「お待たせしました!カカシさん。」 夕方、というには少し早い頃。慌てたようにアカデミーの校門前に走って来る人影を、カカシは目を細めて眺めた。きっと自分の 仕事が終わってから、急いで待ち合わせ場所まで走って来てくれたのだろう。わずかにイルカの頬が上気している。その誠実な 行動がイルカらしいと思って、カカシはふにゃりと笑った。 「大丈夫ですよ。オレも今さっき来たところなんです。」 いつもはカカシから待ち合わせを申し入れるのだが、今日は珍しくイルカからの誘いだった。中忍と上忍の階級の差や、 アカデミー教師と上忍師という仕事の違いから、なかなか二人一緒に帰れる日は少ないが、イルカjはカカシがゆっくりできる 日は、可能な限り一緒にいる時間を作ろうとしてくれているらしい。 「今日はアカデミーの仕事だったんですね。受付の方はいいんですか?」 「ええ。今日は受付の仕事は非番です。だからお誘いしたんですけど…ご迷惑でしたか?」 「とんでもないっ。むしろ珍しくイルカ先生から誘っていただけてオレは嬉しいですよ。」 心からそう思って、イルカに言うと、イルカはそうですかと安心したように笑った。その笑顔が嬉しくて、カカシは目を細めた。口布 をしているために見えないが口元はわずかに緩んでいる。 「実は今日はカカシさんに見せたいものがありまして。」 「オレに見せたいもの、ですか?」 カカシは要領を得ず首を傾げた。イルカの見せたいものとは一体何なのか。考えているとイルカが歩き出したので、慌てて後を追う。 てくてくと歩いて、やって来たのはアカデミーから少し離れたところにある、小高い丘だった。いつの間にか、辺りには夕暮れの気配 が訪れている。 「はい、カカシさん。着きましたよ。ここがあなたにお見せしたかったところなんです。」 そう言ってイルカが指差した先は――― 「うわあ……」 思わずそんな感嘆の声が漏れるような景色がそこにはあった。空を綺麗に彩る夕焼け。そのオレンジ色の光彩が丘から見下ろせる 木の葉の里を美しく染め上げていた。 「すごく綺麗ですね、イルカ先生。」 「気に入っていただけましたか、カカシさん?」 「はい。でもどうしてこれをオレに見せてくれたんですか?」 アカデミーからさほど遠くないことから、この場所はおそらくイルカが見つけた秘密の場所なのだろう。それを自分に教えてくれたことが 嬉しい。しかし同時にどうしてという、かすかな疑問。 「それはね、今日があなたの誕生日だからですよ。」 「あ…ご存知だったんですか。」 「ええ。受付業務上一応ほとんどの忍のプロフィールは頭に入っているので。…どうして言ってくれなかったんですか?」 他でもないあなた自身の口から聞きたかったのに。そうなじられてカカシはごめんなさいと詫びた。 「オレねえ。暗部に入ってから…まぁもう辞めちゃってるけど、里で誕生日迎えるの初めてなんです。もちろん幼い時はそんなことはなかったん ですけれどもね。ここ数年間は任務中だったり、戦場にいる中で誕生日を迎えてましたから。だから今里にいて穏やかに誕生日を迎えてる自分 に驚いているんです。」 自分が生まれてきた日に他の人間の命を奪ってきた。そんな自分に祝われる資格はあるのか。どこか遠い目で語るカカシを、イルカは痛々しく 感じた。里一番と称えられることと引き換えに彼は何を犠牲にしてきたのだろう。 「俺はカカシさんが生まれてきてくれてすごく嬉しいですよ。それではダメですか?」 イルカの言葉にカカシはしばらく躊躇して、そして首を横に振った。イルカの言葉はどうして自分を許してくれるのだろう。 「オレもイルカ先生に出会えてよかったです。あなたの言葉があればオレは生きていける。」 そう言って隣に立つイルカに笑いかけた。つられるように笑い返すイルカはカカシの手を握る。 「どうしたの、イルカ先生。珍しく大胆じゃない。」 茶化したように笑うカカシの、いつもと変わらない様子にほっとしながらもイルカは憮然とする。たかが手を繋ぐだけなのに、どうしてそんな物言いを されなければならないのか。 「…カカシさん。この景色をあなたに見せたのにはもう一つ理由があるんです。任務でどんなに絶望的な状況になってもこの里へ帰ってきたいと思える ように。ここがあなたの居場所であり、帰る場所なんですから。」 「きっと帰ってきますよ。ここがオレの生まれた里なんですから。あなたに誓います。」 …やられたなぁ。この景色にそんな意味も含まれているとは思いもしなかった。けれど、またいつか二人でこの場所で今日のような美しい夕焼けを見るのも きっと悪くない。そうイルカに告げると、イルカはにこやかに笑った。 「誕生日おめでとうございます。カカシさん。」 「ありがとうございます。イルカ先生。」 さあ、暗くならないうちに一緒に帰ろう。 |