君と出逢えた奇跡
「全く何でせっかくの休日にお遣いなんか……」
ブツブツと文句を零しながら目的地が描かれた地図と周囲の建物を見比べながら歩く少年越前リョーマは、
突然の母親の頼みにより、久しぶりの休日を半分は寝て過ごそうという目論見が崩れ去り、午前中から出掛け
ることになってしまったのだった。
「せめてカルピンが一緒だったらなぁ……」
家を出てもうすぐ一時間近く。今から引き返すより、用事を済ます方が確実に賢明な判断だと言える。そし
て目的の場所も視界に入る距離までやって来た。
土谷総合病院
たとえ今すぐカルピンを連れてくることができたとしても、院内に入れるかどうかは疑問である。
「さっさと用事済まして帰ろ」
目の前にそびえ建つ病院を見ながらため息を吐くと、やっと覚悟を決めるのだった。
病院独特の臭いや雰囲気があまり好きでないリョーマは、奥へ進むにつれて歩く速度が速くなっている。そ
して、やはりというかお約束通りに、少し視線を外した瞬間ぶつかってしまった。
「うわっ!?」
「あっ!?」
両者は同時に声をあげた。そして、ぶつかったことによりバランスを崩したリョーマは倒れそうになるのを
ぶつかった相手によって助けられたのだった。
「大丈夫?」
「あ、はい……」
相手を確認した瞬間リョーマは固まった。
「本当に大丈夫?」
「……」
「越前リョーマ君?」
(すっごいキレイな人。男の人だよね?)
自問自答をしながら呆然としているリョーマには、ぶつかった人物が初対面であるにも関わらず自分の名前、
しかもフルネームを呼んだことに全く気付いていない。
「……君。越前君?」
「えっ、あっ!?」
「どうしたの? どこか痛む所でもあるのかな?」
「ち、違います。オレは大丈夫っス。それよりもどうしてオレの名前……」
必死で誤魔化しながら、何故目の前の人物が自分のことを知っているのか聞いた。
「ああ、それはね…………。その前に僕のことより、何か用事があったんじゃないの?」
「あっ!?」
少年から青年へと移行する時期にいる線の細い少年の言葉で、リョーマは母親に頼まれた用事を思い出した。
でもリョーマは初対面のはずなのに自分の名前を知っている少年がどうしても気になって、少し先にあるナー
スステーションと少年の綺麗な顔を交互に何度も何度も見てしまう。
「クスッ」
「何笑ってんスか」
不機嫌さを全く隠そうとせずに少年を睨むと、睨まれた少年は更に笑みを深めた。
(もしかしてアノ人に似てる?)
所属する部活の某先輩の顔を思い浮かべながらリョーマは、まだニコニコしている少年に問い詰める。
「だから……」
「可愛いなぁって思ってね」
(そっくりじゃん!! もしかして親戚?)
某先輩と殆どというか、全く同じ言葉を言う少年にリョーマは脱力した。それはもう思いっきり。
「本当に聞いてた通りだね」
「誰に?」
「内緒」
言葉だけでなく、纏う雰囲気というかオーラまでほぼ同じであった。
「先に用事を済ませてきたら? 僕はこの階の301号室にいるから。聞きたいことがあるならいつでもどう
ぞ」
リョーマの反応が余程可笑しかったのか、少年はいまだクスクスと笑いながら、恐らく自分の病室がある方
向に歩いていった。
一時間近く過ぎた頃、リョーマは教えられた病室の前にいた。
「幸村精市。…………やっぱり聞いたことない。何でアッチはオレのこと知ってるわけ? さっぱりわかんな
い。やっぱ帰ろうかな」
「せっかく来たんだから少しくらい話そうよ。ファンタもあるし、ね」
「!?」
いつの間にか病室のドアが開き、先ほどの少年幸村が立っていた。しかも、リョーマの独り言をしっかりと
聞いていたりする。気付けばいつの間にか病室のそれもベッドに腰掛けていた。病室の主である病人のはずの
幸村は相変わらずニコニコしながら、いそいそと備え付けの冷蔵庫からファンタを取り出してコップに注いで
いたりする。
「はい」
「ども」
遠慮なく受け取ると、知らぬ間に喉が渇いていたのか、半分ほど一気に飲んだ。
「知らない人からものを貰ったりしちゃいけないって、小さい頃教わらなかった?」
「……何か入れたんスか?」
「入れてないよ」
「じゃあ、別にいい」
「…………全く君って子は」
あまりに無頓着なリョーマの言葉に幸村は呆れてしまった。けれど、その後はすぐに綺麗な笑みを浮かべる。
「で?」
ファンタを飲み終わったリョーマはやっと本題に入った。
「ああ、君のことどうして知ってるのかって?」
リョーマはコクリと頷いた。
「それはね……」
「幸村〜、お見舞いにきたぜ」
突然ドアが勢いよく開けられ、お見舞い品、おそらくケーキが入っていると思われる箱を、食べようという
ように突き出している人物が立っていた。
「丸井。ドアはもっと丁寧に……」
「あーーーっ! お前青学の越前リョーマじゃん!? 何でこんな所にいるんだ? まさか幸村……。ズルイぞ。
越前は俺が先に目つけてたんだぞ!!」
「丸井。先に手に入れた者勝ちなんだよ。そんなことよりも人の話は最後まで聞こうね」
「……ハイ」
青学の某先輩と同じ黒いオーラを纏う幸村に、突然の乱入者こと丸井ブン太が勝てるはずはない。素直に返
事を返すのだった。
幸村と丸井が話している最中、リョーマはどこかで見たことがある丸井の顔を見つめながら、どこで見たん
だろうと考えていた。
「ああ、確か立海のガム噛んでた人だ。でも何で立海の人がここに?」
唐突に思い出したリョーマの声は、普段より少し大きくなっていた。
「ちょっと待て! “ガム噛んでた人”って何だ!?」
「名前知らないし」
「じゃあ、じゃあさ、ちゃんと覚えてくれよな。俺の名前は丸井ブン太だ。丸井ブン太!」
「丸井……ブン太。変な名前」
リョーマの一言は何気なく呟いたものだったが、その何気なくが容赦のないものだったため、丸井はひどく
落ち込んだ。
「……」
丸井が何故落ち込んでいるのか全く分からないリョーマは自分の疑問を解決することにする。
「ねぇ。アンタもしかして立海の人なわけ?」
「そうだよ」
「で、テニス部だったりするわけ?」
「うん。君のことはそこにいる丸井や真田、切原たちから聞いていたから、一目見てすぐに分かったよ。初め
まして、立海大付属テニス部部長幸村精市です」
綺麗な綺麗な笑顔で言われた自己紹介。リョーマは思わず見惚れていた。気付くのに要した時間は三秒ほど。
それでも幸村に見惚れていたことは隠しようもない事実。リョーマは俯きかげんで赤くなった自分の顔を隠す
ように最低限の挨拶を返す。
「青学テニス部一年越前リョーマ」
−END−
◆◆コメント◆◆
第一弾から幸リョというマイナー街道驀進中なうえ、こんな拙いモノでスイマセンm(__)m
幸リョとか言いながら、結局くっついてないし…… 後半はブンちゃんが頑張ってるし……
気が向いたらシリーズみたいな形で続きを書くかもしれないです。
では、逃げます!(←どこにだ?)