「ねぇ、カカシ先生。」 「…ココではその名前、出さないでくれる?」 顔を覆った白い面に無意識に触れ、嗜めるようにカカシは小声で返す。 ごく自然な動作でクナイを振り上げ、周囲につい先程まで敵忍であった者の肉塊を撒き散らした。 「今更でしょう?」 声の主の少女もまた、白い面をつけている。黒い髪は肩に触れるくらい。カカシよりも二回りほど小柄で華奢な体をしているが、 繰り出される攻撃には力があった。癖の無い綺麗な動きで、敵を次々と打ち倒してゆく。 そのままそこは熾烈な戦闘場所となった。 血に塗れたクナイは更に多くの血を求め、屍は積み重なってゆく。 ――ただ、カカシと少女の前に。 「…さーて、任務完了っと。さっさと里へ戻るよ。」 後は処理班に任せておけばいい。 「待ってよ!」 里へ向かって走り出したカカシを少女は追う。本気を出されたら追い付けないのだろうが、任務後ということもあり、カカシの方から 走る速度を合わせてきてくれた。 「ねぇ、さっきの話だけど。」 「……」 「カカシ先生は、自分は不釣合いだと思わない?」 ――里最高の忍びが選んだ唯一の人、うみのイルカと。 少女の本当の髪の色は、桃色だ。 「思わなーいね。アノ人もオレと同じだから。」 恐ろしいほどの沈黙の後、返ってきた答えは簡潔なものだった。 「どうして?」 少女――サクラは問いかける。 「まさか…サクラはイルカ先生のことを、聖人君子だと思ってる訳?」 カカシは面を外し、サクラの方を一瞥し、にやりと笑った。と、いきなり駆けるスピードを緩め、その場に立ち止まった。 「じゃあ、今夜は面白いものが見られるかもね。」 (アノ人が聖人君子である訳が無い。それどころか…) サクラは知らない。いや、他の同僚たちですらイルカの真の姿を知らないかもしれない。 「もうっ、何なんですか!」 訳がわからないまま立ち尽くしたサクラは、カカシに向かって文句を言いかけ…向かいからやって来る気配に息を呑んだ。 近づくまでわからなかった気配。それは静かな殺気を纏った男の気配だった。 白い面は二人と同じ、暗部の支給品。装束もまた同じ。その背中には大業物を背負っている。ひと目で妖刀の類だとわかる禍々しい代物だ。 男は前方に立つ二人の姿を認め、スピードを緩めた。そしてすれ違いざまに面を少し上げて口元を露出した。 歯並びのよい、綺麗な口元が浮かべた声無き言葉は。 『元気でやってるか、サクラ?』 「…嘘。」 …だって先生は。 いつも太陽の下で笑っていた。 |