何で俺ココにいるんだろう?
今、目の前には砂浜に設置された簡易なバーベキュー用の器具。そして網
の上には良い焼き具合いの美味しそうな肉や野菜、魚介類が所狭しと並んで
いたりする。そして俺はというと、片手に割り箸、片手にタレの入った紙皿
を持っていたりする。いつでも食べられるよう準備万端だ。……って違う、
俺が言いたいのはそんなことじゃないっス。何でここにいるかっていうこと
っス。だって目の前にいるのはいつものウザ……いや、何もなくても俺のこ
と構ってくれる同じ学校の先輩たちじゃなくて、本来ならライバルなはずの
人たち。
「どうしたんですか越前君? ドンドン食べないと焦げちゃいますよ!」
俺の隣でせっせと箸を動かして、ニコニコと俺と自分の取り皿に焼きあが
ったものを次から次へと放りこんでくるのが、一応この学校のテニス部の部
長で葵……何とか太郎。俺と同じ一年なんだけど、くじびきで運悪く……い
やこの人の場合は運良くなのか?とにかくソレで決まったらしい。
データマンの先輩が以前教えてくれたどうでもイイ情報。
ってそんなこと思い出していたら、いつの間にか皿には肉や野菜がてんこ
盛りだし……。
仕方ないから食べると葵さんは何が嬉しいのか笑顔だったっス。
「これもどうぞ」
差し出されたのは刺身だった。しかもそれはたった今さばかれただろう新
鮮さが分かるほど、身はプリプリしていたっス。
「……これ、もしかしてアンタがさばいたんスか?」
「まあね。海に近いから自然と覚えたんだよ」
「いや、普通ないっスよ……」
「そうかな? バネじゃ分からないか、あの黒髪の背の高い、今包丁握って
る奴、黒羽春風っていうんだけど、アイツもできるよ」
何でもないことのようにサラッと凄いことを言うこの人こそ俺をここに連
れて来た張本人。確か不二先輩の幼馴染みの名前は佐伯虎次郎(とらじろう)
だったはず。結構強い人だったから名前を覚えたんだ。
そう今日は土曜日で学校もなければ部活もばーさんの都合で休みになった
から、街をブラブラしてたら偶然会ったんだ。向こうから声掛けてきて、正
直に暇だって答えたら拉致された。それから肉屋や八百屋、市場に連れて行
かれて、辿り着いたのがこの海。六角のレギュラー(マイナス一人)が揃っ
ていた。監督だっていうあの置物にも見えるオジイ(だっけ?)も来ている
らしいけど、俺はまだ一度も見ていない。どこにいるんだか……。まぁ関係
ないけどね。
「佐伯虎次郎(とらじろう)さんでしたっけ? なんで俺を連れて来たんス
か?」
「……」
「あの〜……?」
この人何か固まってる?
疑問に思っていると周りから大爆笑が起こった。なに?俺何か変なこと言
ったっけ?
「え、越前君。俺の名前は虎次郎(こじろう)だよ」
「えっ?」
引きつりながらもなんとか笑顔で答えた佐伯さんの言葉を一瞬理解できな
かった。……虎次郎(とらじろう)じゃない?え、え、えぇーーー!!!
大変な間違いに気付いて俺はパニックになった。あまりの恥ずかしさに顔
が真っ赤になったのが分かったから、隠すように、それと申し訳なさから俯
いたんス。けど、この人は見かけ通り優しい人だったみたいで
「誰にでも間違いはあるからね。これからは間違えないでね」
「っス。なんて呼べばいいんスか?」
「ん? 好きなように呼んでいいよ」
「じゃあ、“コジロ”?」
確認するように首を傾げて、ちょっと自信なさげに言ったら、ちょっとビ
ックリしてたけど、笑顔でいいよって言ってくれたんで俺も笑顔で返したっ
ス。そしたらコジロはなんか周りから非難されてたようだけど、何で???
さっぱり分かんないっス。
「ほら、追加だ」
美味しい刺身を一皿食べ終わって満足してたら、タイミング良く空の皿と
新たな皿が交換された。コジロは何とか太郎と以前にダブルス組んでシュポ
ー、シュポー言ってた“いっちゃん”って呼ばれてた人に詰め寄られてる。
じゃあ誰?
「え〜と、跳び蹴りが得意な人!」
「……否定はしないが、好きで得意になったわけじゃないぞ。あれは仕方な
かったんだ」
「そうなんスか?」
「あぁ。で、俺の名前だが黒羽春風だ。俺のことも好きに呼べばいい」
「ん〜。じゃあ春風ね!」
「あぁ。で、食べないのか?」
「食べるに決まってるじゃん!」
やっぱりコレも文句なしに美味しかったっス。俺の表情で感想が分かった
のか、春風も嬉しそうに笑って、俺が食べているのをじっと見てるからもし
かして春風も食べたいのかな?って思った。
「はい♪」
「え?」
「春風も食べるの!! 美味しいっスよvv」
「……ありがとう」
やっぱり春風も食べたかったんだ♪
一瞬何かに迷ったようだけど、ちゃんと食べてくれたから良かった。
でも、その後すぐコジロと一緒で他の六角メンバーに詰め寄られてた。し
かもコジロの時よりもしつこそうに見えるのは俺の気のせい?
なんかこの人たちホントに良く分かんない。一体何してんだろ?でも、仲
が良い証拠なのかな?見た限り俺のトコみたいに裏で牛耳ってる魔王みたい
な真っ黒い人いなさそうだし……。ちょっと羨ましいかもね。
「?」
そんなこと考えてたらまた新たな皿を差し出された。
「じじいが食ってもババロア。……プッ」
「だから面白くねぇーんだよ!!」
春風の跳び蹴りが綺麗に決まった。分けわかんないことをいつも言ってる
人は見事に蹴りを決められながらも手に持った皿は守っていた。
ちょっと凄いかも……
「何スか?」
「デザート」
「ありがとvv」
一口食べるとほのかな甘味が口の中いっぱいに広がる。甘すぎなくて、さ
っぱりして美味しかったっス♪自然と言葉が口から零れるとその人も嬉しそ
うにしていたっス。
お腹もいっぱいになって砂浜の上に敷かれていたシートに横になっている
と、ふと最初の疑問を思いだした。俺何でココにいるんだろ??
時間はどんどん過ぎていったけど、それだけは全く分かんない。
そしたらちょうど俺をここに連れてきた張本人のコジロと春風が来た。
何か手持ち無沙汰そう……。
「ねぇ。俺、何でココに連れてこられたんスか?」
「俺たちが君に今日一緒に過ごして欲しかったからかな」
「今日何かあるんスか?」
「先月の29日が俺の、で、今日1日がサエの誕生日なんだ」
「そう、ちょうど本日土曜で学校は休みだから皆でバーベキューしようって
ことになってね。で、材料調達に行ったら君と偶然会ったっていうこと」
「でも、俺そんなこと知らなかったっスから、プレゼントも何も用意してな
いっスよ? なのにご飯だけ食べさせてもらって……」
「俺たちが越前と過ごしたかった。だからいてくれるだけで十分だった」
「それに、嬉しいこともあったしねvv」
「???」
何かやっぱり良く分かんないけど、本日主役の二人が嬉しそうだからいい
のかな?いいんだろう。いいということにしとこう。うん。
アレ?
何か変な臭いが……
「ねぇ。何か焦げ臭くないっスか?」
「「えっ?」」
「あぁぁ〜〜〜〜〜!! オジイがイイ感じに焼けてますぅぅ!?」
何とか太郎の叫びで皆が一斉に器具の方に集中すると、今まで姿を見せな
かった一応監督らしいオジイが網の上で焼かれていたんス……。
ちょっとだけ苦しそう……。だけど、苦しいなら降りればいいじゃん!て
か最初からんなトコ座るなよ!!
心の中で突っ込んでいる俺の目の前で六角のメンバーに網から救出される
オジイがいた……。
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