「ただいま」
「お帰りなさいリョーマさん。部活はどうしたんですか?」
「用事があるって言って帰らしてもらった」
「そうですか。フフ」
「何?」
「いえ。お洋服ですけど言われた通り準備しておきましたから、楽しんできてくださいね」
「ありがと、菜々子さんvv」
靴を脱ぎ捨てるとリョーマは部屋へ文字通り駆け込んで行った。
「着るの久しぶりだな」
部屋に入ると先ほど菜々子が言っていた通り、服は窓際に掛かっていた。
リョーマは急いで学ランを脱ぎ捨て、その洋服に手を伸ばす。そして、着替え終わると
机の上に置いていた小さな紙バックとそれとほぼ変わらない大きさのカバンを手に取ると
階下で待っているだろう菜々子の元へと再び駆けて行く。
「菜々子さん、変じゃない?」
菜々子の前で一旦停止し、リョーマはクルリと一度回る。それによりベルベット素材の
プリーツスカートの裾が翻る。そうリョーマの今の姿は黒のタートルネックセーターに黒
のベルベット素材の膝丈のプリーツスカートに黒のタイツ。手には白のショートコートと
いうどこからどう見ても可愛い女の子の姿。そうリョーマは青学に男として通っているが
正真正銘の女の子なのである。強い者とテニスがしたいがため、性別を偽り青学に入学し
たのだった。
けれど本日は2月14日。お菓子会社の戦略に乗るのも癪だが、恋人を持つ者にとっては
外せないイベントなのだ。そしてリョーマにも全てを理解して付き合っている恋人がいる。
しかも本日はその恋人の誕生日でもあるのだ。本来の姿で会いたいと思うことは当然。な
ので、菜々子に協力してもらいイロイロと準備してもらっていたのだった。
「よく似合ってますよvv すごく可愛いです。ただ……」
「? やっぱりおかしい?」
「これも外しましょうねvv」
「あっ……忘れてた」
その瞬間リョーマの髪はショートからロングに変わった。
そう、菜々子が外したのは鬘である。
「これで完璧ですわvv きっとびっくりなさるでしょうね」
「うん。それが目的だからね♪ じゃあ、行ってきます!」
最後に玄関に用意してあった黒のロングブーツを履いて全てのコーディネートが完成。
元気にリョーマは恋人の元へ向かうのだった。
「……あ、あった♪」
キョロキョロと周りを見回しながら漸く目的の場所に辿り着く。
そこは学校。門には「氷帝学園中等部」と銘打ってある。
部活の時間帯なため、下校する生徒は少ないが全くいないわけでもないため、私服姿の
リョーマは人目を引く。しかも遠目に見ても美が付くほど整っている容貌なため、すれ違
う生徒たちは全員リョーマに目を奪われている。まあ、当のリョーマは鬱陶しいという思
いはあるが、相手にするのも面倒臭いので無視を通していた。
しかし……
「テニスコートどこだっけ……」
あまり他校に来ることのないリョーマ。
当然ながら学校の場所は知っていても内部の構造までは分からない。
仕方ないのでその辺を歩いている害のなさそうな生徒に場所を聞くことにするのだった。
「ねぇ、テニスコートの場所知ってるっスか?」
「え?」
「だから、テニスコート!」
「あ、はい。あっちです」
「どーも」
おざなりにお礼を述べるとリョーマは教えられた方向に進むのだった。
声を掛けられたラッキーな人物はそれを見ていた数人に質問攻めに遭っていたとか。
「……広すぎ。贅沢すぎ。有り得ない」
眼前に見える光景に呟いた一言は誰もが一度は思うことだった。だが、青学もあまり他
校のことは言えないと思われる。
「どこに……いたっ!?」
見つけにくいかと思いきや、探し人はすぐに見つかった。長身なうえ白髪ともなれば嫌
でも目に付く。リョーマは一目散に彼の元に駆けて行く。都合の良いことに順番待ちなの
か彼はコートの端で帽子を後ろ向きに被った人物と何か話している。
「ちょたvv」
「えっ!?」
叫ぶと同時にリョーマは後ろから抱きついた。抱きつかれた“ちょた”こと鳳長太郎、
氷帝学園2年のテニス部レギュラーの一人は突然抱きつかれ、驚きバランスを崩すもなん
とか無様に倒れることはなく持ち堪えた。
「ちょた、迎えに来たから一緒に帰ろvv」
「……もしかしてリョーマ君?」
「……俺以外にこうやって抱きつく人いるわけ?」
リョーマの声のトーンが下がる。
「い、いません! いるはずがないですよ!! ごめんなさい俺が悪かったですっ」
「分かれば宜しいvv じゃ、帰ろ?」
「う〜ん。俺としてもせっかくリョーマ君が迎えに来てくれて帰りたいのはやまやまなん
だけどね。急には無理……!?」
リョーマと正対するために振り向いた鳳は言葉を失った。
「どうしたの? ちょた」
「……その恰好は?」
「へへ。ちょたに見せたかったんだ。どう、似合う?」
「は、はい! すごく可愛いですvv」
「ありがとvv」
少しだけ頬をピンクに染める二人はピンクのオーラを周りに醸し出していた。
「お、おい長太郎」
いきなりの状況についていけず固まっていた鳳の一つ上で、ダブルスのパートナーであ
る宍戸亮。漸く自我を取り戻し二人の世界を作っている当人たちに水を差す。
「何ですか、宍戸さん?」
「誰だソイツ?」
「あ〜、えっと……」
正直に説明してもいいのかどうか迷い言葉は言葉にならない。そんな鳳に焦れたリョー
マは堂々と宣言した。
「初めまして。ちょたの恋人ですvv」
「「「「何ぃ(何だと/何やて)!?」」」」
宍戸だけではなく何人かの声が重なり合う。
「……ウルサイ」
「ま、マズイですよリョーマ君」
「何が?」
「宍戸さんならまだしも、跡部部長と忍足先輩は気付く可能性があります。とにかく俺の
後ろに隠れて下さい」
「あっ……そうだ俺今」
リョーマは自分の今の姿を忘れていた。ほんの数分前に鳳の前で披露したというのに…
…。跡部たちが近付いて来るのを視界に入れるとリョーマはそそくさと鳳の背中側に隠れ
るように回った。
「鳳どーゆーことだ? あーん?」
「そうだ、そうだなんで鳳に彼女がいんだよ! クソクソ」
「自分いつの間に……」
好き勝手に言い募る先輩たちに怯むことなく鳳は堂々としたものだ。というかここで怯
んでしまえばリョーマのことがばれてしまうのだから引くわけにはいかない。
「俺に彼女がいることがどうして先輩たちに関係があるんですか?」
「あぁ? あるに決まってんだろ。部員のことを知っておくのも部長の務めだ」
「俺にもいねーのになんで鳳なんかにぃ〜。クソクソ」
「しかも、それがめっちゃべっぴんさんなんて、後輩のくせに生意気やろ?」
つまり総合するとただの嫉妬である。
「……付き合ってられません。今日の部活俺は休ませて貰います。失礼します。さぁ、行
こう」
「っス」
先輩を見限った鳳はリョーマを連れてこの危険極まりない場所から避難しようとするが
それは叶わなかった。
「……何?」
「誰が帰っていいと言った?」
「いや、アンタ。掴む相手間違ってると思うんだけど?」
「あん? 別に間違ってねぇぜ。おい、鳳。帰るならさっさと帰りやがれ! だがな、コ
イツは置いて行け。話があるからな」
「はぁ? 何言ってんの? 俺にはサル山の大将と話すことなんて一言もないんだけど?
俺はこれからちょたとデートするんだからいい加減手離してよ!!」
「あっ!?」
「「「サル山の大将?」」」
鳳はやってしまったという表情をし手で顔を覆い、何処かで聞いたことのある言葉に忍
足・向日・宍戸は首を傾げる。それを引き出した跡部はというとにやりと嫌な笑みを浮か
べた。
「やっぱりな。お前えち……」
「リョーマ君逃げましょう!!」
叫ぶと同時にリョーマを抱えて鳳は猛ダッシュで走り去った。
しかし、鳳は気付いていない。
鳳も犯してはならないミスを犯したことに……。
とにかく何とか逃げ延びた二人はまだ日が暮れるには少し時間があるので当初の予定(
リョーマのみの)通りデートして、誕生日とバレンタインのチョコをプレゼントしたリョ
ーマは無事鳳にお持ち帰りされるのだった。
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