「ねぇ侑士」
「ん、なんや?」
彼のファンの女子が見ていたらとろけそうなほどの綺麗な笑顔で答えるのは、リョーマ
の恋人の座をあまたのライバルたちを蹴り倒して見事手に入れた氷帝学園テニス部三年忍
足侑士である。リョーマの通う青学のライバル校になるがそんなことは一切気にしない。
何を言われようが無視して、お互いが幸せであればいいのだから。
そして二人が付き合い出して現在三ヶ月。一番幸せな時期であった。
「来週誕生日だったよね? 何か欲しいものある?」
「覚えててくれたんやな」
「トーゼン! 俺を誰だと思ってんのさ。で、何?」
生意気さを隠そうともしないリョーマだが、忍足もそれに対して特に不満はない。何を
しても全てが惚れた弱味で可愛く見える。末期症状一歩手前辺りだろうか?それとも既に
踏み込んでいるのか微妙なところ。
「リョーマが一緒に祝ってくれるんやったらプレゼントなんていらんで。リョーマだけで
十分やvv」
「……言うと思った」
部活帰りに初めてあったストリートテニス場で待ち合わせして、会った時から終始顔が
緩みっぱなしの忍足の顔を見ると溜め息が出てしまう。しかしここで負ける訳にはいかな
い。
付き合い出して三ヶ月。
その長いとは言えない期間でリョーマは忍足に数回のプレゼントと両手では足りない回
数ご飯やデートの費用を奢って貰っている。誕生日くらいちゃんと返さないと貢がれてい
るだけに思うのだ。また、物で気持ちを計るわけではないが、自分も忍足のことが彼と同
等かそれ以上に好きなのだが、現状だとどうしても負けている様に感じてしまう。プライ
ドの高いリョーマはどんなことでも負けるのは酌に障る。だから少しでも返さなければな
らないのだ。対等でいるためには。
「それじゃあダメ! ちゃんと言う!!」
「でもなぁ、いきなり言われてパッとは思いつかんで?」
「仕方ないね。猶予あげる。次に会うのは明後日だから、その時までにちゃんと考えとく
こと!!」
ビシッと氷帝の監督の榊の物真似の様に二本の指を忍足の眼前につきつけると忍足とし
ては苦笑しながらも頷き返すしかできなかった。
「っし!」
「一つ訂正な。あぁ、修正か」
「??」
自分の命令に従うことを約束したのを確認して腕を下ろそうとしたところで待ったがか
かった。わけが分からないリョーマに忍足は真剣な顔をしてリョーマの中途半端な状態で
止まったままの手をとると答えを明らかにしだした。
「あんな、指はただ立ててるだけやないんや。近くで見たら分かるんやけどな、実は僅か
に二本の指の間は空いてんね。そんで角度はこうや。分かったか?」
「……………………………………………………………」
「ん? どないしたん? ほら、確認のためもっかいやってみ」
真剣な表情で修正された内容は全くもってどうでもいいこと。
冷めた瞳で見つめるも本人は気づいているのかいないのか……。リョーマがもう一度や
るのを待っているらしい。仕方なしに嫌々ながらビシッとやると忍足は満足そうに頷くの
だった。
「ハァー……」
一際重たい溜め息を吐くと目の前の忍足は疑問を浮かべている。
「どないしたん?」
「氷帝って何考えてんの?」
「何がや?」
益々理解出来ない。
「練習しないでいつもこんなことやってるのかって聞いてんの!!」
「リョーマ。コレは大事なことや!」
「は?」
力説する忍足に対してリョーマは目が点になっている。
「コレが出来んとレギュラーにはなれんのやで!! だから準レギュラーになったら必ず
毎日20分間みっちり練習があるんや!! アレはホンマにきつかった……」
しみじみと準レギュラー時代のことを語り出した忍足を、先ほどよりも冷たい色を宿し
た瞳で睨みつけるように、また呆れたように見つめると何の躊躇もなく自己の世界にトリ
ップしている忍足を置いてリョーマはさっさと帰途につく。
忍足が現実世界に戻ってきたのは、リョーマ専用の着信メール音が制服のポケットから
鳴り響いた時だった。
メールの内容は簡潔。
『明後日、11時に侑士の家に行く』
「なっ!? ちょっと待ってぇな。その日は先約があんねん!」
日曜日の朝っぱらから電話で叫んでいるのはこの部屋の主・忍足だった。
『駄目よ。もう皆様その日に合わせて集まる計画を立ててらっしゃいます。侑士さんの我
儘を聞いて東京で一人暮らしを許してあげてるんですから、たまの母のお願いくらいきい
て下さってもいいのではありませんか?』
「そ、それは分かるんやけど、その日だけはどーしてもあかんねん。大切な約束やねん!」
『……これは決定事項です。キャンセルすることは許しません。いいですね!!』
どんなに自分にとってその約束が大事であるかを説くも、電話相手である母親には通じ
なかった。帰ってくるように念押しされ、一方的に切られたのだった。
受話口から流れるツーツーという音を聞きながら、受話器を元に戻すことすら忘れ暫く
石像のように固まってしまった。
「どないすればええねん……」
休日の比較的早い時間帯。静かな部屋に困惑する小さな声が響く。
「何してんの侑士?」
珍しく約束の時間通りにやって来て、チャイムを鳴らすも一向にドアが開く気配がなか
ったため、以前に貰っていた合いカギを使用して無断で部屋に上がった。そこでは受話器
を握りしめ石化している忍足が一体……。
「暇だし……」
身体中突いてみても、反応はなし。仕方ないのでリョーマは陽当たりの良い場所にある
ソファーで昼寝にかこつけるのだった。
リョーマが漸く深い眠りに入った頃、忍足の石化が解けた。
「いつの間に……」
時計を見れば正午を回ろうとしている。最悪や〜と頭を抱えながら、少しでも機嫌を回
復させてから、誕生日のことを切り出そうとリョーマの好物ばかりの献立を考えだした。
「ん〜」
美味しそうな臭いが鼻孔を刺激する。しかもそれは自身の好物のよう。目を擦りながら
キッチンに行くと、ダイニングテーブルに予想を違わずリョーマの好物のみが並べられて
いた。
「もう出来るから座っとき」
「っス」
それからはリョーマにとっては至福の時間だった。
忍足が急に真剣な表情になって今朝の話を切り出す間では……。
「…………今、何て言ったの?」
「……ダメになったんや」
「何が?」
「来週の俺の誕生日の約束や……」
「……」
「……」
沈黙が恐怖を誘う。
忍足の顔色が微かに青ざめているのは気のせいか?
突然リョーマはケータイを取り出し、どこかに電話をかけだした。
「……(な、何なんや!?)」
沈黙が恐ろしくて声が出ない。心の叫びのみがこだまする。忍足の胸の中で。
「あ、跡部さん? そうっス」
「な!?」
電話の相手が誰だか判明し、忍足は驚愕する。けれど、当のリョーマは気付いているだ
ろうに知らんぷりをして、跡部との会話に花を咲かす。
「来週の15日だけど暇っスか? 予定がキャンセルになったんで俺暇なんスよ。だから…
…」
「悪いけど、リョーマの言うことは冗談や!! 本気にせんときや。じゃあな!!」
「ちょっと何すんのさ! 俺のケータイ返せ!!」
話の途中で強引にケータイを奪われ、勝手に切られれば怒るのは当たり前。しかも忍足
はそれだけではなく、更に操作している。
「何してんのさ!!」
「これでえぇ。全くいつの間に跡部の番号なんか……」
「……まさか」
急いでケータイを取り返しアドレス帳を確認すると予感は的中。綺麗に消去されていた。
「なんてコトするんだよ!! コレは俺のケータイ!!」
「俺は独占欲強いんや。同じ青学の奴等やったら仕方ないとは思うけどな。特に跡部なん
かもっての他や!」
「じゃあ何でだよ! 約束したの俺が先じゃん!」
「分かってる。俺かて断ったわ。大事な先約があるんやってな。なのに向こうは人の話を
聞かんと、命令のように言い捨てよった……」
「無視したらいいじゃん」
「それが出来たら苦労せぇへんのやけどな」
思わず苦笑を零す。それは本当にどうしようもないという表情。忍足にそんな表情をさ
せる相手がひじょうに気になる。
「誰?」
「……京都におる両親や。正確にはおかんやけどな」
「……そう…………」
「リョーマ?」
相手が忍足の親だと分かった途端静かになったリョーマ。今度はどんなリアクションが
くるのか心中で密かにビクビクしながら答えを待つ。
「帰るっス」
「え?」
「じゃあね。気を付けて里帰りしてください」
忍足に返事の隙を与えることなく、笑っているようで笑っていない笑顔を残して部屋を
出て行った。
「俺が何したゆーねん……」
一人残された忍足は部屋の隅でシクシクと泣いていたらしい。
10月15日。忍足の誕生日当日。
予約した新幹線の時刻は午前7時過ぎのもの。最後の抵抗の如くギリギリまでマンショ
ンに居続ける。もしかしたら、リョーマから連絡があるかもしれないと僅かな望みも兼ね
て。しかし世の中はそんなに甘くはなかった。重い足取りで駅に向かった。既に新幹線は
ホームに到着し、見送りがあるはずもない忍足はそのまま席を探す。
「……ここやんな?」
チケットと座席番号を何度も確認する。合っている。しかし、その席にはそこが俺の席
とばかりにドカッと深く座り、帽子て顔に隠して恐らく寝ているだろう小学生くらいの少
年。
「……仕方ない、起こすか」
面倒臭いとは思いながらも、新幹線はチケットの確認があるからちゃんと指定された席
に座っていなければいけない。これが友人や家族なら別だが……。
「ちょお、席間違えとるで。そこは俺の席……」
「遅い!!」
「へ?」
「だから、遅いって言ってんの!!」
「……リョ…マ?」
「一週間で視力落ちた?」
「んなわけあるか! コレは伊達メガネや!!」
「ふ〜ん。やっぱそーなんだ……」
「そ、そんなことより、何でココにおんねん? 新幹線の時間教えてないやろ。それに席
も」
うろたえながらも、聞かなければならないことを確認するとリョーマは伸びをしながら
なんでもないふうに爆弾発言。
「跡部さんに頼んだ♪ 侑士がどの新幹線に乗るのか調べて欲しいって」
「何でや?」
「だって両親なら仕方ないでしょ? 侑士の両親なら俺にとっても大事な人たちだし」
「え?」
「その人たちがいなければ侑士とは会えなかった。それと、やっぱり誕生日一緒に過ごし
たかったから……」
最後の方は顔を真っ赤に染めながら言うと、当然の如く忍足に抱きしめられた。
「ちょっ!! ここ公衆の面前」
「無理や。リョーマが俺を喜ばすから悪いんや。だから大人しくしとき」
これはもう何を言っても無駄だと悟り、言葉に従い好きなようにさせる。そして少しし
て大事なことを忘れていることに気付く。
「侑士」
「ん?」
「誕生日オメデト。生まれてきてくれてホントにありがとう」
「俺も生まれてこれて、で、リョーマに会えて、ホンマに嬉しいわ」
「あ、でも」
「何や?」
「プレゼントは当分なしね。新幹線代に消えたからさ……」
一瞬ほうけて、次の瞬間には誰もがみとれる笑顔になると、
「最初から言ってるやん。リョーマがおればプレゼントなんて別にええって」
と宣うのだった。
「……バカ」
リョーマの小さな呟きは幸せの絶頂にいる忍足には何故か届かなかった。
◆◆コメント◆◆
侑士誕生日オメデト〜vv
途中、ホントにこの話は誕生日小説なのか?
と少し(笑)疑問に思うくらい
侑士がイジケテいたりしたのですが、
なんとかラブラブで終わりました♪
しかし、予定外に長くなり管理人もビックリ(笑)
アレ〜?と思いながらも、
話はサクサク進み楽しみながら書けました。
書いている時、秋矢が隣にいたためか話が逸れて
危うく裏の内容が入りそうになったり……(-_-;)
急いで軌道修正しましたが、書いても良かったかな〜
と密かに思ったりもしてます(笑)
感想とか下さるともしかしたら頑張るかもしれません(死)
侑士の実家が京都なのと母の口調は管理人の勝手なイメージです。
あしからず……
2005.10.15 如月水瀬