「…俺、何でこんなことになってるんですかね?」 くのいち専用の控え室で、鏡の前に座らされたイルカはおずおずと背後の紅に尋ねた。 「ん?華麗に変身中、でしょ。」 少し離れた所では、アンコが部屋に備え付けのクローゼットを引っ掻き回している。 「そうそう、イイ男を飾りたてるのは楽しいんだから!今日は一日中、付き合ってもらうわよ。」 ――二人の言葉は、イルカにとって死刑宣告と同じだった。 よくわからないまま、二人に顔と髪をいじくられてかなり経つ。 下を向きっぱなしだった目線を上に戻す。鏡に映った姿を見てイルカは泣きたくなった。 (…眉が…細い) 一般男性的な濃さと太さと長さだったはずの眉は、アンコの手によって女性の眉のように薄く細く整えられていた。 「なぁに?眉なら剃刀と鋏で整えただけだからすぐに元に戻るわよー。」 変わっているのはそこだけではない。髪は明るい茶色に染められており、紅の手によってアレンジされている途中である。 目尻に薄くグレイのシャドウが入っているような気もする。 (こ、これは俺の顔じゃない!) あまりのいじられっぷりに、イルカは考えることを拒否した。二人に逆らえば更に恐ろしいことが待ち受けているはずだ。 「茶髪も似合うけど、どうせなら金髪の方がよかったかしら?」 「…嫌ですよ。金髪の似合う顔じゃないですもん。カカシ先生だったら似合いそうですけどね。」 さっさと断っておかないと本当に染められる羽目になる。 「ダメダメ、カカシなんて。銀髪が金髪になろうが大して変わりゃしないわよ。」 紅は一刀両断にカカシを切り捨てた。その間もイルカの髪をいじる両手は変わらず動いている。 「…本当に元の色に戻るんでしょうね?俺、明後日はアカデミーで授業ですよ…。」 「大丈夫よー、水で落とせる染髪剤だもの。……出来た!」 いつもは高い位置で一括りにしてある髪は下ろされ、前髪はサイドへ無造作に、トップは緩くねじって後ろへと流してある。 その他にも色々とアレンジされているようだが、女性のファッションに興味の無いイルカにはわかるはずもない。 「おっ、さすが紅ね!さ・ら・に、イイ男になったじゃないの。さぁ、イルカ、これに着替えなさい。この私が選んだ んだから似合うはずよぉ〜!」 「…ハイハイ、わかりましたよ。」 イルカは上着を脱ぎながら、椅子から立ち上がった。今更なので二人がいても気にしない。というか、イルカの裸ぐらい 見たところで動じるはずがないだろう。 「おお、いい感じじゃない!」 「でしょでしょ〜?」 上半身は、黒地に暗いシルバーのプリントが入ったタンクトップにこれまた黒のメッシュ生地のトップスを重ねている。 鎖骨が見えるほど襟ぐりは深く、肩の一部がむき出しになるデザインのものだ。 ボトムは所々太腿が覗く程度にダメージ加工のされた細身のジーンズ。鋲付きのごついベルトを合わせている。足元は編み上げのブーツ。 色は使い込まれた質感のブラックゴールドで、ジーンズの裾をブーツインさせている。 「…なんかロックって感じですね。」 この手の服は着たことがない。ちょっと露出が多いような気もするが、結構ハード目である。 「うんうん、やっぱり私の目は確かね。どっから見てもやーらしいチャラ男よっ。」 上機嫌のアンコに視線を合わさないように、イルカはボソッと呟いた。 「……そうは言うけど、本当はイビキさんに着て欲しいんでしょ…。」 「なぁーにか言った?」 「いいえ、何にも。」 いつでも強気で破天荒な昔馴染みの彼女にも、恋人に素直に言えないことはあるらしい。 その格好のまま、三人は外に出た。左右にアンコと紅を並ばせ(実際はイルカが逃げないように二人が腕を絡めてがっちりガードしている)、 気だるげに(諦めの境地に達している)歩くイルカの姿は大変に他人の目を惹きつける。 (ああ〜やっぱり注目されてるっ!) アンコと紅は心の中でニヤニヤとほくそ笑んだ。 華やかな顔立ちのカカシに比べれば劣るかもしれないが、イルカもいわゆるイイオトコである。端正な顔立ちに、均整の取れた体、落ち着いた態度。 老若男女に好かれているのは、何もその人柄だけではない。 そんな彼は、アンコの見繕った若干露出の高い洋服も似合っていた。通行人の視線も、ジーンズのダメージ加工部分からちらちらと覗く いるかの太腿に目が行くようだ。 そして、眉を細めに整え、うっすらとアイメイクを施した顔は、普段の彼よりも何倍も繊細に見える。 (小さい頃は女顔を気にしてたものね) ついでに言えば不機嫌そうな表情が、よけいに雰囲気を醸しだしていた。正直に言ってセクシーなのだ。 そのまま大通りを歩くこと数分。イルカは、男女問わない多くの通行人から熱い視線を浴びていた。 突然イルカが歩みを止めた。同時にアンコと紅が気づく。 正面からやってきたのはカカシとサクラだった。 三人の姿を認めた途端、カカシの表情が劇的に変化するのが見える。 「あ。」 声に出したのは誰だったのだろうか。ボウンと煙が立ち、一瞬にしてイルカの姿が見えなくなった。続いてカカシの姿も霧散する。 「あー逃げちゃった。カカシは追いかけてっちゃうし。」 「仕方ないわよ、貞操の危機だもの。」 アンコと紅は残念そうにため息をつく。楽しい遊びはここまでだ。さすがにイルカを素直にカカシに引き渡すのは忍びない。 あの格好で捕まったらナニをされるかわからない、いや、わかるのだが考えたくない。 「…上手く逃げられるかしらね?」 「さあねぇー。」 心配しているのかどうか良くわからない二人の声は、弾けるように大空へ消えた。 |