イルカ先生…。オレ、あんたが死んじゃったら、後追うよ? 聞き慣れた美声が語るのは、甘いけれど明らかな脅迫。 「はあ?何馬鹿なこと言ってるんですか?」 イルカは口に運びかけた杯を離すと少し乱暴な口調で返す。 「オレは今のところアカデミー勤めの内勤ですから、どちらかというとあなたの方がオレなんかより 相当危険だと思いますよ、カカシ先生?」 イルカは視線を正面に座っているカカシに向けた。ちなみに先生と呼んだのはイヤミだ。素顔をさらして 酒を飲むカカシの姿はとてもさまになってキレイだ。 こんなことは男に思うべき感想ではないかもしれないけれど。 「や、オレもわかってはいるつもりですけどね。イルカ先生のことがなんだか心配で。」 他人の生死にとても敏感なイルカは、一方で自分の命を信じられないくらい軽く見ている。 「だから、大丈夫ですってば。オレは死んだりしませんよ。だから後を追うなんて言わんでください。」 イルカははねつけるようにぴしゃりと返した。だけど『写輪眼のカカシ』にそんなことを言ってもらえるなんて 光栄ですけどね、とも。多少の嫌味は許されるだろう。 「こんなこと言ってごめんね?イルカせんせ」 耳元でふわりと囁かれ、イルカは目を見開いた。いつのまにかカカシに後ろから抱きしめられている。 「本当に仕方の無い人ですね。」 「すみませんねえ。」 カカシは苦笑しながらイルカを抱く腕に少し力を込めた。『死なない』とイルカから返された言葉のなんと 曖昧なことか。それは、自分達の職業ゆえに。けれどもイルカとしての、嘘偽り無い精一杯の答え。 だからそれ以上は望まない。イルカはきっと嘘はつかないから。 「…仕方無いついでにもうひとつ訊いてもいい?」 「なんですか?」 「イルカ先生は、オレが死んだらどうする?後を追ってくれる?」 「いいえ。」 愛しい人のにべもない返事に脱力して、カカシはあ、そうとため息をひとつついた。そんなカカシを横目で 見ながらイルカは言葉を続ける。 「きっとその時はどんなに辛くても、生きていくでしょうね。俺にはアカデミーの生徒や卒業生達、そしてナルト 達もいますから。」 「やっぱりー」 わかってはいた。わかってはいたが、やはりへこむ。イルカには大切な人はたくさんいるから。それは自分 だけではない。 わずかにゆるむカカシの腕に苦笑しながらもイルカは言葉をつむいだ。まあ、最後まで聞いてくださいよ。 「でも、もう恋はしませんよ。…あなたで、最後ですから。」 言った途端唇をふさがれた。口腔内を蹂躙するような舌からはかすかに酒の味がした。 「どうしよう。すっごく嬉しい。」 口付けから解放され、なにすんですか、と顔を真っ赤にして怒るイルカを抱きしめながら、カカシはふわりと笑った。 なにげにイルカから滅多に聞けない、嬉しい言葉をもらったような気がする。きっとこの先当分言ってはもらえない だろうなどと微笑みながら、カカシはイルカを抱きしめる腕に力を込めた。 カカシさん。知ってますか?夫って妻に先立たれてから7年以内に死んでしまうらしいですよ。もちろん俺達は夫婦じゃ ないですけれどもね。俺は、あなたに再び会えるまで7年も待つなんて嫌です。だから、どうか生きることだけを考えてください。 俺にもしものことなんて考えさせないで下さい……。 |