空と君との間には



   
さっきまでの喧騒が嘘のようだった。武器のぶつかる音や怒号、悲鳴などはもう聞こえない。
ただ、地に流れる紅と、倒れ伏す多くの死体が、確かに刹那の先まで人間が存在していたことを証明していた。 すでに物体と化した敵の骸から、静かにイルカは武器を抜き取る。どのような気まぐれだったのか知らないが、 里の誇る銀髪の上忍(但し性悪)が自分に貸してくれた忍刀は、刃こぼれ一つ無く、血脂もついていなかった。 久方ぶりに戻った静寂に、イルカはゆっくりと空を仰いだ。

突如、風が吹き抜けた。ぶわりと膨れ上がった風に、澱んだ空気が浄化されてゆくようだった。
ただ、残念なことに。からりと乾燥した、気持ちの良い風ではない。
「…雨が来るな」
雨の臭いを嗅ぎ取ったイルカは、さっさと身を翻した。戦場の外れにあった楠の大木の下に駆け込めば、待っていてくれたかのように 雨粒が落ち始める。
案の定やってきた雨は、いわゆるスコールというやつだった。降り始めてすぐに、地面に水がたまり始める。 まさにバケツをひっくり返したような土砂降り、というべきか。
なすすべなく立ち尽くしていると、耳障りな声が降ってきた。
「やーだね、これじゃ死体の処理が出来ない」
声の主はイルカに忍刀を貸し与えた張本人だ。イルカの頭上の枝から地面へとふわりと降り立ったカカシは、ゆったりとイルカの横に立った。 ほんの僅かに高い背丈に腹が立つ。
「…スコールなら、すぐに止むでしょう」
そして、軽く刀身を拭って簡単に手入れをした忍刀を乱暴に手渡す。持ち主の身分に見合う名刀。自分にはさぞかし不釣合いだったことだろう。
「どうも、助かりました」
でも、大切な武器を他人に貸すのはどうかと思いますよ、と、しっかり文句を言うのも忘れない。
「何言ってんの?他人じゃない、あんただから貸すんだ」
切り返された言葉の意外さに、思わず横を見やれば、カカシはいたずらっぽく微笑んでいた。その様子は口布の上からでもわかる。
「…なっ」
言葉がうまく出てこない。てっきりいつものように、嫌味か皮肉で返されると思っていたのに。
――いつの間にかスコールは止んで、まぶしい日差しが顔を覗かせていた。
「…馬鹿馬鹿しい!中忍ごとき放っておけばいいんです。あんたの持論で言えば、ね」
「まあ、それはそうなんですけどね」
しれっとした態度にイルカは怒る気も失せ、雨が止んだ後の戦場を見渡した。そこは元はただの野原だった。 草に残った雨粒は、日光を浴びてキラキラと光っている。 雨で流された死体の処理が大変だとか、地面を染めた血が流されてよかったとか、そんなことはもうどうでもよくなって、イルカは ポツリと呟いた。
「どっこもかしこもキラキラ光って、まるであんたみたいですねぇ」
――太陽の光を反射して輝く雨粒は、どこかカカシの銀髪を思い起こさせたから。
たっぷり数拍の沈黙の後、聞こえてきたのはカカシの忍び笑いだった。
「クク…、あんたホントに面白いね」
「……本当にムカつく存在ですね、カカシ先生は」
案外風流というかロマンチストなんですねーイルカ先生。面白そうに笑うカカシに沸々と殺意が沸く。心の底から先程述べた言葉を悔やんだ。

けれど仕方ないだろ?見えたもんは見えたんだから。
「やっぱり、あんたとの任務はごめんです」
「あはは〜、辛辣ですねぇ」
苦々しげに吐き捨てられたイルカの言葉をあっさり聞き流して、カカシは野原へ身を躍らせた。
「さあ、お仕事再開ですよー」

――…アナタとの任務も悪くないんだけどね?



   拍手お礼文から。これから書くつもりの長編の番外編です。
   二人は出来上がっておらず、ナチュラルに仲が悪いのです(笑)
   2006 07 03 陸城水輝




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