強制連行


  



「あら、いらっしゃい。どうしたの? こんなに朝早く」

「おはようございます倫子さん。突然なんですけど、今日から2日間リョーマ借りてもい

いですか?」

「別にいいわよvv でも、どうし……ああそーゆーことね♪」

「はい、そーゆーことなんですわ」

「じゃあ、急いで用意しなくちゃね♪ あがってゆっくりお茶でも飲んでて頂戴vv」

「ほな、遠慮なく」

 こうして本人を全く無視して本日と明日の予定を組まれた。しかし、その問題の本人は

何も知らされずいまだ気持ちの良い眠りの中。迎えに来た人物も勝手知ったる他人の家。

迎え入れた人物リョーマの母親倫子の言葉に従って、遠慮なく家に上がり、いつも先ず先

に通される和室に足を運ぶのだった。











「……ここどこ? 何で俺電車に乗ってんの?」

「やっと起きたんか。ほんまよう寝とったなぁ」

「…………俺の質問に答えてないんだけど?」

「ここは、見ての通り電車の中や♪」

 リョーマの聞きたいことは手に取るように分かっているだろうに惚けた答えを返す氷帝

の天才こと忍足侑士一応15歳。誰がなんと言おうと未成年の15歳中学三年生。

「………………」

「?」

 無言のまま何かを探しだしたリョーマを忍足は見守る。そして取り出したのは携帯電話。

無表情のままリョーマはソレを操作する。確信犯的に相手の名前を呟きながら……

「えっと……景吾、景吾……景吾っと」

「! ちょ、ちょお待て!? だから、なんでリョーマはすぐに跡部に電話するんや」

 相手が跡部とくれば間髪入れず慌てて反応する忍足。そう、言葉から推測出来るように

リョーマが跡部に電話をするのはこれが初めてではない。前科があるのだ。それも片手で

数えられないくらいに……。リョーマも知っている。忍足を黙らすには跡部を使うのが一

番効果的だということを。悪戯が見事に成功してリョーマの顔はそれはもう機嫌の良い時

の笑顔。対して忍足のそれはどっと疲れたものになっていた。

「か、堪忍な。俺が悪かったわ。な、リョーマ」

「で、言う気になった?」

「それはまぁ……着いてからのお楽しみやvv」

「ふ〜ん……」

 再び携帯を手にするリョーマに、慌てて忍足は待ったをかける。が……

「だから、それはいい加減やめぃ! 別に悪いことやない。お楽しみや言うたやろ? え

えから大人しゅうしとき、な?」

「……気に入らなかったら、ソッコー別れる」

「……」

 どこまでも隠すつもりらしい。しかし、なんとかリョーマを宥めながらなんとか秘密を

隠し通した。







「…………」

「どや? 驚いたか?」

 リョーマが何も言わず黙って目の前に見える光景というか建物を見つめる表情に満足気

な忍足。問いかける声は物凄く嬉しそうで楽しそうであった。

 二人の目の前にはお迎えのために女将を始めとし、支配人や仲居たちが並んでいた。そ

してその者たちの後ろの建物はというと荘厳と表現すればいいのだろうか。格式高く、伝

統深いとはまさにこのことだろうと思われる旅館であった。そう、忍足が連れて来た所は

天然温泉のある高級旅館であった。名前を言うこともなく、旅館の前の道で二人の顔を見

た瞬間、他のお客のお見送りに出ていた少し年のいった仲居が若い仲居を旅館に走らせた。

そして、リョーマと忍足が旅館の玄関に着く時には先ほどの状態だったというわけである。

「いらっしゃいませ、忍足様。遠い所をよくお越し下さいました」

「二日間よろしゅうな、女将」

 どうやら忍足と顔見知りのようだ。簡単な挨拶を済ますと、荷物を持たれ、早速部屋に

案内された。



「……では、ごゆっくりお過ごし下さいませ」

「はぁ……」

「どないしたんや?」

 女将が出て行った瞬間リョーマは詰めていた息を吐き出した。それは静かな部屋には一

際大きく響いた。

「ここって侑士よく来てんの?」

「まぁ、両親がよく利用しとるみたいや。俺も小学生くらいまでは一緒に来とったけどな」

「ふ〜ん(この金持ちが!)」

「そんな見つめられたら、困んねんけどなぁ……」

「なっ…何考えてんのさ! こんな昼間っから!!」

 顔を真っ赤にして叫んでも何の効果もない。けれど叫ばずにはいられないのがリョーマ

の心情だ。

「んなこと言われても、俺若いから仕方ないやん。好きな子と二人きりで熱い視線で見つ

められたらその気になっても仕方ないで」

「誰も熱い視線で見つめてないっ!! 侑士バカじゃないの。俺お風呂行ってくる!!」

 その間にちゃんと頭を冷やしといてよ!と言い残すと、一人でここに来て説明を受けた

瞬間から楽しみにしていた天然温泉に向かうのだった。

「……まぁ、お楽しみはこれからやし?」

 誰に問うているのかそう呟く忍足の顔は、今までの経験上リョーマが見ていれば速攻逃

げ出す、それはそれは楽しそうなものだった。







「何とかしないと絶対ヤバイ……」

 外気温の冷たさと室内だと熱いくらいの湯の温度がとても気持ちの良い露天風呂。現在

そこはリョーマの貸切状態。伸び伸びと身体全体を伸ばし、浮遊力に全てを任せている。

しかし、頭を過ぎるのは恋人である忍足のいつにも増して楽しそうな表情。恋人である自

分と一緒に一泊旅行なのだから当然といえば当然なのだが、リョーマはいつも以上に身の

危険を感じていた。今更清いお付き合いをしているとは言わない。肉体関係は一応ある。

リョーマ的にはなくても別にいいのだが、以前に逃げた時に酷い目にあったため上手く交

渉して今は何とか平穏無事に過ごしている。けれど、本日は逃げようもない。穏便に何と

かはぐらかすことは出来ないかとリョーマは試合の時以上に真剣に考えるのだった。







「ご馳走様でした♪」

「どや? 美味かったやろ?」

 答えは幸せそうな表情を見れば明確なのだが、こういう場面ではどうしても聞いてしま

う。

「うん、美味しかったし、お腹いっぱいvv」

 案の定、返ってきた答えは予想通りのものである。リョーマの機嫌はお風呂で悩んだこ

とを全て忘れたかのように上機嫌だった。

 リョーマは忍足にもたれかかりながらTVを見たり、取り留めのない談笑をしたりして

穏やかな時間を過ごす。そして、ちょうど見ていた番組も終わり、のどが渇いたと感じた

時、タイミングを計ったように仲居が訪れた。

「失礼致します。もうご用意してもよろしいでしょうか?」

「あぁ、頼むわ」

「??」

 何も知らないリョーマの目の前で、心得た仲居はテキパキと準備を整えていく、数分後

にはホールサイズのフルーツをたくさん使った美味しそうなケーキと数種類のファンタと

豆から挽いただろう香りの良いコーヒーが卓上に並んでいた。そして寝床の用意もテキパ

キとあっという間に整える。出来栄えはもちろん完璧である。

「では、ごゆっくりどうぞ」

「おおきに」

 忍足の返事に仲居は軽く頭を下げると静かに退出した。部屋は再びリョーマと忍足の二

人きり。

「……これ」

「今日はリョーマの13歳の誕生日やろ? 俺の時はおかんに邪魔されたから、今回は二

人で過ごしたかったんや」

「……京都も楽しかったけどねvv 侑士のおばさん綺麗で優しかったしvv」

「ソレ本人にゆーたって、めっちゃ嬉しがるわ。お気に入りのリョーマに褒められたって

な。で、まぁ、俺も楽しくなかったわけやないけどやっぱり特別な日は二人で過ごしたい

やん? だからおかんにもちょっと協力してもろたんや。さすがにここに泊まる代金は中

学生の小遣いでは厳しいからなぁ」

「景吾ならポンっと出しそうだけどね」

「アイツは別格や。アイツに一般常識を求める方が間違っとる」

「まぁ……ね」

 本人がいないからと言いたい放題の二人であった。

「ほら、そんなどーでもええことより、ケーキ食べへんのか? せっかく特注したんやし、

ファンタも温なるで」

「食べるに決まってんじゃん!」

「はいはい。で、ファンタは何味にするんや?」

「ん〜。ここは王道にグレープでvv」

「ケーキは?」

「大き目vv」

 リョーマの要望に全て笑顔で快く応える。そしてケーキとファンタを粗方片付けると、

忍足はコートのポケットを探り、そこから小さな箱を取り出し、リョーマに渡す。

「誕生日おめでとさんvv」

「サンクスvv 開けてもいい?」

「ええで」

 返事と同時に包みを綺麗に剥がしていく。紙が終われば次は箱、そしてまた箱。箱の大

きさと様相から何であるかは想像はつく。けれど、開けて実際に目にするまではワクワク

してしまうのは仕方ないことだ。そんなリョーマを見る忍足も自然と笑みが零れている。

「……ブレス」

 箱の中に納まっていたのは皮とシルバーで出来たブレスレットだった。シンプルなデザ

インで、シルバーの部分には中央にクロス型のオニキスがはめ込まれている。

「どや? 気に入ってくれたか?」

「……ま、まあまあだね」

 と言いながらもブレスを大事そうにしまおうとする姿があれば、その言葉は本心の裏返

しであることが明白であった。

「それなぁ、実は俺とお揃いやねん」

「えっ……ぁ」

 忍足の言葉に反応して振り返ると、そこには忍足の整った顔があり、気付いた時には唇

を奪われていた。

「んぅ…っ……ちょ、ちょっと……ふぁ」

「ダメや。今まで我慢しとったんやもう待たれへん……」

 性急過ぎるキスの合間に何とか待ってもらおうと、お願いしようとするも最後まで言わ

せてももらえず却下される。そして突如浮遊感に襲われたかと思うと、いくらも経たず柔

らかいもの、先ほど仲居が引いた布団の上に丁寧に落とされた。その間もキスは続き、布

団に横たえられると愛撫まで加えられ始める。

 最初は抵抗していたリョーマだったが、忍足によって快感を覚えさせられた身体はリョ

ーマの意思に反して、忍足の愛撫に素直に反応していく。リョーマが堕ちるのにそれほど

時間は要しなかった……











「んんぅ……」

「おはようさん」

「おはよう……って侑士!?」

「寝ぼけてんのか?」

「……今、思い出したんです」

 昨日のことを忘れていたリョーマの反応にからかう忍足。一瞬遅れて思い出したリョー

マは自分の失態に顔を赤くする。そんな行動も忍足にとっては可愛いだけである。気持ち

の良い爽やかな朝だというのに、昨夜の続きをしたいと考える忍足がここにいる。

「何逃げてんのや?」

「や、何となく……」

 嫌な予感を感じたリョーマは逃げようとしたが、元々忍足の腕の中にいたのだ無理とい

うものである。

「そんだけ元気があれば大丈夫やな♪」

「な、何が?」

「とぼけても無駄やでvv 観念し……」

「朝早く申し訳ございません、忍足様」

「一体何や?」

 お預けをくらった忍足の機嫌は良くない。問う声は幾分か冷たいものに。

「本当に申し訳ございません。お連れ様にお届け物が届いているのです」

「届け物? リョーマにか?」

「はい。まだ朝も早いので待って下さいとお願いしたのですが、ご本人様に必ずお渡しす

るようにと頼まれたとかで……」

「だからってなぁ」

「届けに来た方も申し訳ないと仰っているのですが、なにぶん依頼主様が逆らえない方ら

しくて……」

「誰や?」

 嫌な予感がした。それはもうもの凄く。心当たりはある。が、当たって欲しくはない。

「跡部財閥の跡部景吾様だそうです」

「…………アイツ」

「何? 景吾から何かあんの?」

 着替えが終わったらしいリョーマも起きてきた。そして知っている名前が出たので口を

出してきたのだった。

「どこまで邪魔すんねん……」

「あ、あの、忍足様?」

「分かったわ。すぐ行くから」

「はい。お待ちしております」

 忍足から了承をもらった仲居は安心した表情で戻っていった。

「で?」

「……跡部がリョーマに何や送ってきたらしいわ。誕生日プレゼントちゃうか?」

「ほんと!?」

「あぁ。受け取りたないけど、受け取らな届けてくれた人や旅館の人に迷惑かかるからな

……行こか」

「うん♪」

 忍足はげんなりとした様子だったが、プレゼントをもらうリョーマとしては楽しみだっ

た。何せ送り主はお金持ちの跡部なのだから……














   ◆◆コメント◆◆        リョーマ誕生日オメデト〜vv(今更だし……)        絶対書きますと宣言してから早二月が経ちました……        リョーマの誕生日はもう去年のことです(死)        けれど、何とかUPすることが出来たので良しとして下さい。        今回の忍足さんはヤル気満々(死)でした。        暗転で逃げましたが、実際ヤッてますしねぇ。        邪魔がなければ朝から第何ラウンドが始まっていたことでしょう!!        けれど水瀬にはそんなシーンは書けないので逃げます。        えぇどこまでも!!        今回書いていてちょっとした疑問。        水瀬は氷帝の一人(景吾以外)×リョを書くと        どうしても邪魔するのは景吾になってます。        狙っているわけではないのに何故??        ちょたの時もダブルス2コンビがいましたが、        結局は景吾が一番出っ歯ってるし……        書きやすいのは確かですが、偶には他校(氷帝にとっての)の        邪魔が書きたいですね。        と思う2月某日でした。                  2005.02.26 如月水瀬