいまして、国も州立の機関も、市町村立の公共機関もすべてが障害者を何パーセントか雇用しないといけないことに決められています。そして、賃金で差別してはいけないことになっています。日本でも、このような制度をかたちだけまねするのではなくて、きちんと実施していかなければいけないと思います。以上、年長の方に参考になるかと思いお話ししました。
 
早期対応の話題
 続いて本論に入り、最近の自閉症児の早期対応の問題についてお話しさせていただきます。早期対応は診断が早くないとできません。だから、診断の簡単な障害から早期治療、早期教育がスタートしているのはご承知の通りだと思います。ご存知、染色体異常で知られるダウン症の場合、早期教育が非常に進んできています。昔はダウン症の子どもは思春期ぐらいまでしか生きられないと言われ、また染色体異常のせいで、教育ではどうにもならない重度の知恵遅れになるといわれていましたが、ところが今では60歳に手の届くダウン症の方がいますし、早期教育が開発され、(ワシントンプログラム・ポーテージプログラム)生後数週間から実施していきますと、今では知恵遅れと診断するには知能が高すぎるダウン症の子どもさんがたくさん出てきています。早期に診断できれば早期に対応できる方法が開発され、障害が克服できるという典型的な例です。肢体不自由児の世界でも、つい最近まで脳性マヒの子どもさんは、医師から「お気の毒ですが、打つ手がございませんので、おあきらめ下さい。」と言われていたのですが、ボバーズ法とか、ボイタ法という優れた指導方法が開発されて、障害がずいぶん軽減されるようになってきています。やがて、自閉症の子どもさんにも確たる早期診断の方法が確立され、早期教育の方法が開発されて、自閉症の子どもさんがどんどん伸びていく時代がくると思いますが、今のところ、早期の鑑別診断がつかないために、まだ早期教育の方法が開発されていません。しかし現時点で到達しているところまでのお話を、アメリカを中心にしてお話しさせていただきます。
 はじめに復習になるかと思いますが、自閉症はレオ・カナーが1943年に提唱して以来、ベッテルハイムなどによって、20年ぐらい、冷たくて反応性の乏しい親のせいによって引き起こされる情緒の障害であると言われていましたが、今では(1984年)、リツボとフリーマンという人によって、多くの生物学的な原因にもとずく認知・コミュニケーションおよび社会性の欠如を特徴とする発達障害といわれています。第一の問題として、自閉症児の出生率ですが、一万人に対し、4〜5人生まれます。したがいまして出現率は0.04パーセントないし0.05パーセントです。これは全米自閉症協会が1978年に、かなり大がかりな調査をして明らかになった数字です。第二の問題として、自閉症児の80パーセントが何らかのかたちで発達の歪みや遅れを持っている、言い換えますと自閉症の子どもの80パーセントが知恵遅れを伴っているということです。第三番として、自閉症と関連のある疾患にはどういうものがあるかということで、ウィングとグッドという人が1979年にかなり大がかりな調査をして、いくつかのことが解りました。先天性風疹・脳炎・髄膜炎・幼児のけいれん発作・てんかん・仮死分娩の子ども・フェニルケトン尿症・結節硬化症これらの疾患が自閉症と関連があるのではないかと推測されています。しかしながら、現時点では自閉症の原因を特定することはできていません。ただし、自閉症の一般的にコンセンサスを得られている考え方は、多次元の生物学的な原因による症候群であり、その起源は幼児期にあるというものです。親の子育てが悪くて自閉症になるのではなく、卵子と精子が受精して、細胞分裂を繰り返しながら子宮にたどり着き、着床して徐々に胎児が育っていくわけですが、その過程ですでにどうも障害が起こっているらしいということが認められてきています。従いまして、1940年から50年代には、カナーが自閉症というのは上流階級の高学歴の両親の家庭に出生率が高いと言っていましたが、1979年に、ショプラーのグループがかなりしっかりと調べなおし、自閉症は社会階層や親の学歴とは全く関係が無いという結論を出していますし、リツボとフリーマンという人は、自閉症児は世界中どこでもどんな階層の家庭でもどんなタイプの家庭にも等しく出現するし、その臨床像はきわめて類似していると断言しています。ですから親の育て方とか、家庭に問題があるのではなくて、生物学的に疾患があるのだと考えていただいて結構です。次の課題として、自閉症児は、男と女の割合が世界中等しく四対一で出現すると言われています。この自閉症の男の子が女の子より四倍も多いのはなぜかということが、今後の研究を進めていく中で、大きな手がかりになるかも知れません。次の問題として、たとえば脳性マヒでしたら、脳性マヒというカテゴリーの下にもう一つカテゴリーがあり、けい直型、スパスティック型、アテトーゼ型、リジッド型など、いろいろなタイプに分類されていますが、自閉症についてもカテゴリーに分けようという試みが、何人かの研究者たちによって行われてきましたが、残念ながら、まだ的確なカテゴリーに分類することに成功していません。ただしショプラーのグループ(1980)が、自閉症児評定尺度という尺度を作り、この尺度によって自閉症児の障害の重さの程度をはかれるようになってきています。この尺度によりますと、評価得点の低い障害の重い子どもについて予後が良くないということが追跡調査で明らかになっています。どういう行動を基準にしてみるかというと、一つは知能です。知能の障害の程度が予後を予知する一つの基準になりうるわけです。もう一つは五歳までに、どんなかたちであろうと、自分の意思伝達機能としての何らかの音声を発しているかどうかということです。IQでいいますと、50が一つのラインだろうとラター(1978)は言っています。
 続いて最近の一番新しいラターの自閉症の定義ですが(1978)、彼は
一、人との社会的関係を持つ能力の欠如、もしくは遅れ
二、言語認知の障害
三、強迫的な固執傾向の問題
この三つを基本障害だといっています。
 それから全米の自閉症協会はNSACというのですが、NSACの定義(1978)は
一、発達の速度と発達の順序性の障害である。
 1.運動発達 2.社会性と適応の領域 3.認知・言語領域 この三つの領域のどれかは年齢相応に発達していくけれど、他の領域が遅れたり停止してしまったりする。あるいは健常児と同じような発達をたどらない。
 (1)粗大運動はよくても微細運動はよくない(走ったり跳んだりはできても手指の動    きがよくない)
 (2)ある年齢まではごく正常に発達するが、その後停止したり遅れたりする。
 (3)ある年齢までの認知の発達は正常であるが、その後遅れたり停止したりする。
 (4)象徴機能の形成不全(見立て遊びができない)
 (5)模倣がきわめて貧弱
 (6)睡眠のリズムの障害
二、感覚刺激に対する反応の障害
 (1)多動、寡動または両者が交互に出現する。
 (2)視覚の問題
    近視でもないのに近づけてみる。視線があわない手をじっと見る行動、電灯のス    イッチをつけたり消したり繰り返す特徴、うつろな定まらない目をしている。も    のを正視しないでちらりと見るがしかしよく見ている。
 (3)聴覚の問題
    自分の発する声を耳の後ろに手をかざして、直接耳に入れるような行動、音の大    きさに不適切な反応をする(ひとの大きな声に反応しないのに紙袋なんかの小さ    な音に敏感に反応する。
 (4)触覚の問題
    さわる、さわられる、痛み、温度の感覚に不適切な反応をする。
 (5)前庭覚の問題
    ロッキング、体ゆすりに没頭するとか、ぐるぐるまわりをしたり、ものをぐるぐ    るまわす特徴
 (6)視覚、味覚の問題
    不適切に物を嗅いだり、なめたりする特徴、食物の好みが奇妙な偏りをしている。 (7)固有覚の問題
    姿勢に問題がある。あるいは運動のコントロールがきかなくて、ぱっと飛び出し    ていったり、手をひらひらさせたり、顔をチック状に歪めたり、筋運動の感覚で    もって、内部に情報を取り入れるところに何か問題がある。
三、話し言葉とその背景にある言語・認知、ノンバーバルコミュニケーションに障害があ  る。
 (1)話し言葉がないか、あるいはきわめて遅れる。話し言葉がある場合でも文構造が    貧弱であり、フラットであったり抑揚のない話し方、またはエコラリアがあった    りする。これは知らない内容について聞かれたときに、同じことを繰り返すが、    知っている内容についてはちゃんと返答ができる。エコラリアにも二種あって、    即時エコラリアとテレビのコマーシャルをぶつぶつ言っているような遅延エコラ    リアがあるが、しかし、エコラリアのある子どもはない子どもより予後がよい、    しばらく話し言葉があったのに消えてしまったり、また出てきたり、出たり消え    たりの特徴がある。
 (2)シンボル機能の形成が非常に遅れている。
    言葉の中核はシンボル(約束された記号)の操作ですから大変な精神発達が必要。    ごっこ遊び、象徴遊び、見立て遊びなどができない。
 (3)貧弱なノンバーバルコミュニケーション
    普通は、音声言語が出てくる前の子どもたちでも、さまざまな形でコミュニケー    ションをしている。たとえば、赤ちゃんは空腹になったり、おしめが濡れたら泣    く、泣けばお母さんがやってきて、その原因を解明し取り除いてくれる。それに    よって赤ちゃんは、泣くことによって、自分の意思を他者に伝達する手段として    使えるようになってくるが、自閉の子どもはこの時期から非言語的伝達行動の発    達も遅れていく。
四、人、事柄、事物を関連づける能力の障害
  たとえば、バットとボールと野球選手がいて野球場があったら、象徴機能の形成がで  きている子どもだったら、一つの野球という形で結びつけることができるし、切手と  封筒とポストと郵便配達の人を見れば、それらをきちんと関係づけることができるが、  自閉の子はできない。人、事柄、事物を結びつける能力の障害の中にあげられている  ものとして、
 (1)微笑反応の遅れまたは欠如、見知らぬ人への恐怖。
 (2)外から働きかけても知らん顔をしている引きこもり。
 (3)抱かれることへの抵抗
 (4)抱かれることに抵抗したり、上手に抱かれたり、おんぶされようとしない。
 (5)いないいないバーとか、おつむてんてん。童謡にあわせて踊ったりすることが下    手、なかなか興味を示さない。
 (6)愛着行動を基盤とした親子、養育者と関係がつきにくい。
 (7)協調遊びができないし、友人関係ができにくい。
 (8)遊び道具を不適切に使ってしまう、その目的にあった玩具の使い方ができない。    ごっこ遊びができない。
 (9)物を常同的、反復的に使うことが多い。
 (10)決まりきったことの変化に対する抵抗、同じ道しか通れないなど。
 (11)危険対する反応が乏しい。急に飛び出したり、高いところに平気で登ったりする。
 (12)その場に応じた泣き方、笑い方が下手。人が泣いているのを見て笑ったりする。五、これらの障害が生後三十ヶ月以内に出現する。
 以上のようなことが自閉症の特徴として、最近では細かく取り上げられるようになってきています。自閉の子の発達の過程を見ますと、幼児期、特に早期の場合には、他の障害児との鑑別診断がつきにくいため、たいていの小児科医や精神科医は「しばらく様子を見ましょう」と言って、指導開始の時期を逃してしまう。それまでに今あげたような、さまざまな特徴を示しているけれど、知恵遅れの子どもと類似した行動があったりして、よほどの専門科医でないと「これは自閉症だ」と言うことを見抜いてもらえないで、適切なアドバイスが得られず指導開始の時期が遅れてしまう。これはアメリカでも同じです。従いまして、発達の過程というのは、先ほど大きな四つのカテゴリーで特徴をお話しましたが、完全に的確に、他の障害と鑑別診断ができるほどの違った発達をするわけではない。中には健常乳幼児でも示す行動がたくさんあり、ごく初期の発達のプロセスが的確でないので、特に今あげた中で、今までに頻繁に見られる行動特徴として、
 (1)親がだっこしたり、おむつの交換をしたり、授乳の際に抵抗を示す。
 (2)あたかも聾児のように人の声に反応を示さない。
 (3)感覚刺激に過剰に反応を示す。
    ある特定の音にきわめて大きな恐怖を示したりする。
 (4)抱かれることを予測して、体をあわせることをしない。
 (5)模倣行動は示さない。
 この五つが自閉の子の最早期の特徴と言われています。国立特殊研究所の平井先生がかなり大がかりに、自閉の子どもの妊娠から出産まで、あるいは出産直後に何か無かったか調べられましたが、五割ぐらいまでが、泣かない、寝ない、ミルクを飲まない、ミルクを吐くなど、何らかの障害があったようですね。
 
自閉症児への療育
 だいたい、以上のようなことが自閉の子の早期の特徴としてあげられていますが、今から自閉症の子どもたちにどういった取り組みがなされているかお話ししたいと思います。 ご承知のように、自閉の子は親の養育の失敗によって心を閉ざしてしまったとされていたので、全面受容、すべて認めてあげて、心を開かせれば、自ずとよくなると考えられていた時代が長かったのですが、その後、多くのデーターを調べた結果、そのように接して、自閉の子どもが治ったケースがない。ある程度までは改善されたけれど、それから先は愛と受容だけでは良くならないということが解ってきた。障害児教育は、すべての教育の原点であるとよく言われていますが、障害児というのは、一人ひとりの障害の種類、程度が違うのですから、一人ひとりに応じた教育をしていかなければいけないのです。ところが普通学級では、四十人、四十五人を一緒にして平均的な人間の教育をしているわけです。障害児学級というのはその子ども一人ひとりの障害を理解し、その子どもの個性や特徴にあった教育をしなければいけない。その子どもを理解するためには自分の価値観でもって怒ったり叩いたりするのではなく、どうしてこの子はこんな事をするのか、きっと何か原因があるのに違いないということを考えていかなければなりません。その背景には愛情が必要です。障害児教育の基本は愛情です。愛情なしに障害児教育はできません。もし障害児を好きになれないのなら、障害児教育を早くおやめになったほうがよろしい。どうしたらこの子どもたちを伸ばしていけるだろうかと、日夜工夫し苦労するのがプロだと思います。
 今、私の所に相談に見えているケースですが、これは交流している普通学級の先生ですが、たまたまその子どもは人の体に興味が出てきて、今まで物にしか興味を示さなかったのですが、人に興味を示し、人の体に興味を感じ、さわるという形で行動し、相手が返してくれるさまざまな反応を楽しむようなレベルまで成長してきたのですが、本当は喜ばなくてはいけないのですが、そういう見方ができないで、「なんで女の子をさわる」とパチンとやってしまったのですね。子どもは泣いて帰り、学校へ行かないと言っているのです。こういうことが起こらないよう子どもの立場になれる愛情が必要だと思います。最初、自閉症教育は全面受容の愛情だと言われていました。愛情は基本ですが、それだけではよくなりません。確かにすり寄ってきたり、甘えたりの愛着行動を示すようにはなってきますが、社会性、言語、対人関係、日常生活のスキルは身に付いてきませんでした。1960年代の半ばから、ロバース教授が自閉症児に対して、細かいプログラムを作り、言語を出させる指導をしていったのです。その結果、指導場面で教えたことは指導場面では使えるようにはなってはきたが、日常生活の中で、それを生かせるようにはなっていかなかった。それで1980年代になって、ロバースの所では今までのやり方を変更し指導するようになってきました。
一、三歳半までにロバースのやったような集中指導体制の中に入れておきたい。
二、指導場面だけでなく、日常生活場面でも使えるように指導していく。
三、教師は親とスクラムを組んで、共に指導教育を考えていかないと成功しない。
四、時々、思いだしたように指導するのではなく、週40時間ぐらい、集中的に指導しな  くてはいけない(学校・家庭)
  1.一番最初は個別指導から始める。
    いきなり集団の中に入れるのではなく(集団は大切ですが)他人に注意を向ける    ことから始める。その子どもが今、何に興味、関心を持っているか充分に調べ上    げ、それを教材に取り入れ指導していく。
  2.簡単な指示に従えるように指導していく
    いらっしゃい、座りなさい等、いつできるかは子どもの発達待ちですが、指導方    法としては、その子どもに声かけをして、モデルで示し、あるいは身振りで示し、    それでもだめな場合は、その子どもの手を引くか、あるいは後ろに回り、必要な    身体部位を介助して教えていく。
  3.常同行動に没頭しないように働きかける。
    我々の調査では、退屈で、する事のない時に、繰り返しの常同行動にでるので、    そんな場に、我々の言葉に振り向かせるためには、やはり体に手をふれて、その    子の興味、関心を示す教材を提示しながら話しかける。むりやり座らせたり手を    縛ったりはしない。
   これら三つが初期の基本的指導の方法です。
認知・言語の障害
 (1)言語をどうして育てていくかというと、従来のやり方でなく、大阪教育大の竹田    先生がやっておられるインリアルセラピーのような方法、つまり状況に応じ子ど    ものニーズ・興味・関心を大切にして、お母さんの指導も並行して行いながら、    子どもと親、もしくは他人とのコミュニケーション行動を形成するよう指導方法    が開発されています。その場に応じて、適切な反応を引き出していくような指導    方法、日常のいろいろな場面での瞬間、瞬間の子どもの自発反応を引き出しなが    ら、それに応答していく指導方法がいろいろ開発されてきています。
 (2)自分の行動と、家族や他人のいる場面でも、さまざまな言語を発展させるような    指導を展開させていく必要がある。
 (3)ここまで進んでくると、健常児の幼稚園や保育所に入れてあげるわけです。受け    入れ側とよく話し合って理解を深める。共通理解の上に立って接していく。
 (4)先生と親は指導教育の役割を取り付けていく、できるだけ子どもの自発行動を出    すようにする。いつもこちらが指示を出さないと動けない子どもになっては困る    から、日常生活の中で、行動の手がかり刺激になるようなものをいかに上手に作    り出していくか、これは工夫しかないのですが、例えば移動するときなど電車を    使って、一番前に先生、後ろに軽い子、真ん中に思い子を入れて移動するとか、    お母さんが子どもと手をつなぐときもお母さんの方がつなぐのでなく、子どもの    ほうから握らせるようにし向けて行くなどの工夫をしていく。次に、このような    やり方で、集中的な早期教育をやった結果、自閉の子がどこまで伸びていったか    ということをお話ししますが、ロバースの所では、自閉の子の50%までが、知    能がほぼその年齢相当に達し、普通の学校に行っています。普通学校の中でも、    それほど大きな障害を伴わずに健常児と共に授業を受けています。もっと早期に、    もっと細かい個々のニーズに応じた教育をしていけばもっともっと伸びるのでは    ないかとロバースは考えているようです。これを実施するのは本当は大変なので    す。教材一つの工夫から子どもの指導の方法にいたるまで、ずいぶん吟味して、    しかも瞬間瞬間に応じて、対応していくような方法を講じていかなければいけな    いと思っています。実際はそう簡単に思う通りに、次から次へと子どもがかわっ    ていったわけではありません。ある時は停滞し、ある時は後戻りしながら、徐々    に徐々に子どもは伸びているのです。しかし、教育をすれば、子どもは着実に伸    びていくということだけは間違いありません。
 
兵庫教育大での取り組み
 最後に、私たちのところでやっていることをお話しします。音声言語の出てきて、かなり言葉のコミュニケートのついた子どもは教育しやすいですね。学校の先生もみんな音声言語で教育しています。私が久里浜にいましたとき、学校の先生方が「この子どもたちは入学以来非常によく伸びてきた。理解言語が相当発達してきた。」とおっしゃるんですね。私はそのとき思いました。待てよ、本当は違うのではないかと、この子どもたちは音声言語に適切に反応しているのではなくて、周りの先生方の言葉と一緒に発している視覚的手がかりに刺激反応しているのではないかと、その時間はこう行動するという状況判断で理解しているのではないかと、従って、本当に音声言語が的確に発達しているかどうかチェックしてみる必要があると思い、それを確かめるために、先生に「今日は一日、先生は音声言語を一言も使わないで、一言も口をきかないで授業してみて下さい。」とお願いしました。すると何の混乱もなく、子どもたちは一日を過ごすことができました。次に日を変えて、「今日は先生方は、身振り、手真似、視線は全く使わないで授業してみて下さい。」と頼みました。そしてサングラスをかけ、マスクをして、手袋をはめて授業してもらいました。子どもたちは大混乱でした。また日を変えて、今度はスピーカーだけで子どもを動かしてもらおうと思いました。子どもは全く動きませんでした。だから理解言語が発達していたのではなく、先生方の発している視覚的手がかりに反応していたことが裏付けられました。こんな事もありました。名前を呼んだら「はい」と返事をするようになったと言って、みんなで喜んでいました。当時の首相は田中角栄でしたが、その子どもはたまたま田中××という名前だったんですが、「田中××さん」というと「はい」と手を挙げるようになり、みんな喜んでいましたが、私はそうではないと思い「田中角栄くん」と呼んでみたんです。すると「はい」と手を挙げたんですね。そして、横を向いて「田中××さん」と言ったら、知らん顔でした。
 そこで、音声言語のない子どもたちの指導ですが、自閉の子どもたちは視覚弁別の能力が高いというのが、私の長い臨床体験の結論ですが、これは私だけでなく、アメリカのシェーファーという研究者が、彼らに視覚運動系の言語、サイン言語を教えて、片方では音声模倣の指導をしていって、そしてサイン言語と音声言語をくっつけて指導しました。まず最初は発声することを喜んであげることから始めます。発声することができたら第一関門通過です。我々が最初に教えるのは「チョウダイ」ですが、欲しい物があるとき、自閉の子は指さししませんね。クレーン現象ですが、こういうとき、欲しい物を手の届かないところに置いてみます。彼がその方向を見たら、彼の手を取り指さし行動をさせ、その手を取り「チョウダイ」のかたちをさせます。そうすると欲しい物が手にはいるということを覚え、身振りが身に付いてきます。そうすると次は発声です。先生が何か言ったら発声するという、音声の模倣にはならないが、発声の模倣につなげていきます。こうして何かの状況に合わせて、身振りを出しながら発声するということを覚えさせていきます。そして、そのうちに長いことかかりますが、音声の模倣ができるようになり、やがて、身振りの内容が言えるようになり、バイバイとか、パパ、ママとか言えるような段階になってきたら、今度はそっと手を握ってあげて、音声だけ出させ、身振りを使わないようにさせます。そうすると自閉の子も、やがて音声言語を身につけていくというのが、シェーファーのサインド・スピーチ、S・S法と呼んでいますが、このサインド・スピーチ法が、全く言語のない子どもたちの言語指導に、きわめて有効な方法であるということが、アメリカではだんだん解ってきて、日本でも少しずつ取り入れ始められています。日本でそのことが一番進んでいるのは、愛知県の発達障害研究所の言語部門西村弁策先生のところで、先生はたくさんの実践報告を持っています。
 私の所にも、小学校の六年生が終わるまで音声言語がなくて相談に見えた子どもがいますが、サインの指導をはじめましたが、一年に数個しか覚えませんでした。それでもサインを少しずつ覚えて、サインでコミュニケートすることを覚えはじめ、お父さんが「この子は人間らしくなった」と言われ、お父さんがかわられ協力的になってこられました。それから五年後、16歳ぐらいになって、その子はテレビで早稲田と慶応のラグビーの試合を見ていましたが、「ケイオウ、がんばれ」と言ったのですね。突然にです。いつ花開くか解らないものです。実際に、言語の臨界期は5歳であるとか、あるいは10歳であると言われていますが、非常にきっちりと、長い年月に渡って指導していったら、私は言語の出現には遅い時期はないと確信しています。ただ時間がかかります。とても長い時間がかかります。今、自閉の子どもではありませんが、多動で声帯を振動させたことのない、単語理解の語彙の発達を見ると、300ぐらいの物の名前を知っているのですが、発声の全くない重度の知的障害の子どもさんが我々の所に来ていますが、週に2回、1回に2時間ぐらいの指導を大学で受け、家でお母さんが毎日一時間指導しています。週十時間、毎週指導しているわけですが、彼は高校一年、16歳ですが、今、いくつかの音声を出し始めています。まだ、言葉といえるようなものではありませんが、きっちりと、体系的に根気よく指導していったなら、早い時期に比べると、効率は悪いけれど、言葉の出る可能性はゼロではない。今後の指導次第にかかっていると思っています。
 私が申し上げたいのは、どんな子どもでも可能性があるということ、そして、その可能性を信じつつ、基本には障害児に対する愛、というより自己愛、人間愛ですね。それを背景にして、さまざまな工夫をして、出来るだけ子どもの発達を促進していくような指導に取り組んでいただきたい。最後に、この福村出版から出ています「自閉の扉を開く」とえう本を皆さんにお勧めしたいと思います。「自閉の扉を開く」(我が子ダークとの16年、ベルタ・ティーメー著 中野善達・中野きく訳)視覚指導はどうするか、聴覚指導はどうするか、触覚指導はどうするか、嗅覚・味覚の指導はどうするか、あるいは粗大運動や微細運動はどうするか、お母さんが苦労しながら、実にすばらしい指導をしています。専門家以上です。具体的に、皆さんにも、明日からすぐに役に立つと思いますのでおすすめします。
 さて、最後の結論ですが、子どもの発達診断をまずすること、そして、その子どもの発達水準をおさえたら、その発達水準にどういう課題が組めるか、親とよく話し合うこと、そしてどういう声かけをして、もし子どもが反応しない場合は、どういう介助の仕方が必要かというところまで明確にしておくこと、できたときは、子どもと一緒に心から喜んであげること、これが基本です。ベルタ・ティーメーさんもやっておられますし、アメリカの全部のプログラムがそうなっています。それから一つお願いですが、できない場合、子どものせいにしないで下さい。できないのは教える側の考える方法が子どもにあっていないと、そう思って下さい。自分の計画した課題が高すぎたり、あるいはステップが粗すぎたり、子どもの状態が悪いのを見抜けていなかったり、課題に興味を示していなかったり、何か原因がありますので、私が間違っていたと、初めからもう一回考え直してみて下さい。子どもがかわっていかないのは、子どもが重いからではなくて、我々の教育の仕方がまずいのだということをいつも念頭に置きながら教育に工夫をしていっていただきたい。それが私の最後のお願いです。
 
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