不二周助生態調査日記


  


 明日は用事で仕事を休むから……

 そう言った通り不二は今日事務所には来なかった。

「おちびぃ〜」

「なんスか」

 今朝からリョーマは機嫌が非常に悪かった。それに気付いているのかいないのか、菊丸はいつ

ものようにリョーマにじゃれつく。いつものリョーマなら嫌そうな顔をしながらも菊丸とのスキ

ンシップを楽しむのだが、今日のリョーマにそんな余裕はなかった。リョーマから冷たい言葉を

かけられた菊丸はパートナーの大石に泣き付いていた。

「大石ぃ〜! おちびが冷たいよ〜」

 菊丸のそんないつもの声にも過剰に反応しリョーマは菊丸を睨みつける。

「……」

「……」

「……」

 事務所が静寂に包まれる。

 

 リョーマだって分かっていた。これは八つ当たりだと……。だがどうしてもこのいらつきを止

めることが出来ないのだ。

「相変わらず越前は不二が休みだと機嫌が悪いようだな」

 所長室から事務所の様子を観察していた乾が何やらノートに書き込んでいる。

「あいつは越前がこうなると分かっていて休みを取るから困るんだ」

 いつもより眉間にシワを寄せた手塚が深い溜息を吐く。機嫌の悪くなったリョーマは手当たり

次第に自分の側にやってくる人物に八つ当たりをする。初めの内は不二がいない淋しさからだと

相手にしていたのだがそれが毎月のように続くと誰もが疲弊してしまっていた。誰に似たのかリ

ョーマの八つ当たりはねちっこく胃に穴が開きそうなほどきついものだった。過去、手塚は不二

にリョーマを何とかするように言ったのだが不二は全く話を聞いてくれなかった。

 

 探偵は普通ペアで行動する決まりになっていたから休みも必然的に一緒になる。ただプライベ

ートまで一緒にいるわけではなく休日は各々好きに過ごしていた。しかし不二とリョーマは違っ

ていた。休日も一緒にいることが多かったのだ。それなのに不二が一人だけで休みを取りリョー

マを誘わないで何かをしている。リョーマにはそれがどうしても許せなかった。一度不二に聞い

てみたのだが完全にはぐらかされてしまった。

 

「むかつく」

 一人では調査にも行けない。こういう時こそ、溜まりに溜まった事務関係や報告書をやればい

いのだが不二のことが気になって集中出来ないでいた。もんもんと悩んでいる間も時間は止まる

ことなく進んでいった。

 









「おちび、お昼食べに行こうよ」

 いつの間にか昼になっていた。

 ふと顔を上げると菊丸が財布を持って待っていた。いつもなら大石も一緒にいるのだが、手塚

に呼ばれたのだと菊丸が泣き付いてきた。

「俺、1人で食べるの嫌い。どっかで食べよう」

「……そうっスね」

 確かに今気持ちを切り替えるためにも一度外に出たほうがいいと考えたリョーマは鞄から財布

とケータイを取り出す。仕事用とは別のプライベート用だ。着信やメールをチェックしてみるが

一件も入っていなかった。

「おちび?」

「な、なんでもないっス」

 慌ててケータイを鞄に戻すと菊丸を追いかけて外に出た。

 





「どこ行く?」

「そっスね。あまりおなか減ってないから簡単なものが食べれるところがいいっス」

「ねぇ! ねぇ! あれ不二じゃない?」

 菊丸の声にそちらを見ると確かに不二がいた。こちらに気づいていないのか不二は反対側の道

を歩いていた。

「……」

「尾行してみる?」

「え?」

「なんで休んだか気になるんでしょ?」

「……別に」

「よし! 午後は不二の尾行に決定! おちび、歩きながら食べられるもの買ってきて! 俺が

尾行しとくから」

 こうなってしまえば菊丸を止めることは出来ない。リョーマ自身気になっていたので仕方なし

といった顔で不二の尾行に付き合うことにした。

「わかりました。じゃあ、手塚所長への連絡は菊丸先パイ、お願いします」

「げ……わかりました」

 手塚のことを考えていなかったらしい。しかし不二のことが気になるのかケータイを取り出す。

仕事が入れば戻らなければいけないが今朝の状況を考えると今日は仕事はなさそうである。あっ

ても簡単な仕事依頼なら大石だけでも話は聞ける。

 









「菊丸先パイ?」

 ケータイで場所を聞き指定された場所に行くと菊丸が暇そうに川の対岸を見ていた。リョーマ

が来たことに気づいた菊丸は小さく対岸を指で指す。そこにはカメラを持った不二がいた。どう

やら趣味の写真を撮っているようだ。

 リョーマが買ってきた昼食を食べながら不二を観察する。

 しかし一時間たっても不二は次の行動に移らない。

「……ひょっとして気づかれてる?」

「そんなことはないでしょ? 結構離れているんだから……」

 今日は諦めようかと思い始めたころ、まるで見計らったように不二が歩き始めた。

「おちび! 行くよ」

「っス」

 ようやく動き始めた不二にほっとしながらリョーマと菊丸は不二の後を再びつける。

 

 

 

 

 

「……」

「……」

「……先輩」

「……どうしよっか?」

 一定の距離を置いて不二を尾行していた二人だったが不二が向かった方向に何があるかに気づ

いて顔を見合わせた。

「どうするって言われても……」

「おちび」

「何っスか?」

「俺の推理聞いてくれる?」

 これ以上の尾行は諦めようと菊丸はもと来た道を戻り始める。リョーマもさすがにこれ以上行

っては自分が補導されると判断し菊丸の後を追った。

 ちなみに不二が向かった先は歓楽街だった。

 

 

 

 

 

 二人は事務所の近くの喫茶店に入るとぐったりした表情を隠しもしない。

「……推理を聞いてもいいっスか?」

「うん。俺の推測でしかないんだけど不二ってば絶対に俺たちに気づいていたと思うんだよね〜」

「……」

「だって、あの不二が! 私生活で充実しているはずの不二がだよ! あんな場所に行く理由が

ないっ!」

「……なんで私生活が充実しているって分かるんスか?」

 何故かリョーマの声が低くなっている気がする。

「……いや、だって、ほら、……ね」

 菊丸はまたまた墓穴を掘ってしまったことに気づいたが後の祭りである。リョーマの機嫌は最

悪になっていた。

「何で知っているんですか?」

「……だ、だって、不二が嬉しそうに話すんだもん!!」

 リョーマの迫力に負けた菊丸は半泣きで言った。そう言ってしまったのだ。

「……へ〜」

「お、おちび?」

 それだけを言うとリョーマはグラスに残っていたファンタを一気に飲み干すと何も言わずに喫

茶店を出て行った。

 

 

 

 

 

 その後、不二のマンションに戻らなくなったリョーマを不振に思った不二は菊丸を問い詰め、

白状させられた菊丸は半殺しの目に合ったとか合わなかったとか……。

 ちなみに不二はリョーマと菊丸の尾行にはもちろん気づいていたのだった。

 







         −END−