見習い探偵リョーマのある一日


  


 俺、越前リョーマがここ「青春探偵事務所」に来て早くも約一ヶ月が過ぎた。
 大きな事件や依頼もなく、毎日、書類の整理に追われる日々を過ごしていた。いや、普通なら
見習いの俺は、重要な書類の整理なんかしたらダメなんだけど……。
 ずっと机にかじりついていた顔を上げ、向かいの席の人物を盗み見てみる。
「……」
「……」
 その人は、仕事をせずに、いつもいつもじっと、こっちを見てくる。それはもう、俺の顔に穴
が開くほど……。
 そんな人物・不二周助は、俺の師匠兼パートナーで、ここではナンバー2の実力を持つプロの
探偵だ。
「……先輩」
「ん? 何、リョーマ君D」
「少しは仕事をしてください!」
「してるよD」
 どこが!と心の中で叫ぶ。いや、この人には、心の中の声も聞こえているんだろうが、決して
声には出さない。
 けど、心の中では言わずにはいられない。
「だって、リョーマ君のことを見るのが今の僕の仕事なんだもんD」
「はあ?」
 いつものことだが、この人の考えることはさっぱりわからない。こういう人は無視するに限る。
俺はそう判断して残りの書類を片づけるため視線を机に戻そうとした。
 ……が、どうやら、ここの人は、人の邪魔をするのが好きなようだ。いつも、いつも、いつも、
いつも、いつも、いつも、俺の仕事の邪魔をしてくれるんだろうか?
「おっちびぃー!」
 大きな声とともに背中に重い物体が乗っかってくる。毎日のことなので、振り返らなくても声
でわかってしまう。この事務所の先輩で、プロの探偵・菊丸英二だ。いつも明るくて、元気に駆
け回る……まるでネコみたいな人だ。失敗してもそれを挽回できる能力をきちんと備えているの
だからすごい。
「……先輩っ! 重いっス!」
 座っているイスが二人分の体重を支えきれずに悲鳴をあげる。
「おいおい、英二。越前にじゃれる前に、手塚に報告に行くぞ」
 俺を助けてくれたのは、菊丸先輩のパートナーである大石秀一郎。ここでは一番頼りになる先
輩だ。俺的には、師匠兼パートナーはこの人がよかったのだが、大石先輩にはすでに菊丸先輩が
いたので、最悪にも不二先輩になってしまったのだ。
「おう! そんじゃ、またあとでねぇ〜」
「また、後で」
 大石先輩の「また後で」は、今回の任務の話をしてくれるからいいのだが、菊丸先輩の「また
あとで」は、俺で遊ぶためだ。今から憂鬱な気分になってしまう。
「ねぇ、リョーマ君」
 う……、ここにも俺を憂鬱にしてくれる人がいた。
「……何っスか?」
 背中が冷たくなるような不二先輩の笑顔。
「出掛けない?」
 やはり、彼の考えは凡人の俺には理解不能だ。
「今、仕事中なんですけど……?」
「だって、ヒマなんだもんD」
(だったら、ここにあるアンタがしなくちゃいけない書類を書け!)
 と、口には出さず、それでも顔には出して言ってみる。
「イ・ヤ」
「……」
 やはり、俺の心(表情?)を見て、ニッコリ返事を返してくる。
 このパターン。
 これは俺がイエスと言うまで続くかも?
 この一ヶ月で、不二先輩から学んだことは、この人に対する対処法だけだった。いや、教えて
もらったわけではなく、勝手に身に付いたものなのだが……。いいかげん、そろそろ、探偵にな
るのに必要なことも教えて欲しいものだ。
「……わかりました」
 いかにも、仕方なさそうに、それでも、心の中では、面白くもない書類の仕事から解放されて
嬉しそうに、イスから立ち上がる。
 が、やはりここでも再び、邪魔が入る。
「あー! おちび、どこか行くの? 行くなら俺もー!」
「「あ……」」
 俺と大石先輩の声が見事にハモる。
 この瞬間の不二先輩の顔は悪魔である。これは、キレたな……というのが俺たちの考えだった。
が、それは正解だったようだ。
「……英二。君は毎回、毎回、毎回、毎回、どうして、そんなに僕がリョーマ君をデートに誘う
たび、そう邪魔をしてくれるの?」
「「「デート?」」」
 不二先輩以外の声が再び見事にハモる。っていうか、今までのアレはデートだったのか!
「えぇ? おちび、不二とデートすんの? なら俺ともしよD」
「違います! それにアンタともしないっ!」
「だって、今まではOKしてくれてたじゃない」
「デートだってわかってたらしなかった!」
 俺の言葉に、事務所にブリザードが吹き荒れる。
「そ、そんな……僕はてっきり、リョーマ君は、僕のプロポーズを受けてくれたんだと思ってい
たのに……」
「「「!」」」
 不二先輩のセリフに皆が引きつるが、一番驚いているのは俺自身だ。いつ不二先輩が自分にプ
ロポーズしたんだ?と思ったが、不二先輩を見ると至って真剣だ。
「お、おい、不二……ひとつ聞くがいつ、越前にプ、プロポーズしたんだ?」
 大石先輩が代表で不二先輩に尋ねる。
「え、リョーマ君に初めて会った時だよ」
「俺、そんなコト聞いていません!」
「僕、ちゃんと言ったよ。心の中で、心を込めて……」
「「「……」」」
 いや、それはプロポーズとは言わないのでは……? 俺たちは三人が三人とも、心の中で同じ
ツッコミをいれる。
「ふじぃ〜、それプロポーズとは言わないんじゃ……?」
「僕がそう思ったんだから、そうなの!」
 いや、だから、それは、不二先輩の思い込みだってば!
 しかし、俺たちがどう思おうが、不二先輩には通じない。一番の被害者は俺である。
「ちゃんと僕の花嫁さんになってね」
「俺は男だ! 誰が嫁だー!」
 いや、怒るところはそこじゃないのでは……?という、俺のツッコミに気づいた大石先輩と菊
丸先輩が心でツッコむ。
「何をしている」
 ギャーギャーと言い争っていると、隣の部屋から出てきた所長に咎められた。手塚国光……こ
こ、青春探偵事務所の所長で、警察からも一目置かれているプロの探偵らしい。
 らしいっていうのは、手塚所長が仕事をしているのをここに入ってから一度も見たことがない
のだ。所長ほどの能力を持っていると、警察が依頼でもしてこないかぎり、事務を中心に仕事を
するらしい。一度でいいから、所長の仕事を直にみてみたい。
「不二、菊丸、またケンカか?」
「今週で3回目のケンカだな。しかも、全部、越前関係だな……」
 手塚所長の後ろでノートを広げ、なにやらカリカリとメモっているのが、乾貞治。手塚所長の
補佐だが、何かにつけて怪しげな実験のモルモットにさせようと日々企んでいる、不二先輩の次
に危険極まりない人物だ。
「な、何か、仕事っスか?」
 所長と乾さんが一緒に出てくるのはもの凄く珍しい。
「いや、今日は仕事もないから、どこかに食べにいこうかと思ってな」
 珍しいこともあるもんだ。無口な所長が俺たちを外に誘うなんて! しかし、ここでも、邪魔
をするのがあの男だ。
「行くなら手塚たちだけで行っておいでよ。僕とリョーマ君は二人だけでデートをするんだから
……」
「だ、誰が、先輩とデートするって言ったんスか! 俺は所長たちと一緒に食べに行くんです!」
「そうだ! そうだ! おちびは俺らと一緒にデートするんだよ!」
 いや、だから、デートじゃないんっスけど……と、またも心の中でツッコミをいれる。俺は関
西人じゃないのに、なんでこんなにツッコミをしなきゃいけないんだ?
「英二とリョーマ君をデートさせるくらいなら僕も一緒に行くから!」
 一緒に行くつもりなかったんだ……。俺の考えは、他の先輩たちも一緒だったようだ。
「とにかく、今日はこれで仕事は終わりだから、入り口の看板をしまってくれ」
 所長に言われて俺は慌てて看板を片づけに行く。ここでは一番下っ端の俺がたいていの雑用を
こなすのだ。
「終わりました!」
「なら行くぞ」
 俺たちはいつもの「かわむら寿司」に向かった。ここの寿司は絶品なのだ。そして、そこで働
いている河村隆が、所長が一目置く情報屋なのだ。
「「らっしゃい!」」
 ガラガラと扉を開くと威勢のいい声が迎えてくれる。
「邪魔をする」
「よお、手塚」
 そこには手塚所長の親友らしい、不動峰警察署の署長、橘桔平がいた。
「ああ、今日は夜勤か?」
 所長たちは何か喋り始めてしまった。仕方なく二人はほっておいて座敷に陣取る。
「やあ、みんな」
 河村さんが熱いお茶を運んで来てくれた。俺たちはそれぞれお寿司を頼むと今日仕事を終えた
大石先輩に仕事の話を聞いた。聞くことも、探偵としての素質を磨くんだと乾さんが言っていた。
 俺が、ここの人たちのようになれるのはいつになるんだろう?





         −END−