名前


  
 桜吹雪の部下が後先考えず愚かにも発砲した結果、豪華客船とは名ばかりの旧式の船は炎上した。

 無事脱出した青学レギュラーたちは救命艇の上で安堵の溜め息。

「みんな無事で良かったにゃ〜」

「そうだね」

「そういえば、英二に桃、怪我はなかったのか?」

 青学の母大石が今更だが二人の状態を確認する。

「平気だにゃ」

「平気っす」

 声を揃えて返ってきた。心配はいらないようだ。

「大石先輩。二人は殺そうとしても死なないっスよ」

「なんだと! どーゆー意味だよ越前!」

「言葉通りっスけど?」

「おちび酷いにゃ! 桃はともかくオレは普通の人間だにゃ!!」

「猫語しゃべる人が普通なわけないっスよ」

 リョーマの言葉に話題の二人以外は大なり小なり笑っていた。

 場の雰囲気がガラリと変わった。





「この話は取りあえず置いとくとして、お前リョーガって兄貴との試合どうなったんだ?」

 気になっていたのか全員の視線がリョーマに集まる。

「勝ったっスよ。当然でしょ」

 いつもならもっと生意気さが出ていてもおかしくはないはず、けれど今は少し覇気がない。

「どうしたんだ越前?」

 いつもと違う反応に戸惑いながら桃城は問う。

「別に何でもないっス。ただ、最後まで名前呼ばなかったなぁと思って。お互いに」

「そういえばそうだな。なんか理由でもあんのか?」

 ちょっとした疑問。けれど時には案外重要だったりする。

 リョーマの思考は初めて対面した時に遡る。







 ある日、突然何の前触れもなく、南次郎が自分に、

 いや南次郎に良く似た自分より少し年上の子供を連れて来た。

 兄だと紹介されたが血の繋がった兄ではないと当時5歳だったが本能で感じていた。

 だから、あの頃も兄とは呼ばなかったし、名前なんてもってのほか。

 記憶にあるのは現在と同じねぇとかアンタだ。

 リョーガもリョーマを名前で呼ぶことはなかった。リョーマの知る限りはであるが。

 会った瞬間から「チビスケ」がリョーマを呼ぶときの名前になったのだ。







「……前。おい、越前!!」

「え? うわっ!?」

 身体を桃城の馬鹿力で揺さ振られ、らしくないほど慌てた。

「何するんスか! ここが救命艇の上だって分かってますか?」

「悪い、悪い。お前が呼んでも返事しねーからさ」

「アノ人と初めて会った時のこと思い出してたんス」

「越前。その言い方おかしくないかな? 兄弟なのに初めて会ったって」

 さすが不二。些細なことも見逃さない。

 他のメンバーは指摘されて気付いたようだ。

 仕方ないという溜め息をつくとリョーマは知っていることを話し出した。

「アノ人は本当の兄貴じゃないっス……」









「ふ〜ん、そーなんだ。で、何で名前呼ばないんだ?」

 桃城が話を最初に戻す。

「なんでだろ? 俺も分からないっス。あえていうならなんか悔しいからかな? 向こうはチビスケしか

呼ばないから。俺だけ呼ぶと負けた気がするっス。だから、試合して勝ったら名前呼ばそうと……」

「おちび勝ったんじゃないの?」

「……思い出した。そっかだからあんなにムキになって試合してって言ってたんだ」

「おちび??」

 返事とは異なることを呟きだしたリョーマに菊丸は疑問を飛ばす。

 けれど、答えは返ることなく、リョーマは自己完結していた。

 桃城と菊丸だけは返事のないリョーマに文句を叫んでいるようだが完全に無視。

 二人以外の不二たちはリョーマの表情がすっきりしているため、珍しく余計な詮索はしなかった。





「次はいつ会えるかな? リョーガ」





 リョーガが行ってしまった海に向かって呟いた言葉。

 囁きともとれる小さな、小さな声は周りが騒々しいため誰にも聞こえることはなかった。




     −END−

     
   ◆◆コメント◆◆    第二弾です!?    今回はリョガリョではなく、リョガ←リョです。    リョーガが旅立った後の数分を捏造してみました(笑)    だって作中でお互いに名前呼ばないんだもの!?(私の記憶が確かなら/笑)    本当はもっとラブラブ(死)な話の予定だったんですが、    リョーマのリョーガに対する思いみたいになってしまいました(-.-;)    次はどんな話にしようかな??   2005.2.8 如月 水瀬   room top