椿の舞
――横笛が鳴る。同時にしゃらん、と鈴の音がこだました。おそらく長く受け継がれてきたであろう伝統的な音楽が
流れる中、イルカが姿を現す。すらりと伸ばされた背筋は、すべての邪を受付けぬが如く凛とした姿だ。 雅楽にあわせて閃く扇は、見る者の視線を惹きつける。ゆっくりでいて、無駄のない動き。 「ふむ。」 上座に座る火影が満足そうな吐息を落とした。――このような儀式は、圧倒的な軍事力を誇る大国の忍び里として、 自国や諸国の諸大名に木ノ葉の力を見せつけるには最適だ。 (…だが、それすら今はどうでもいい。) 一人の老人として、息子のようにかわいがっているイルカの晴れ姿を見ることが出来るだけでいいのだ。その事実に 里の偉大な指導者は、めったに見られない小さな笑みをこぼした。 イルカが舞い、動くたびに小さく衣擦れの音が響く。しかし足音などは全く聞こえない。漆黒の髪が躍り、背中に跳ねた。 「イルカ先生…すげえってば。」 火影邸の西殿の屋根に無断でよじ登り、遠目からだが儀式の様子を眺めている三人は、食い入るようにイルカの舞を眺めていた。 ナルトにサクラ、サスケまでもがぽかんと口を開けたままイルカを凝視している。 「イルカ先生って何でも出来るのよね…」 中忍という位置は近いようだが、自分たちとは遠い存在だ。そしてその中でイルカはアカデミーで接する、 忍びだが教師という特異な存在でもある。だが、こういう時に自分たちとの差を思い知らされるのだとサクラは静かにこぼす。 「…とりあえず、イルカ先生との差を早く埋めたいな。」 静かなサスケの声に、サクラとナルトは頷いた。 ――早くイルカに、カカシに…恩師たちに追いつきたい。 イルカの純白の袖が翻る。一瞬元結に挿してある椿に袖が触れると、赤と白の色の対比の美しさを思い知らされる。花の落ちやすい椿だが、 補強してから挿してあるのかそんな危うさは見受けられない。 「…カカシ。そんな呆けたように見るんじゃねーよ。」 カカシの隣にどっかりと座り込んだアスマが呆れ顔で小声で呟く。 「だって、瞬きするのも惜しいんだもん。」 真顔で呟くカカシに、やってられねぇとため息をこぼしてアスマは脱力した。 「…周りを見ろよ。男も女も食い入るように見つめてやがるぜ。こりゃ明日からイルカは人気者だな。」 いつもののほほんとした態度の中忍とは全く違う凛としたイルカは、どことなく色気が漂う。 某上忍でなくともそそられる者がいるようだ。 「あー駄目駄目。あの人はオレだけのもんだから。」 本当はこんなに大勢のギャラリーに囲まれて、熱い視線を送られて欲しくなどないが儀式だからしょうがない。 「…新年の儀ってのは、里の更なる発展を願うものだそうだ。その儀式に諸大名が招かれるってのもおかしな話だが…。」 「別にいいんじゃない?里の発展が結局は大名たちの利になるという点では間違ってないでショ。」 終盤に差し掛かる舞を見つめながら、カカシが言葉を続ける。 「オレはねえ、あの人が愛する里を守るためならもっと強くなれるような気がするよ。…いや、なってみせる、かな。」 それは今まで自分の胸の中にはなかった思い。イルカに出会って初めて知った思い。 「…それが、お前の今年の抱負って訳だな、カカシ?」 長年の戦友の笑い含みの言葉に、カカシはめったに見せない笑みで頷いた。 |