Promise
「帰っちゃやだ!」
「リョーマ……」
穢れなど微塵もない澄んだ大きな瞳に今にも零れ落ちそうな大粒の涙を溜め、自分より顔一つ分は小さい子供リョーマを
優しい目で見つめる。
「また会えるから。だから……」
「やだっ!」
自分もリョーマと離れたくなどなかった。しかし、まだ8歳の自分にはなんの力もない。両親が日本に帰国するというの
なら従うしか出来ないのだ。
リョーマが駄々をこねることは予想していたことなので、年上の自分がなんとかしなければと思うのだが、言葉途中で拒
否されてしまった。
「……」
「一緒にテニスするって言った!」
少し前にした二人にとっては大事な約束。
破るつもりは自分には微塵もない。今離れようとしているのは事実だが、絶対にまた会えると確信していた。しかし、そ
れをどうリョーマに伝えたらいいのか分からなかった。
「リョーマ、いい加減にしなさい」
「でも……」
母親である倫子に怒られ、リョーマは項垂れる。
限界だった。
一生懸命我慢していた涙がとうとう溢れてしまう。
「っ…ふぇ……ふぇ〜ん」
「また絶対会えるから。だから泣いたらあかん。なっ!」
リョーマの涙に弱いため必死で泣き止まそうと優しい声を掛けるが、結果は余計に泣かせてしまった。
抱きつかれ小さな手でギュッと服を握られる。表情は困惑を浮かべながらも、内心は嬉しさが溢れていた。けれど幸せは
長くは続かない。時間という決して止まることのないモノが幼い二人を引き裂く。
両親の手によって大好きな兄の様な存在から離され、悲しみは最高潮まで達したのだった――――
「……すっごい懐かしい夢。もうあれから6年経ったんだ……」
先程の夢の内容に思いをはせながら、目の端に入れた目覚まし時計。長針と短針の2本の針が示す時刻は午前7時30分。
朝練は完全に遅刻である。諦めの溜め息を吐くと、リョーマは制服に着替えて朝食を食べるために階下へ向かう。
遅刻したため当然リョーマはいつもの様に罰走させられた。
放課後の練習が始まるが一般部員は集中していなかった。先日、恒例のランキング戦が行われ、レギュラーの入れ替えが
あったのだ。乾が復帰し、桃城がレギュラー落ちをした。それが3日前。そしてその日から桃城は部活に来なくなった。
「ねぇ、リョーマ君。桃先輩大丈夫かなぁ……?」
コートに入ったリョーマを見つけた一年トリオのカツオが問いかける。
「さあね」
「さあねって、桃先輩とあんなに仲良かったのに心配じゃないの?」
「別に…そのうち戻って来るんだからほっとけば」
「ちょっと、リョーマ君!!」
あまりなリョーマの言葉にトリオは叫ぶが、リョーマは我関せず。
そんなリョーマとは違い副部長であり、人一倍部を想う大石は、ダブルスのパートナーの菊丸の無神経な言葉に激怒する。
そこにタイミング良く現れた手塚によりグランド20周を言い渡される。不穏な空気が流れ始め、皆が大石・菊丸に注意を
向けた隙を突いてリョーマはコッソリ抜け出した。
たぶんココだろうと見当を付けて行くと、案の定、階段の上のテニスコートから桃城の声がする。他にも複数の声が聞こ
るので誰かと一緒なのだろうとは思うものの、リョーマに遠慮という行動はない。
「ねぇ、サボりっすか桃先輩?」
「越前っ!?」
今まで桃城に定められていた視線が一斉にリョーマに切り替わる。そんなモノに怯む者ではないリョーマは、お返しとば
かりに大きな瞳で初対面の彼らを睨みつける。
流れるのは一瞬の沈黙。では、破った者は?
「…………越前って、もしかしてリョーマか!?」
桃城の驚いた言葉に誰よりも早く反応したのはメガネをかけた長髪の人物。
全員の注意が今度はその人物に向けられる。
「あ〜ん、知り合いか忍足?」
「知ってんのか侑士?」
「お知り合いですか忍足先輩?」
「知り合いなの?」
「ウス」
氷帝メンバーのそれぞれの言葉は、忍足の耳に左から入り右へとキレイにすり抜けていった。
「お前リョーマやろ? いつ日本に来たんや?」
「…………もしかして…侑士?」
「もしかせんでも、俺や。6年前までお前の家の隣に住んどった忍足侑士や」
忘れられてしまったのだろうかと多少の不安を混ぜ、必死に説明する。めったに忍足のそんな姿を見ない氷帝のメンバー
は、帝王の跡部でさえ、呆然と見つめている。
「確か京都に行ったんじゃなかったっけ? 何で東京にいんの?」
「中学1年までは京都やってんけどな、今の学校氷帝学園に引き抜かれたんや。コレでも俺、氷帝の天才って言われとんね
ん」
「ふ〜ん。いいんじゃないの」
氷帝学園に引き抜かれ、そこで見事にレギュラーの座を獲得した忍足。その実力は全国でも十分に通用するだろうもの。
少しくらい自慢げに言っても誰も文句は言うまい。寧ろ憧れや尊敬の情を向けてもおかしくはないだろう。しかし、リョー
マの反応はそのどれにも当て嵌まらず、何とも素っ気無いものであった。けれど、リョーマのそんな昔と何一つ変わらない
態度は、忍足を不快にさせるどころか懐かしさを感じさせていた。
「相変わらずやな」
「何が?」
「そーゆー態度とかや」
「悪かったね」
忍足の言葉にリョーマは拗ねた様にそっぽを向く。そんなリョーマの可愛い反応に忍足は思わず吹き出した。
「……ぷっ」
暫く笑いが止まらずにいると、
「……いつまで笑ってるわけ?」
「わ、悪い、悪い。ちょっとなぁ……」
「ちょっと、何?」
「いや、だからやな……」
完全にリョーマの機嫌を悪くさせた忍足は、なんとか宥め様と必死になるが、リョーマは揚げ足を取るばかりで話は悪い
方へ進んでいく。
そんな痴話喧嘩中の二人を除く氷帝レギュラー陣と桃城、杏は今までの雰囲気は何処へ吹き飛んだのか、仲良く集まって
二人に対して話し合っていたりする。当然、仕切っているのは俺様跡部である。
「オイ、桃城。あの一年、越前だったか。アイツは一体何者だ? 忍足とどういう関係だ?」
「そんなコト俺が知ってるはずないっすよ! 俺の方が知りたいんすから。そーゆー跡部さんこそ知らないんすか?」
「ア〜ン。知ってたら俺様がテメェなんかに聞くはずねぇだろ。なぁ、樺地?」
「ウス!」
相変わらず俺様街道驀進中である。
「越前君って凄いですね、宍戸さん」
「どーゆー意味だ長太郎?」
「だって見て下さいよ。忍足先輩にあんな顔させるんですよ」
鳳の言葉に全員が機敏に反応し、一斉にリョーマと忍足に視線が注がれる。
「いや、だから俺が悪かったってリョーマ。そろそろ許してぇや」
「ヤダ!」
「何でや!?」
「だって侑士心から謝ってない!」
「めっちゃ心込めて謝ってるやん。他にどうせぇ言うんや?」
「侑士の家に行きたい!」
間髪入れずに答えるリョーマに、侑士の表情は先程とは打って変わり、とても嬉しそうな、否、実際言葉に言い表せない
ぐらい嬉しいのだろうが、そんな優しい笑顔になっていた。
「ちょっ!?」
侑士の笑顔を久しぶりに見て、懐かしい気持ちに浸っていたリョーマ。その一瞬の隙をつかれ、気付けば侑士の腕の中。
「は、離せってば!?」
「嫌や♪」
暴れてはみるものの、しっかりと抱き込まれ、体格の差もあり、抵抗など無いも同然。侑士は調子に乗って増々抱きしめ
る腕に力を込める。
「……もう勝手にして」
「勝手にするわ♪」
諦めのリョーマの言葉に忍足は嬉しそうに微笑みを返す。完璧に二人の世界を作り上げていた。
「誰だアレ?」
「「「「「…………」」」」」
普段と全く違う忍足を見て、氷帝レギュラー陣はしっかり固まっていた。そして、その中の誰かが呟いた言葉に返事が返
ることはなかった。しかし、その瞬間の彼らの心は一つであった。そう、誰かが発した言葉。それは氷帝レギュラー全員の
心を代弁していたのだから。
桃城と杏は、固まっている氷帝レギュラー陣と見事に二人の世界を作り出しているリョーマと忍足を見捨てて、とっくに
帰途についていたりする。ただ、桃城は明日絶対に聞き出すと心に誓いながら。
「ねぇ、侑士」
「何や?」
「アノ人たちほってきたけど良かったの?」
「ああ、別にリョーマが気にすることは何もないで。それよりちゃんと倫子さんに連絡入れたんか?」
「まだ」
返事と同時に寝転がっていたソファーから起き上がり、子機に手を伸ばす。ボタンを押そうとしてその手が止まる。
「どうしたん?」
「今日、泊まってもいいよね?」
「倫子さんがええ言うたらな」
忍足から許可を貰ったリョーマは嬉しそうに自宅の番号を押す。
電話はすぐに終わった。余程忍足に対する信頼度が高かったのだろう。
子機を元の場所に戻すとリョーマは再びクッションを抱き締め、ソファーに寝転がる。
「そのソファー気に入ったみたいやな? 俺もお気に入りなんや。気持ちええやろ」
「うん」
(確かに気持ち良いけど、俺が気に入った理由は少し違うんだよね。まあ、侑士には教えないけどね)
満面の笑顔に忍足も笑顔で返す。そして、忍足手作りの出来立ての夕食を、離れていた間のことを語り合いながら食すの
であった。
明日には二人とも仲間からの質問攻めが待っているだろう。しかし、再会し幸せの中にいる二人は恐らく無敵であろう。
常に仲間に可愛がられているリョーマは全く心配はない。少し心配なのは忍足。氷帝と青学のレギュラー全員から目の敵に
されるのは明らか。けれど、それも側にリョーマがいれば本の些細なことで終わるのだろう。
−END−
◆◆コメント(という名のいいわけ……)◆◆
「こんなん忍リョじゃねぇ!!」という声がどこかから聞こえてきそうです……
というか、読まれてさえもいないだろう……
第二弾だというのに全く以って成長してない自分。嫌になります。
なので、今回は内容について一言も触れることなく逃げます! では!!