君という光 番外編2


  





「景吾ー。ご飯の用意できた!」

 窓際に置かれているフカフカの淡いブルーのソファー。そこに遠慮なく寝転び文庫本を手に持て余

すようにして読んでいるのは、この部屋の主なはずの跡部景吾14歳。都内の名門私立校氷帝学園の

男子テニス部の部長兼生徒会長である。しかし、いつもの主導権は彼には微塵もなかった。今現在主

導権を握っているのは彼を呼んだ人物。氷帝のライバル校である青春学園男子テニス部ルーキーの越

前リョーマである。しかもリョーマがいる場所はどうみてもキッチン。外での跡部しか知らない者が

見たら卒倒してしまいそうな光景だ。下の名前を呼び捨てにし、我が者顔で跡部の部屋を歩き回る。

命が惜しくないのか?と問いただしたい衝動に駆られるかもしれない。けれど、二人には他人が知ら

ない絆がある。それは切っても切れない強いもの。いや、正確にはもう一人いる。その人物もまた他

校のテニス部に所属しているもので表向きの関係はライバル同士である。彼も来たいと駄々を捏ねて

いたのだが、跡部が冷たく丁寧に断ったのである。邪魔者はいないに越したことはないのだ。



「景吾? まだ痛むの?」

「そうじゃねぇよ」

 呼んでも何の返事もない跡部に、少し前に自身を庇って受けた傷がまた酷く痛み出したのではと懸

念し、表情を曇らせるリョーマに跡部はすぐさま否定の言葉を返す。そしてその言葉が偽りではない

ことを証明するためにすぐに立ち上がり、昼の用意がほぼ出来ているテーブルの席に着いた。

「ほんとに大丈夫?」

「あぁ。あの時にも言っただろーが、俺はんなやわじゃねぇって。聞いてなかったのか? あーん?」

「聞いてた。けど……」

「腹減った。冷めない内に食うぞ」

「あ、うん」

 三人で元の世界に戻って来てから一週間ほどが過ぎていた。











 ほとんど一か八かの賭けのような感覚で飛び込んだ次元の穴。

 目を開けた瞬間視界にうつったのは純和風のリョーマの家だった。

「……還って…来れた?」

「みたいだね」

「……っ」

 ほっとした瞬間跡部の微かな苦痛を堪える声が静かな夜の住宅街には、一際大きく響いた。

「景吾っ!?」

「ん〜。ちょっと急がないとだね」

 次元の穴を潜る前よりも顔色が悪くなっているのは決して夜の闇のせいだけではない。リョーマが

どこに連れて行けばいいのか迷っていると救いの手が差し伸べられた。それもリョーマにとっては意

外な人物から。

「早く家に連れてきなさい」

「えっ!?」

 振り返るとリョーマの母である倫子が門の所まで出て来ていたのだ。

「母さん……」

「今はそれどころではないでしょう? 千石君、跡部君を連れて来て下さるかしら?」

「はい」

 倫子の言葉に間髪入れず答えを返すと、リョーマの手を引き家の中に入ったのだった。

 跡部を連れた千石は倫子と一緒に奥の部屋に入っていった。リョーマも当然ついていこうとしたの

だが、南次郎に止められてしまった。どんなに食って掛かっても南次郎は引こうとはせず、リョーマ

は奥の部屋に入ることは出来なかった。そして菜々子が入れてくれた甘いホットココアを飲むと疲れ

が限界にきていたのか、それとも他に何か原因があるのか、リョーマは飲み干す前に畳の上に転がっ

ていた。そして気付いたら既に太陽は昇り、いつもなら二時限目の授業が終わる頃になりようやく目

を覚ましたのだった。

 最初はどこにいるのか分からなかった。けれどすぐに頭に浮かんだのは怪我をした跡部のこと。三

人で還って来たことを思い出し、急いで一階に下りる。

 昨日は入れてもらえなかった奥の部屋。そこを仕切る襖を乱暴に引き開ける。

 跡部は乱れのない呼吸をしながらぐっすり眠っていた。

 安心したと同時に腰が抜け、ずるずるとその場にしゃがみ込む。

「もう大丈夫だよ」

 背後からかけられた言葉に振り返ると、千石が柔らかい笑みを浮かべている。

「キ…ヨ……」

「うん。もう大丈夫。跡部君は元々丈夫だからね」

 言葉で語らなくても、その大きなアーモンド型の今はどこからみても黒い瞳が言いたいことを語っ

ていた。

 それから2、3日は跡部も千石もリョーマの家で過ごし、それぞれの家に帰っていったのだが、リ

ョーマは納得がいかない。けれど跡部もこれ以上リョーマの家族に迷惑をかけたくなかったため、不

貞腐れるリョーマを気にしながらも自分の家に帰ることを選んだのだった。そして次の日から、跡部

が来ないなら自分が行けばいいのだという考えに至ったリョーマは倫子に承諾を取ると早速跡部の家

に乗り込んだのだった。











「なんかあの時の体験が夢だったように思えるけど……現実なんだよね…………」

 お腹いっぱいになり片付けも終えて、二人はソファーに座り跡部は文庫本の続きを、リョーマは家

から持ち込んだゲームをしていたが、ふと手を止め呟くと跡部の肩口から覗く白い包帯に視線を止め

る。

「……いいかげんにしろよ? 俺はもう大丈夫だって言ってんだろーが」

 大きな溜め息を吐きながら跡部は呆れた表情を零す。

「あ……ごめん。でも、俺を庇って出来た怪我だからどうしても……」

「それで、怪我が治るまで俺の言うこと何でも聞くってか?」

「う、うん! 俺に出来ることなら」

「……そうかよ。じゃあ、やってもらうか」

 その瞬間の跡部のマリンブルーの瞳が妖しく煌めいたことにリョーマは気付かなかった。

「うわっ!?」

 跡部の言葉を待っていると突然腕を引っ張られ、気付いた時にはカーペットに転がり、真下から跡

部の顔を見上げる体勢になっていた。

 そう、押し倒されたのだ。跡部に。



「え、な、何?」

「言うこと聞いてくれんだろ?」

「で、でも、これじゃあ何も……」

「アノ時の続きをすんだよ」

「あの…時?」

 跡部の言葉を良く理解出来ていないリョーマ。しかし、ひしひしと嫌な予感がし、本能が告げてい

る逃げろと。言葉を返しながらも、先ずは体勢をどうにかしようとカーペットに背をつけたまま、ず

り下がろうと試みるも、相手は跡部。簡単に逃げられるわけがない。余計にしっかりと逃げられない

ようにリョーマの足の間に跡部の片足を入れられ、当然上というかリョーマの顔の横には跡部の手が

左右それぞれ置かれている。全ての逃げ道を塞がれてしまい、絶体絶命の状態だった。

 嫌な汗が背中をゆっくりと流れる。それをニヤリと楽しそうに、リョーマにとっては見たくもない

笑顔を浮かべ、じっくり観察するように見つめる跡部は、思い出させるために次の言葉を紡ぐ。

「神殿でお前を見つけた時だ」

「…………っっ///」

 思い出した瞬間リョーマの顔は茹でたタコよりも真っ赤になり、あまりの恥ずかしさに非難しよう

にも言葉は言葉にならない。金魚のように口をパクパクさせるのが精一杯だった。

「やっと思い出したみたいだな。本当はあの時邪魔さえなけりゃあな。なぁ?」

「お、お、お」

「あん?」

「俺に聞くなーー!! てか、そこどけよ!! いい加減離せぇ!!」

 跡部が何をしたいのかようやく理解したリョーマは渾身の力を振り絞って暴れ出した。

(ちっ。仕方ねぇ……)

「っ!?」

「え? 景吾!?」

「だから、もう何度も大丈夫だって言ってんだろーが」

「だ、騙し…っ……んぅ」

 文句を言おうと開いた口は跡部の唇によって塞がれ、言葉は言葉にならなかった。

「…んんぅ……っ」

 息も出来ないほどの激しさで口付けされ、苦しさに跡部の身体を叩くもいつもの力はない。跡部は

跡部で暴れるリョーマを押えながらリョーマの唇を好き勝手に貪る。今まで我慢していた分を埋める

ように自身で制御できないくらい激しいものになっている。

 そしてとうとう息苦しさに耐え切れなくなったリョーマは空気を求めて薄く口を開いてしまった。

待ってましたとばかりに跡部はすかさず口腔に舌を潜り込ませた。

「―っ、ん……っ」

 濡れた舌が歯列をなぞり、逃げようと奥に隠れているリョーマの舌を探る。簡単に見つけ出した舌

に跡部は自分のそれを絡めじっくりとリョーマの甘く感じる舌を味わう。

 絡み合う舌のぴちゃっという濡れた音が部屋に響く。

 リョーマの抵抗は既になかった。最初は跡部の身体を叩いていたのだがその手は今では跡部の背中

に縋るように添えられている。跡部はキスに溺れていくリョーマを楽しそうに見つめながら、抵抗が

なくなったことで暇になった手に新たな仕事を与え、リョーマの服を手際良く脱がしていった。

「……ふぇ? …っ!? や、やだっ!!」

 リョーマが気付いた時には既に遅く跡部の勢いは止まらない。再び抵抗を始めるが、それで跡部が

止まる、いや、止められるはずがない。

「……いい加減、観念しろよリョーマ」

「っ……」

 真剣みを帯びた声はもういくら抵抗しても跡部が行為を止めることはないと表している。今までの

ことから本気の跡部に力で勝るとは到底思えないリョーマは「後で覚えてろよ!!」と心の中だけで

叫ぶと瞳をしっかり閉じて最後の抵抗とばかりに声と反応する身体を押し殺すのだった。しかしそれ

も最初の内だけ。跡部の愛撫により次第にリョーマは行為に溺れていくのだった……。







「サイテー、サイテー、サイテー!! 今後一切俺に触んなっ!!」

「あーん? そんなこと出来るわけねぇだろ。ふざけんなよ」

「ふざけてんのはどっちだ!! 俺はヤダって言っただろ!! それなのにアンタ……」

 普段の景吾からアンタという呼び方に降格していることからリョーマの怒り具合が窺える。しかし

悲しいかな行為の後ということで跡部の傍から、ひいては部屋から出て行きたいのが正直な気持ちな

のだが起き上がることも出来ない身体が恨めしい。なので思いを遂げることが出来、満足そうな表情

を隠そうともしない原因である目の前の男跡部で鬱憤を晴らすしかないのだった。

「フン。お前も最後には気持ち良「ア、アンタ1回死んでこいっ!!!! ……っ」

 信じられないことを口にしようとした跡部の言葉を自分の声でかき消そうとしたが、それはやって

はいけないことだった。

 その瞬間痛みの電流が身体を駆け巡りリョーマはベッドに倒れ臥す。跡部はそんなリョーマを楽し

そうに見つめている。

 どう復讐してやろうかと考えるが、今はそんなことをするのもだるい。このまま跡部の顔を見てい

るのも癪なので、この部屋からさっさと退却するために必要な身体の回復を図ることにした。

 暫くすると穏やかな寝息が聞こえてくる。

「……眠ったか。アイツには渡さねぇ。お前は俺のものだ。アイツ等にも絶対に……」

 自らに絶対の誓いを立てる。自ずと身体に力が入り、纏う空気も重くなる。

「……んぅ」

 寝ているからこそかその空気を敏感に感じたリョーマは寝苦しそうな声をあげる。

「何でもねぇよ」

 先ほどとは異なるそれはもう優しげな色を宿した瞳でリョーマを見つめ、その指通り滑らかな髪を

撫でると、安心したのかすぐにリョーマの表情は穏やかなものに戻る。それを確認するとそっと抱き

寄せ跡部も再び穏やかな眠りへと入っていくのだった。










      ◆◆コメント◆◆
       本当は3章が始まる前にUPしたかった話です。
       そう、この話は2章と3章の間に入るものなのです。
       読んで頂いた方には既にお判りでしょうが……
       しかし、先に3章の話が進んでいたためそちらを先にUPしたので
       このような順番になっているのです。
       申し訳ないです。本当に(>_<)
       
       で、ちまちま書いてたら水瀬的に長くなったので
       前後編に別けさせて頂きました。
       後編UPする時に一つに纏めたいと思います。
       続きは本来なら裏を書きたかったのですがやはり水瀬には無理でした。
       でも、水瀬なりにちょっと頑張ってみました!!
       
       感想とか頂けると励みになります。
       では後編もどうぞよろしくですm(_ _)m
       

             2006.03.11  如月 水瀬



       これでも、これでも頑張ったんです!!
       水瀬にはここまでが限界なんです!!
       読むのはどこまででもOKなんですが、書くのはやはり難しい……

       ようやく思いを遂げることが出来た跡部。
       でも、これは番外編。本編と繋がっているのかいないのか水瀬にも
       まだ分かりません(え?)

       とにかく次は三章の完結ですね。
       頑張ります!!
       

             2006.03.21  如月 水瀬