「先生、誕生日おめでとう。」 アカデミーから少し離れた場所にある公園で、唐突に掛けられた声。公園内のベンチに座って 読書中だったカカシは、意外な来訪者に目を丸くした。 「ありがと…って、珍しいね。」 カカシの目の前に立っていたのは、自分の手を離れて久しいサクラだった。無言でカカシは ベンチの端に移動し、サクラはその意図を汲んでその隣に腰掛けた。 まだアカデミーの授業は終わっていないのだろう、公園には子供たちの姿はなく、ベンチの前にある いくつかの遊具はもの寂しげに佇んでいた。 「…珍しいって何が?」 「修行。五代目はどうしたの?」 「師匠は雑務が溜まりすぎて、シズネさまに連れて行かれちゃったの。」 「…相変わらずだーね、あの人も…」 サクラは、疲れたように呟くカカシの顔を興味津々に見つめた。昔師匠と何があったのか。 カカシを見かけたのはほんの偶然だった。修行が中止となったために空いてしまった午後は、自室の 書物の整理でもしようと思い立ったサクラは、いつもは通らない道をのんびりと歩いて自宅に向かっていた。 住宅街からは少し離れたその道の脇には綺麗に刈り込まれた背の低い植木が植えられていて、手入れがきちんとされていることを物語っていた。 その途次見つけたのが、公園のベンチでトレードマークの18禁本を読みふける恩師の姿だったのである。 「カカシ先生こそ任務は?」 「昨日まで里外任務で、今日明日は休みだーよ。」 飄々と答える恩師は、サクラが下忍ですらなかった頃から最高ランクの任務を拝命し、第一線へ赴いている。 サクラがカカシの手を離れて久しいものの、里内では頻繁に会うし、今日のように時間があれば言葉も交わす。 それでも今だにサクラにとってカカシは遠い存在だった。 いや、謎の人と言ってもいいかもしれない。思わずサクラはしみじみと呟いた。 「先生もそのうち不惑なのよねー。」 途端にカカシの手から本が滑り落ちた。 「………ちょっと待って、三十路もまだなのに不惑とか言わないでよ!まだまだ若いよ?」 必死な様子と打ちひしがれた姿に、思わずサクラは吹きだした。 「あはは、ごめんなさい。今日は先生の誕生日なんだと思ったらつい…」 「この年になると祝われても微妙だねぇ〜。」 「イルカ先生に祝われても嬉しくないって言うの?」 「…いや、嬉しいよ。」 思わぬ問いにしばし沈黙した後、カカシはポツリと呟いた。そして、公園から少し離れたところにある アカデミーの方角を見遣った。 「…イルカ先生ならアカデミーじゃないわよ。」 「そうなの?」 「師匠のサポートでシズネさまに確保されてたもの。シズネさま、時に鬼になるから…」 サクラにとってもう一人の恩師であるイルカは、先代から重用されていた情報処理能力(という名の書類書き能力) に目をつけられ、綱手の第二秘書と化していた。 「あの人、優秀だからねぇ。」 遠い目で呟くカカシは何を思っているのかわからない。そんな恩師の心情を知ってみたくてサクラは爆弾を投下した。 「そういえば、師匠とイルカ先生がデキてるっていう噂もあるのよね。」 「はぁ〜〜?」 普段の眠そうな表情とは異なるカカシの精一杯に見開かれた片目が、驚きと呆れを盛大に表していた。 「だって師匠って若作…じゃなくて、若々しいし。イルカ先生はあの性格を掌握して且つうまくあしらってるし。 なんていうの、マダムとツバメ?」 「……サクラ、どこでそんな言葉覚えてきたの。」 がっくりとうなだれるカカシは、これだから年頃の女の子は…と盛大にため息をついた。 「それはないから安心して。イルカ先生は人の心をつかむのがうまいの。それと、中忍のわりに優秀なだけ。」 「中忍のわりに…って何気に失礼ね、カカシ先生。カカシ先生はイルカ先生と同じ任務についたことあるの?」 「ん?あるよ。あの人トラップと結界のスペシャリストだしね。」 (あーあ、やっぱり敵わないなぁ…) なんて遠いのだろう、とサクラは一人ごちる。同じ中忍になったのに。自分はカカシにはおろかイルカにも届いていない。 見上げた空は雲ひとつない。随分と過ごしやすくなった季節は、あっという間に移ろってゆく。 イルカやカカシに早く追いつきたかった。中忍となり、昔よりも難度が高く危険な任務も増えた。上忍のサポートにつくこともある。 ――それでもまだ、二人にとって自分はまだまだ教え子の範疇だ。 (本当は……) カカシの隣に立っていたい。――恩師が見初めたもう一人の恩師のように。 イルカの隣で笑っていたい。――限りない可能性を秘めた元チームメイトのように。 綱手の隣で輝いていたい。――師匠を支え続けるシズネのように。 サクラにはまだ何もかもが遠くて。 (焦るけど、それでもいいの) 小さく笑って元気よくベンチから立ち上がる。 「サクラ?」 背後から不思議そうなカカシの声がした。二人で過ごした何気ない時間は思いがけなく長かったらしく、山の端はほんの僅かに 橙に染まりはじめていた。 サクラは前を向いたままで思いを言葉に乗せる。それはカカシに向けた、サクラ自身の決意。 「…私頑張るから!いつまでも目標でいてね!」 振り向かなくてもカカシが驚いている気配が伝わってきて、何だかくすぐったい。 「サクラやナルトがオレを越えてくれたら、これほど嬉しいことはないよ。…待ってる。」 『待ってる。』 その言葉に、少し泣きそうになった。 「ありがとう。」 小さく礼の言葉を述べて、サクラは振り向くことなく歩き出した。 |