魔法の使えない魔法使い


  



 今日の青学テニス部はコート整備のため、部活は休み。こんな日は昼近くまで寝ているはずのリョーマ。

だが今日は違っている。いつもと変わらない時間に起きてきて朝食を食べている。今朝のメニューはリョーマ

の好きな和食だ。朝からいい感じだと熱々のだし巻き卵にかぶり付く。味も文句ない。いつもよりゆっくりと

朝食を食べ、最後に出された湯のみの中では茶柱がゆらゆらと立っている。やっぱり今日は運がいい日なのだ

とリョーマは再確認する。

「いってきます!」

 部活に行くわけではないので荷物はほとんどない。ちょっと遠出だから財布にはいつもより少し多めのお金

が入っている。自転車でも行けなくはない距離だが早く行きたいリョーマは奮発して電車で行くことにしてい

た。



                       ***



 最寄り駅から電車を乗り継いで三十分。漸く目的の駅に着いた。

「あれ? なんでアンタがいんの?」

 待ち合わせ場所にいたのは目的の人物ではなく、目的の人物の友人だった。きょろきょろと辺りを見回すが

目的の人物の姿はどこにもない。

「相変わらずな言葉やな。俺が迎えに来んかったら一人でずっとここにおることになるで」

「どういうこと?」

「跡部は抜けられへん用事があって、代わりに俺がお姫さんのお迎えに来たんや」

「……」

 リョーマはむすっと聞き取りにくい関西弁の男を睨み付ける。もちろん忍足はそんなことで怯える男ではな

い。ぽんぽんとリョーマの頭を叩くと歩き出す。本当に跡部は迎えに来ないらしい。仕方なくリョーマも男の

あとに続く。

「何で迎えに来ないんスか?」

「……あ〜、なんか用事があるって言っとった」

 リョーマの質問にしどろもどろな返事をする。何か隠している。

「……越前?」

「な・ん・で・迎・え・に・来・な・い・の?」

「……」

 忍足は何かを隠している。そう確信したリョーマは道の真ん中で立ち止まる。そして理由を教えて貰うまで

決してここを動かないという勢いで忍足を問い質す。こうなってしまえば、何が起こってもリョーマがその場

から動くことはない。忍足は観念すると跡部が迎えに来なかった理由を話す。



                       ***



「?」

 ドタドタドタ。階下からもの凄い足音が聞こえてくる。部屋で本を読んでいた跡部はその騒音に鬱陶しそう

に顔を上げる。

「景吾! 俺より魔法使いを取るわけ!」

「……は?」

「すまん。跡部」

 後ろからやって来た忍足が顔の前で手を合わせている。つまりなぜ跡部がリョーマを迎えに行かなかったの

かが露見してしまったのだ。跡部の手には一冊の本がある。

 昨日本屋に寄った忍足が運良く(この場合は運悪くかもしれないが)跡部が探している本を見付けた。かな

り探していることを知っていた忍足は親切心でその本を買ったのだが、それは跡部の怒りを買った。なぜなら

その本は一晩やそこらでは読み終わることが出来ない長編小説なのだ。しかも英語版……。明日リョーマが来

ることは忍足も知っていた。だが今買わなければ次はいつ見つかるか分からない。読むのはリョーマが帰って

からでもいいのではと忍足は思ったが、すでに跡部は本を読み始めていた。こうなってしまえば跡部は本を読

み終わるまで誰も相手にしない。後悔したが後の祭りだった。そうして朝になっても読み終わらなかった跡部

に代わって忍足がリョーマを迎えに行ったのだ。

 それを知ったリョーマは富士山の噴火のごとく怒り狂った。それはもう忍足にはどうすることも出来なかっ

たほどだ。数回しか行ったことのない跡部の家にダッシュで行くと、挨拶もそこそこに跡部の部屋に殴り込む。

「悪いがあと少しなんだ。もう少し待ってくれ」

「やだ」

「……」

 いつもならリョーマの言うことを一番に聞いてくれる跡部だがすでに本に集中してしまっている。リョーマ

の拒絶も聞こえていない。

「越前。あっちでお茶して待ってよう、な」

 今まで跡部からこんな仕打ちを受けたことがなかったリョーマはショックで立ち尽くしている。そんなリョ

ーマをエスコートして忍足はリビングに向かう。勝手知ったる他人の家だ。忍足はティーセットとケーキを準

備するとリョーマの前に座る。

「今回は俺が悪かった。許してや」

「なんで忍足さんが謝るの? 悪いのは景吾でしょ?」

「けど、越前が来ることも、跡部がああなることも知っとった」

「……景吾っていつもああなの?」

「まあ、あの本に関してはあんなんや」

「……」

 だが一時間しても跡部が降りてくる気配はない。再び機嫌が悪くなってきたリョーマに苦笑しながら忍足は

ある提案を持ちかけた。



                       ***



「景吾……」

「ん〜」

「まだ〜?」

「ん〜」

「俺帰ってもいい?」

「ん〜」

「……俺のこと嫌い?」

「ん〜」

「……俺のこと好き?」

「ん〜」

「……俺たち別れよっか?」

「ん〜……は?」

 何を聞いても「ん〜」しか言わなかった跡部がこっちを向いた。だがドアに寄り掛かるように立っていたリ

ョーマは俯いてしまっている。

「リョーマ?」

「景吾にとって俺は魔法使いより要らないものなんだ……」

「ちょ、ちょっと待て!」

「どうせ俺は魔法なんて使えないし、守護霊がついてるわけでもない! 箒で空も飛べなければ、英雄でもな

い! どうせ俺はただの人間だ!」

「……お前、本に嫉妬してるのか?」

「俺は景吾に会いに来たのに、景吾は俺より本を取るんでしょ! 俺たち別れたほうがいいんだよ!」

「ちょっ! 待て! リョーマ!」

 駆け出してしまったリョーマを追い掛けるため、跡部は本を放り出して追い掛ける。リョーマが逃げ込んだ

のはリビング。そこでリョーマは忍足にしがみ付いている。

「忍足、お前何してやがる?」

「何って見れば分かるやんか。リョーマを慰めてるんや。誰かさんはリョーマより魔法使いが大事みたいやか

らな」

「誰がそんなこと言った!」

「だって、跡部、リョーマが来ても無視してたやんか」

「し、仕方ねーだろ! 途中で放り出したらリョーマの相手が出来ねえんだよ!」

「……ほらな、別に跡部はお前より魔法使いが好きってわけやない。俺が言った通りやろ?」

「忍足?」

 眼鏡の奥の瞳が笑っている。リョーマがもそもそと顔を上げる。だがそこには泣いた様子はない。

「……騙したのか?」

「だって景吾、俺のこと無視するし……」

「せや。今回は俺も悪いけど、跡部も悪い。今日ぐらい魔法使いは二の次にしてやり」

「いつでもリョーマが一番だ! そしてさっさとリョーマを放せ!」

 漸く独占欲むき出しのいつもの跡部に戻ったことを確認した忍足がリョーマを放す。強引にリョーマを腕の

中に抱きしめる跡部の様子を見て溜め息を吐いた忍足はそのまま玄関へ向かう。そろそろ邪魔者は退散したほ

うがいいだろう。

「忍足さん!」

「ん?」

「相手してくれてありがとう」

「どういたしまして。あんま跡部と喧嘩するんやないで」

 ひらひらと手を振って忍足は去ってしまった。いつもなら二人の邪魔をする忍足だがリョーマを傷つけた一

因が自分にもあると分かっているのだろう。今回は身を引くことにしたようだ。

「で?」

「なんだ?」

「景吾は俺と別れたいの?」

 ほとんど話を聞いていなかったとはいえ、リョーマの言葉に返事をしてしまった事実は消えない。

「そんなわけあるか!」

「本当に?」

「俺が悪かった。魔法使いよりリョーマが好きだぜ」

「……そんなのと比べられても嬉しくないっ」

 それでも機嫌を直したリョーマはやっと笑顔を見せてくれた。それに胸を撫で下ろしながら跡部は当分魔法

使いの本は読まないことを心に決めた。魔法使いより、跡部に素敵な魔法を掛けてくれる恋人を失うわけには

いかない。跡部の魔法使いはリョーマなのだ。



 ちなみに跡部が真剣に読んでいた本はハ○ー・ポ○ターだったりする(苦笑)








  :::コメント:::
   最近ずっと私のリクエストばっか書いてもらっていたのでお返しっす。
   しかし、初跡リョ……。めっちゃ難しいですよ! まず話し方が分からない! キャラがつかめない。
   リョマさんというよりやっぱエドっぽくなってしまっていたらごめんなさい。
   跡部ってどんなキャラだっけ? 四苦八苦しながら書きました。
   次があれば忍足かな? もちろんこの忍足もリョマさんを狙っています。今回は役得でした。
   コラボ頑張って下さい。あ、一応跡部とリョマさんは付き合っています。
   因みに私はハリ○タはほとんど読んでません。3巻と5巻だけ♪ 誰のファンかばれますね(苦笑)

                                     2006.8.22. 秋矢 ちひと




   ◆◆コメント◆◆       秋矢ありがとう〜vv       初めて読んだ君の他校リョ。素敵vv       次回の忍足編(?)を期待しています♪       突然メール見てと言われた時はなんだろうと疑問乱舞でしたが       見た瞬間叫んでいましたよ(笑)       もちろん机も叩きまくってました!!              跡部が読んでいたのは水瀬たちの間では       暗黙の了解で5巻ということになってます(笑)       理由は秋矢が書いたSSだからですvv       まぁ、水瀬も5巻の話は好きですけれど……       でも一番の驚きはあの跡部がハリ○タを読んでいるということですよね!       水瀬には想像出来なかったので新鮮です。       秋矢! 本当に素敵なSSありがとう!!         2006.08.26 如月水瀬